4 困る
「……これ今日一日言うかどうか迷ってたんだけどさ、奥田。バスケ部の一年が昨日、スーパーで大鶴京紫郎を見たらしくて」
「…………」
放課後、事実上貸し切り状態の生徒会室。
夕暮れをバックに深刻な表情で小堀が告げた新情報は、正斗にはまさに寝耳に水だった。
たっぷり十秒以上の沈黙の後、錆び付いたロボットのような動きで自分の耳を手のひらで軽く叩く。
「……ふう、聞き違いか」
「奥田。自衛のためにはまず現実を見ないと」
読んでいた料理雑誌を閉じて、増岡までもが険しい顔で諭してくる。いつだって当事者でない者のほうが悪いニュースを受け入れるのが早いのだ。現実逃避くらいさせてくれ。
正斗はにわかに痛み出すこめかみを押さえ、夕焼けの鮮やかなオレンジ色さえ入ってこないくらいにぎゅっと目を閉じる。
「……いやだって、おまえら冷静に考えろよ、普通そうはなんないだろ? どうせ何か別の仕事で来てたとかじゃねーの? それか見間違いか。だいたい、情報の出所も確かじゃないそれっぽっちの伝聞ですぐ自分に結びつけるのは自意識過剰だろ」
確かに正斗は先日、今をときめく探偵の大鶴京紫郎に突然会いに来られ、自分の助手にならないかと勧誘された。
小堀と増岡も現場に居合わせており、正斗を庇いながら一緒に逃げてくれたので、彼らも事の経緯は知っている。
友人ふたりはなぜか納得顔だったか、少なくとも正斗は、どうして自分が勧誘されたのかちっともピンときていない。
変な場面を立て続けに目撃されてしまったものだから、ほんの一時、大鶴の興味を引くことになってしまったのだろう。
だが正斗ははっきり断ったし、忙しい身の大鶴は翌日には東京へ帰ったと聞いていたから、あれで話は終わったと思っていた、のに。
早口で理論武装を展開する正斗に、小堀がますます言いにくそうに、それでも口を開く。
「……でもさ、吹奏楽部の二年から、住んでるマンションのエントランスで大鶴さんを見たって情報も入ってきてんだよね……」
増岡がはっと息を呑み、
「……!? そ、それはどういうことだ、そのマンションに大鶴が住んでいるとでも言うのか!?」
「ま、まぁ、直前に引っ越し業者が来てて騒がしかったとも言ってたからな……」
「考えすぎだって」
恐る恐る顔を見合わせて震えている小堀と増岡を、正斗は毅然と一言で切って捨てる。
自分を励ますためにも強気に鼻で笑い、
「あの探偵さんがこっちに引っ越してくるなんてこと、あるわけねーだろ? そんな暇人じゃないだろうし、もはや妄想の域だぞ。おまえら何でこの話になるとそんなに心配性なんだ?」
あり得ない、あり得ない。
初めはぎょっとしたが、落ち着いて論理的に考えれば大鶴がそんな奇行に走るわけがない。売れっ子名探偵は相当忙しい身のはずで、助手だって本人が望めばよりどりみどりだろう。正斗と彼の縁はすでに綺麗に切れているのだ。
なのに、正斗が正論を説いても、小堀と増岡は何かまだ言いたげな様子だ。
不安の裏返しの苛立ちが沸き起こり、何だよと噛みつこうとした矢先、
「おーす!」
とかけ声とともにがらりと引き戸が開けられた。
三人の視線が一斉にそちらを向く。
五月の陽気に負けて脱いだのだろうグレーのカーディガンを小脇に抱え、美人の部類にも関わらず気安い雰囲気が人気の生徒会顧問・
小堀が真っ先に調子よく手を挙げ、
「おす、ゆりちゃんせんせー」
「やっぱりね。また生徒会室でだらだらしてたんだ、小堀生徒会長と仲間たち」
腰に手を当てた寺崎に見下ろされ、正斗と増岡は「「すんません」」と素直に一言謝った。率直でさっぱりした気性の寺崎は、こうすればしつこくお叱りを継続しはしないと分かっていたからだ。
予想通り、彼女は三人に苦笑して、
「まぁ繁忙期じゃなければ多少は目を瞑ってあげるわ。今日は別に叱りに来たわけじゃないし」
「え、何か生徒会の用事すか?」
小堀がスマホのリマインダーを慌てて開きながら訊ねる。
正斗の位置からは、寺崎の表情がほんの一瞬かげりを帯びたのが見えた。
しかし彼女はすぐに明るい笑顔に戻って、
「ちょっとね、本決まりになったから生徒会長には一足早く報告しなくちゃと思って。増岡と奥田は……まぁしょうがないってことにするわ。言いふらすようなタイプでもないし」
「? ……何の話すか?」
寺崎は一呼吸置いて、気丈な笑顔のまま答えた。
