第5話 特殊個体

 自衛隊員と俺を乗せた輸送車は昼過ぎに代々木公園に到着した。

 チェック用のコンテナで認証を済ませ、ダンジョンに入る。

 自衛隊員達が『始まりの間』でパーティを組んだり、打ち合わせをしているのを横目に階段へ向かう。

 昨日は正面の階段だったから、今日は右の階段を選んだ。

 

 階段を降りると、石の固い感触から土の柔らかい感触に変わった。

 代々木ダンジョンはぼんやりと天井が発光しているから、地面に近いほど暗い。


 十字路をまっすぐ、次のT字路を左に進む。

 ダンジョン講座の情報通りなら、通路の幅は2メートル、高さは4メートル。

 粘土質の土で、関東ローム層に近いらしい。

 ところどころにこぶし大の石が埋まっている。

 

 ここで戦うなら2人が限界だ。

 そのため昨日は、自衛隊員がモンスターを釣ってくるのを、部屋で待ち構えていた。

 逆にソロなら、この狭さは有利になる。

 味方を気にしないで戦えるし、危ないときは逃げることができる。

 

「おっ、いたいた」


 前方からもぞもぞと動く物体を見つけた。

 薄暗いため、芋虫のようなシルエットだ。

 鉄パイプを持つ手に力が入る。


 おや?

 何か昨日戦ったビッグモールと違う気がした。

 近づいてくるのが遅いのと、色が少し明るいような気がする。


 10メートルほどの距離になると、違いが鮮明になった。

 白い個体だ。

 体毛が白色など見たことも聞いたこともない。

 通常は茶色のはずだ。

 ガーディアンと名付けられた黒色のビッグモールがでることはあるが、こっちは出現条件がわかっている。


 戦うか、逃げるか迷う。

 ソロ一発目が聞いたことがない個体とは運がいいのか悪いのか。

 モンスターとの距離がだんだん詰まってくる。


 戦うと決めた。

 決め手は足の遅さだ。

 もし強くても、こいつなら逃げられる。


 8メートル。

 7メートル。

 6メートル。


 どのような動きにも対応できるように、鉄パイプを中段に構えた。

 モンスターとの距離が5メートルを切ったとき、モンスターの動きが変わった。

 進む速度が一気に速くなったのだ。

 

 こいつ、駆け引きしてやがった!

 近づくまではわざと足を遅く見せて、ここで一気に距離を詰めてきた。

 通常の個体の3倍は速いぞ。

 ちっ、と舌打ちをする。


 どんな変化も見逃さないように相手を凝視する。

 2メートルを切ったとき、モンスターの体が沈んだ。

 勘だったが、それを見た瞬間、左へ跳んだ。

 俺の首があったところを鋭い爪が襲う。

 

 右頬が熱い。

 間一髪だった。

 もし避けてなければ、首を切られていた。

 まさかジャンプして首を狙ってくるとは。

 どくどくと心臓の高鳴りを感じる。


 振り向いて、モンスターを見る。

 ちょうど相手もこちらを向いた。

 

 どう対処するか迷う。

 昨日のように鼻先に当てて動きを止めて一気に仕留めるか、もうしばらく様子を見るか。

 逃げるのは悪手だろう。

 背中を見せたら、背後から攻撃されそうだ。

 持久力なら負けない自信があるが、瞬発力では負けるかもしれない。

 まだ一か八かの勝負をするには早い。

 

 BPを消費して敏捷のステータスを強化する、その考えが頭をよぎったが、頭を振って諦めた。

 そんな余裕はない。

 半透明とはいえ、こいつと相対しているときに目を離すのは危険だ。

 それにいきなりアップした能力をコントロールできるかわからない。


 こちらの迷いを読んだのか、モンスターは間髪入れずに全速力で距離を詰めてくる。

 体が沈んだのを確認し、左へ跳ぶ。

 今度はダメージはなかったが、勢いが付きすぎて体勢を崩した。

 