「私、この学校辞めることになったの」
三人ともが死角から痛恨の一撃を食らったように固まった。
「急なんだけど、今月いっぱいでね。顧問、全うできなくて……迷惑かけることになっちゃって本当にごめんなさい」
「え? いや、辞める? 何で?」
いや家族の事情とか言いにくかったらいいんすけど、と小堀が混乱のただ中でも気遣いを見せる。寺崎は未婚でまだ三十歳だが、じゅうぶん親の介護問題などが降りかかりうる年齢ではある。この田舎町ではそういう事情で都会からUターンしてくる者や、職を辞めていく者は珍しくない。
寺崎は首を横に振った。理由を濁す気はないらしい。
からっと笑って、
「ただのデキ婚! もうすでにちょっと噂になっちゃってるの。この町ってうちのOBOGだらけじゃない、デキ婚するようなのが教師やってるとやっぱり苦情がこう、ね……。彼氏と私だけならまだしも子どもまで、うっすら居づらいっていうか、針のむしろ感を味わうのはアレじゃない。だからこれを機に、彼氏とよそへ引っ越すのよ」
「……」
「……そうなんすか」
小堀が悄然と呟き、正斗と増岡も居心地の悪さと悔しさを覚える。
特に正斗は、狭い地域のなか家族のことで「うっすら居づらい」という感覚をよくよく知っている。だからこそ、寺崎が町を出て行くことには大いに賛成だ。あんなものは味わわないに越したことはない。だけど。
いくらなんでも今月いっぱいだなんて急すぎる。このタイムリミットはおそらく上から厳しく言われた結果であって、寺崎の望んだ選択ではないのだろう。
「……町を出るのを逃げだとはぜんぜん思いませんけど、でももう死語でしょ、デキ婚とかって」
「……」
寺崎は一瞬きょとんとして、それから「そうよね、今時言わないわ」と空元気が少しマシになった笑顔で頷いた。
「さっすが大鶴京紫郎にスカウトされた男ね、奥田!」
「……どっから聞いたんすか?」
「大鶴の大ファンの理事長が都合のいいとこだけ取り上げて自慢してるわよ? 我が校の生徒が彼にスカウトされたって、もう我がことのようにウキウキ」
「……最っっ悪……」
「寂しくなるなあ」
半ば意識的に日常のテンポを取り戻そうとしていた正斗と寺崎へ、小堀が思わずといったように本音をこぼした。
ほんのわずかな間。
寺崎はほんのり嬉しそうに、しかし照れ隠しで彼の背を叩いた。
「バカ小堀、怒ってよ! 顧問を途中で投げ出すようなヤツなんだから!」
「いやいや、怒らないよ。がんばれゆりちゃんせんせー、そんでおめでとうございます」
「おめでとうございます」
神妙そうにしている増岡にも追撃され、寺崎が今度こそ照れくさそうに笑った。
「……ごめんね、本当にありがとう」
寺崎からの衝撃的な報告で大鶴のことなどすっかり頭から吹っ飛んだらしい小堀と増岡と別れ、正斗は家への帰り道を歩いていた。
この町での情報拡散速度を鑑みると、明日には寺崎のことは生徒たちの知るところになるだろう。
想像するだにくさくさしてくる、と歯噛みしたとき、まばらな街灯をまるで自分を輝かせるスポットライトのようにして、見覚えのある美丈夫が行く先に立っているのが目に留まった。
「……。こんなところで何やってんですか、探偵さん」
仕方なく、本当に仕方なく、無視もできないので正斗は自分から訊ねた。
(そりゃ小堀の話を聞いたときから、こうなる可能性を考えなかったわけじゃねーけどさあ……)
実際にこうして現実を目の当たりにすると、だいぶ引く。
「! 奥田くん!」
さらに正斗の腰を引かせたのは、こちらに気づいた大鶴がぱあっと顔を輝かせ、一秒さえ惜しいとばかりに大股で歩み寄ってきたことだった。幼稚園児しかしないような分かりやすい歓喜のリアクションを受けて、ますます「なんで??」と頭の上に疑問符が並んだ。
分析不可能な何か巨大なエネルギーを、遠慮会釈なくどっかんとぶつけられているような感覚に襲われる。
「な、何ですか、怖いんですけど……なんか良いことでもあったんですか」
「もちろん。数日ぶりに奥田くんに会えました」
「は?」
何を言われたのかとっさに分からず、正斗はぱちぱちと目を瞬いた。
しかしすぐ、警戒心もあらわに大鶴の長身を睨み上げ、
「何しに来たんです?」
大鶴は正斗の視線を受け止めたまま頬を緩ませ、
「引っ越しのご挨拶と、もう一度きみの勧誘に」
「…………」
(ホントに引っ越してきたのかよ!?)
頭が痛い。
正斗は唖然としたが、そんな心の間隙を悟られないうちに「お断りします、さようなら」と言い捨てて大鶴の横をすり抜けようとした。
が、すかさず大鶴が一歩ずれて正斗の行く手を遮った。彼のような実力と名声のある才人が露骨に慌てた顔が、正斗の目に何となく物珍しく映る。
「待ってください、路傍の石のようにスルーしようとしないでください」
「石ころはあんたみたいに怖くもサムくもないですよ。あの、本当にやめてくれませんか? 探偵さんがストーカーの真似事とか洒落になんないです」
「う、そ、その指摘自体はすでに受けていたのに、きみに言われると胸が……胸が痛みます……」
大鶴は悲しげに、それでいてどこか自分でも驚いたように柳眉をへにょりと八の字にしてか細い声を漏らす。放っておけばしくしく泣き出しそうな大仰さがよけいに、正斗に彼の思考が読むことを難しくする。
(ダメだ、もう宇宙人だとでも思おう)
正斗は付き合えば付き合うほど困惑させられるこの大人に向かって言葉を選ぶことをやめた。
思いっきり溜め息をつき、
「……あんた探偵なんだから、どうせもう俺の情報なんかあらかた把握してるんでしょう。だったら分かりますよね? 探偵助手になりませんかなんて言われて俺が頷くわけないって」
「……」
大鶴は正斗の言葉を否定せず、胸を押さえて丸めていた背を伸ばし、嫌に光る静かな目でこちらを見返した。正斗は気圧されないように密かに踏ん張る。
「……ちなみに、きみは僕のクライアントになる気さえないのですか?」
「はい」
暗に「お父さんの死の真相を僕に解かせる気さえないのか」と訊かれても、迷わず肯定した。こっちの複雑な内心を察してもらえるとは思っていない。それを承知で答えたのだ。
説教されるかもなと思ったが、大鶴は静謐な気配のままだった。
「……分かりました」
「分かってもらえましたか」正斗ははっと希望を見出す。
「いえ、きみのことを諦めるわけではないです」秒で希望が潰えた。
「…………、何でここまでしつこくされるのか本当に理解不能なんですけど……。俺の何をそんなに買ってるんです? いや、万が一相応の理由を説明されたとしても、勧誘のために引っ越しまでして帰り道で待ち伏せてるのはどのみち異常ですが」
まあ、もう正斗にとって大鶴は異常者を飛び越えて宇宙人みたいなものだが。
宇宙人を実際に目の当たりにすると人間、危機感より困惑と変な好奇心が勝るものらしい。
我ながら奇妙な落ち着きぶりで、呆れたように首を傾げる。
すると大鶴は大輪の花を思わせる微笑みを浮かべた。どこにそんな笑うところがあったのか意味不明だ。
「僕自身も自分の情動に戸惑ってはいるんですよ。なので、この想いの全貌を言語化することはまだできそうにないのですが……ある程度論理的に理由を説明することは可能です。が、きみは納得しないでしょうし、語りに熱が入ってしまうのは目に見えているので今は控えます。これ以上引かれるのは避けたいので」
正斗は鼻白んだ。戸惑っている人間はふつう、こんな堂々と引かれるような言動をして「引かれたくない」なんてのたまわない。
「戸惑ってるのはこっちですよ。引くも何も今この状況がすでにめちゃくちゃ怖いってのに……」
「では、連絡先を交換していただけませんか?」
「はぁ!?」
「もちろん節度と秘密は守ります。きみに連絡が取れるようになったら、こうして帰り道で待ち伏せするような真似はしませんので」
「いや信用するわけないでしょ、嫌ですよ」
「お願いします」
「嫌ですよ」
「どうかお願いします」
押し問答を繰り返すこと数度、大鶴はそれはもうしつこかった。自分が折れるということを人生で滅多に経験してこなかった人間特有の厚顔さだった。彼に比べれば常識人で人並みに小心者の正斗は、宵の口の往来でこれ以上言い合いするのがだんだん恐ろしくなってきた。いつだって、何歳になったって、正斗は近所の目が怖い。
嫌、のいの形にした唇をわななかせ、心底苦い顔でそっぽを向く。