 振り返るのが遅れて、モンスターの位置を見失う。

 見つけたときには、すでに足元にいた。

 左前脚の爪が弧を描いて、俺の右足に迫る。

 

 鉄パイプをモンスターの頭に当てて、棒高跳びの要領で飛ぶ。

 自分のイメージでは華麗にジャンプしたつもりだったが、思ったよりもジャンプ力はなく、足が着いたのはモンスターの背中だった。

 そのまま背中を走る。

 しっぽの手前で大きくジャンプして距離をとる。

 

 着地して構える。

 相手はすでにこちらを向いて戦闘態勢に入っていた。

 相手に主導権を握られるのは悔しいが、今は我慢の時間だと自分に言い聞かせ、逸る気持ちを落ち着かせる。

 

 モンスターが近づいてくる。

 今までより少し遅い。

 もしかしたら疲れてきたのかもしれない。

 体が沈んだのを確認して左へ避ける。

 

 俺がいた場所をモンスターが通らない。

 口を開け、ギラギラした歯を見せたモンスターが目の前に迫っていた。

 膝を落とし、ボクシングのスウェーのように上半身を後方に反らせた。

 目の前をモンスターが飛び越えていく。

 

 何が起こった?

 俺が左へ避けると予想して、その方向へジャンプした?


 学習しているのか?

 そんな話は聞いたことがない。

 モンスターは学習しない。

 プログラムで決められたとおりにしか行動しない。

 だから攻略法が生み出されたのだ。

 ダンジョン講座で聞いた内容との違いに思考が混乱する。


 だが混乱している暇はなく、すでにモンスターが迫ってきていた。

 今まで以上に凝視する。

 モンスターの体が沈んだ。

 今度は右へ飛びながらも、モンスターから目を離さない。

 俺が飛んだ方向にジャンプしてきた。


 わかった!

 いままでより、体を沈めてからジャンプのタイミングが遅い。

 つまり、俺が動いてからその方向にジャンプしている。

 予想どころじゃない、はるかに高度な駆け引きだ。


 俺の胸の位置に、両手の爪を合わせたモンスターが飛び込んでくる。

 スウェーでも避けきれないと判断し、とっさに鉄パイプを爪にぶつけて、左へずらす。

 火花が派手に飛び散った。

 

「いてっ」


 左の二の腕を切られて、痛みを感じる。

 動かせないほどではないが、じわじわと服が血に染まっていく。

 モンスターを見ると、動きが鈍い。

 いまなら逃げられるかもしれない。

 そろそろ撤退もわるくない。


 いや、待てと弱気な思考を捨てる。

 俺は逃げるのを恥だと思わない。

 ”命大事に”が最優先だ。

 その選択肢を捨てたのは、なにか、モンスターの動きに作為的なものを感じたからだ。

 疲れているふりをしているのではないか。

 もしここで逃げ出せば、後ろからザックリといかれる気がする。

 ここまで何度も駆け引きをした相手だ、それくらいしていてもおかしくない。

 

 モンスターと正対する。

 俺が逃げなかったのを見た相手は間髪入れず、突っ込んできた。

 一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 モンスターの体が沈んだ。

 左へ跳ぶ振りをした。

 フェイントに釣られて、白い巨体がジャンプする。

 モンスターがしまったという表情をした気がした。


 ここだ!

 

 モンスターの左目に突きを放つ

 モンスターの赤い小さな瞳と鉄パイプの直径はほぼ同じ。

 寸分の狂いも許されないタイミング。

 相手の推進力と突きの鋭さがぶつかり、鉄パイプはずぶずぶとモンスターの左目から頭に突き刺さった。


 串刺しになったモンスターが空中で止まる。

 一瞬重さを感じたが、モンスターが黒い霧に変わり始めると、重力から解放された。

 霧が消えるのと同時に、ことん、と魔石が地面に落ちた。

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