「あぁもう、……わ、かりましたよっ。メアドでいいですよね?」
「メールエイリアスはやめてくださいね」
「……、はいはい」
メールエイリアスを使えば一時的にランダムな捨てメールアドレスを作り、本当のアドレスを教えなくても転送機能によってメールを受送信できる。
それで上手くかわそうと思ったのに、読まれていたんじゃもうその手は使えない。さすがに名探偵相手じゃ分が悪かったか。
仕方なくアドレスを交換し、お互いの名前を連絡帳に登録する。
正斗とは対照的に、大鶴は花が飛ぶような笑顔で嬉しそうだ。
「ありがとうございます。また連絡しますね」
「しないでほしいんですが、切実に」
「奥田くんも、困ったことなどあれば遠慮なく僕に言ってください。必ず力になりますから」
「……もう行ってください」
本当はそうしたくてたまらなくても、正斗のほうからこの場を去りはしない。もし後をつけられたら住所がバレるからだ。大鶴相手に今さら住所ごとき隠し立てしても無意味かもしれないが、向こうが帰るのをきっちりこの目で確認してから歩き出すべきだ――今もまたあの父親のクソみたいな教えが、否応なく正斗の行動を縛る。
おそらくその考えも大鶴には読まれているだろう。だが彼は微笑んだまま、正斗の言葉に素直に従った。
◆
「……。厄日どころか厄年レベルじゃねーか……」
遠ざかる長身が角を曲がって視界から消えたあと、ひどく疲れ切った愚痴がこぼれた。
そのとき、手にしたスマホが短く震えた。
たった今途切れたはずの緊張感が復活する。
てっきり大鶴が不要な挨拶メールでも送ってきたのかと思ったが、新規の通知バッジが点灯していたのは普段使いのトークアプリだった。
誰かと思えば、小堀からの連投だ。
『ごめん奥田、緊急事態』
『本当に本当に申し訳ないんだけど奥田から大鶴さんに頼んでもらいたいことができた』
『つっても寺崎先生からの頼みを俺が奥田にパスする形になってんだけど
先生嫌がらせされてるらしくて、犯人を突き止めてやめさせたいんだ』
(嫌がらせ?)
時刻表示を見れば思ったより長い時間大鶴に足止めされていたようだが、それでも、分かれ道までは一緒に帰っていた相手だ。
この短時間でいったいどんな急展開だ、それも寺崎絡み?
デキ婚の噂が駆け巡って実害が出始めるのは明日からだろうと決め込んでいた正斗だったが、楽観的だったか。
指を滑らせて『どういうこと?』と返信を打つと、しばらくして詳細が送られてきた。
『とりあえずURL送るな、人のいないところで開いて』
『この動画投稿サイトに寺崎先生の動画がアップされてる
でも先生には身に覚えのない動画
つまりフェイク動画』
『このURLと一緒に知らないメアドから脅迫みたいなのが来たらしい
生徒会用のメアドにも送られてきてて俺も気づいたんだけど(すぐ削除したから他の役員は見てないと思う)
先生が彼氏と別れなければこの動画みたいなのをどんどん作ってアップする、学校にも実家にも送るしもっと大手のサイトにも上げるって言ってきてる』
「……。ふざけてんな」
すぐURLを踏まなくてよかった。知人が被害者のいわゆるディープフェイクなんか、想像ですら気分が悪い。正斗は見なくてもじゅうぶんすぎるほどの不快感を味わいながら、忌々しげに舌を打った。
さっきの今で、どういう展開だよ。
『理解したくねーけど理解した 本人はどうしたいって言ってる?』
『先生自身どうしたらいいか気持ちが定まってないっていうか混乱してる感じ
こんなの犯人は絶対デキ婚の話を知ってるヤツじゃん
てことはリアルの知り合いだし、自分が騒がれるのも嫌だけど加害者であっても相手を刺激したくない、とりあえずまずは大ごとにしたくないって
だから警察じゃなくて大鶴さんにちょっと力を貸してもらえないかなってことらしい』
『犯人を刺激したくない、大ごとにしたくないけど大鶴の協力がほしいってことは、俺の繋ぎで大鶴を召喚するだけして、フェイク動画の犯人捜しにあの名探偵が乗り出すかもってビビらせてこれ以上の加害を抑止したい、って意味であってるか?
犯人捜しとその裁きを本当に大鶴に依頼したいわけじゃなくて、抑止力として使いたい?』
正斗の打った文章は多分に誘導的ではあった。今頃パニックでどうしたらいいか分からない寺崎の気持ちを可能な限り汲み、現実的にこの辺が落としどころだと思ったやり方を提示した。
次の返信までは少し間があった。
『そうなるよな、それが理想だそうです』
『了解』無料の素っ気ないスタンプを送る。
『結果的に大鶴さんに関わりたくないはずの奥田をダシにしてしまって本当に申し訳ないです』
『事態が事態だから怒らねーよ ふたりとも気にすんな
色々あってついさっき大鶴と連絡先交換する羽目になったから経緯送ってみる』
『ありがとう!!!!』
『一個だけ確認
こんだけのことされといて被害感情より加害者に対する遠慮が過度だ
犯人に心当たりあるよな? ふたりとも』
画像の合成どころか、今時フェイク動画を作るのもそう難しくない。やり方はネットに山ほど転がっているし、自力で探せなくてもまだ規制の行き届いていないAIに聞けば、あるいは答えてくれるだろう。
そう考えると容疑者を絞り込むのはかなり困難に見えるが、一連のやりとりで正斗は小堀と寺崎の反応に違和感を覚えていた。
具体的に思い浮かぶ誰かがいるから、刺激しないようにとか大ごとにならないようになんて相手を配慮する気持ちが前に出ているのではないか?
返信はしばらくしてあった。
『奥田も名前と顔は知ってると思う
生徒だから許されてるけどフツーにセクハラだろって感じの言動
しかもPCにも詳しいらしい
あくまで容疑者だけどかなり怪しいと思う』
(……玲於奈と同じクラスのヤツか)
それなら確かに名前と顔は把握している。糸瀬のときと同じだ。
……それにしても、うちの生徒かよ……。
そりゃ教師の寺崎としては対応も慎重になるはずだ。
『確かにそいつは知ってる
寺崎に気になるかもしれないが今日はもうネット断ちするように伝えて』
いちいち文章に起こしていられないので適当に小堀のメッセージをコピペして、事情を軽く説明する前置きを添えててきぱきと大鶴にメールを送る。
返信を待っている間、街灯の下に立ち尽くしながら胃がキリキリした。
寺崎は美人で性格もとっつきやすく、保護者にも生徒にも人気の教師だ。もともとセクハラまがいのウザ絡みをしていたのなら、デキ婚というスキャンダル――正斗はその単語自体が化石みたいなもんだろと思っているが――を耳にして、執着が怒りと攻撃性に変わりでもしたか。
またスマホが短く震える。
新着の通知バッジはメーラーアプリに表示された。
大鶴だ。
『奥田くん、メールをありがとう
頼ってくれてとても嬉しいです
事情は分かりました
海外のアングラな動画投稿サイトのようですから伝手を使ってひとまずアカウント情報を開示させ、こちらの動画を非公開にさせますね』
正斗はほっと安堵の息をついた。
(ちゃんと探偵してんだな……)
よし。これで少なくとも応急処置はしてもらえる。だが、ネット上で犯人を追跡するとなると……。
今度は大鶴のメールの後半部分の文面をトークアプリにコピペして、大鶴には大鶴でお礼のメールを送る。調子づかせるようなことはしたくないという思いはあれど、さすがにこんな素早い対処は大鶴ほどの著名な探偵でなくてはできなかったと分かっているから、最低限の礼を尽くさないという選択肢は取れない。実際ちゃんと助かってるし。
「……」
正斗はしばらく前に大鶴が曲がっていった角を見つめ、メールを見た彼が急ぎ足で戻ってくるだろうかと考えていた。そんなことはなかったが。
落ち着いて対処しようとは努めていても、知人がフェイク動画の被害者になったとき適切な行動なんて正斗だって知らない。
スマホを持ったまま大きく深呼吸し、正斗は静かに可能な限り考えを巡らせ始めた。
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