あなたの部屋

「はいモミジくん、ここに荷物置いてね!」

 シオンに案内された部屋の前で俺はやっと一息つく。寮母の許可を得たとはいえ相変わらず視線は集めるし、ここに来るまででどっと疲れてしまった。

 部屋に入り、中を見渡す。

「やけに整理された部屋だな」

 学校の教科書だけが詰まってる本棚に、一台の大きなクローゼットとベッド。小さな廊下部分にはこれまた小さなキッチンが用意されている。部屋はワンルームに近いけれどそこそこ広いし、寮にしては設備がしっかりしているな。

 ……しかし、明らかに使用感のある調理器具まで壁に掛けてある。

「おい。ここってまさか」

「えへへ。そう、わたしの部屋だよ! なんだか恥ずかしいなぁ……」

「……」

「あっ待って出て行かないで! 違うの、まだ新しい部屋の整理が終わってないからって寮母さんが!」

 ドアの取っ手に手を掛けた辺りで今度は羽交い絞めにされる。そのままずるずると引きずられて、俺は部屋の中心部にあるクッションの上に通された。

「……シオン。前から思っていたんだが、お前警戒心薄すぎ」

「ええー?」

 シオンは小首を傾げる。まあこういう奴なんだけど、こんなんじゃいつどんな目に遭うかヒヤヒヤして仕方が無い。

「大体、男を連れ込んでるところなんて他の奴らに見られてみろ。あらぬ疑いを掛けられるのが普通だぞ」

「ううん、相手がモミジくんなら大丈夫だよ!」

 それはどういう意味だ。まさか俺ってあまり男として見られてないのか。そりゃ、その方が物語的には好都合だけども……複雑だ。

 というかここ、一応女の子の……それもずっと推していた子の部屋なんだよな。ふむ……。

「……なんか、実感湧かないな」

 シオンのイメージに対して、そこはひどく無機質な部屋だった。

 そういえば、原作でも料理をする姿や眠っている姿は描かれど、部屋の内装までは描写されてこなかった。勝手にぬいぐるみが沢山あるとか、可愛い物に囲まれている気がしていたんだが……。

「わたしの部屋がどうかした?」

「ああいや、別に」

 まあ引っ越してきてからまだ間もないだろうし、荷物の整理が終わってないとかだろう。

「えへへ。でも、なんだか不思議」

 シオンは小さなテーブルを挟んで俺の前に座った。肘に顎を乗せた姿勢で、ニコニコとこちらを眺めている。

「……えへへ」

「なんだ」

「学校が終わったのにモミジくんと話せるの、新鮮だなって」

「……そうか?」

 でも、思えば学校外の活動でシオン達と行動したことはないのか。ベルとはもう数回会って慣れていたから気付かなかった。

「ねえねえ、折角だから何かお話ししようよ!」

「いつも話しっぱなしだろ」

「そうだけど、こう……ぷらいべーとな話題、みたいな?」

「そんな立ち入ったこと聞くような仲……」

 言い掛けて止まる。理由はともあれ部屋まで来てしまったらもうそれなりに良い仲なのでは?

 ……これは現実の漫画の展開に載ってしまっていいのだろうか。まあ、シオンは俺を意識なんてしてないだろうし、さらっと流してくれていることを願う。

「じゃあさ、お休みのお話をしようよ! わたしはいっぱいお菓子作ったんだよ!」

 シオンはそう言って冷蔵庫から手作りのプリンを取り出して並べる。透明な容器に入れられたそれは陽に当たって輝いて見えた。休みにお菓子作りなんて、さすが家庭科力限界突破少女。

「本当に料理が好きなんだな」

「うん! 良かったら食べながらモミジくんのお話も聞かせてよ」

「そうだな……」

 渡されたスプーンでプリンの端を掬う。口に一口運べばたちまち広がる優しい甘さ。それを舌の上でたっぷり味わってから、俺は話し始めた。

「実はおもしろい奴がいるんだ。そいつはゴンドラに乗っていて――」

 

 ……どれくらいそうしていたのだろう。

 すっかり陽が落ち込んでしまう頃、ここに来て初めて時計を見た。午後七時……廊下からはバタバタと人が移動する足音が目立つ。

「……いいなぁモミジくん、そんな可愛い妹がいて」

「いや、ベルは妹じゃないんだけどな」

「わたしも欲しいよぉ、いもうとー! お姉ちゃんになりたーい!」

「聞いちゃいないな……」

 シオンはベルの話に夢中だった。こんな性格だし、小さい子を猫可愛がりするお姉ちゃんが似合うのはよく分かる。

「……あ。そういえばそろそろご飯の時間だよ!」

 シオンも時計に気付いたようだ。ご飯……そういえばここには食堂があるんだっけ。さっきから廊下がバタバタしていたのはそのせいだろう。

「モミジくんも今日は利用して良いって寮母さんが言ってたから、行こうよ!」

 シオンの後について部屋を出る。またたくさんの視線に晒されながら食堂に向かった。

 食堂は非常に大きく、メニューは決められているらしかった。セルフ式なので取りに向かうと、温かな焼き魚やきんぴら、厚焼き玉子等を器に乗せていく。

「やっぱり水の街だからかな。魚はいっぱい出るんだよ~」

 ……とのことだった。現実ではほとんど料理をせず、焼き魚なんて滅多に食べる事が無いので久しぶりだ。味付けは濃すぎず程よくご飯が進む。

 いつの間にか周りの視線も気にならない程度に減っていき、なんとなく馴染んできた気分になる。恐らく寮母から寮生に向けたお知らせみたいなものがあったのだろう。まあ、あの寮母なら何かあってもすぐ飛んでくるだろうし不安は薄いのかもしれないな。

「ご飯を食べたらお風呂だね。うちは大浴場もあるんだよ!」

「さすがにそれは……。部屋にもあったろ? そろそろ俺のとこも準備出来てるんじゃないか」

「そっか。寂しいけどここでお別れなんだね……」

「同じ寮なんだから、いつでも会えるだろ」

「そっか。えへへ」

 シオンはわざとらしく自分の頭を小突く。何だか今日はいつも以上にテンション高めだな。

 ……無事に軌道修正出来たからだろうか。金曜日以降、俺はいつもよりこの世界での出来事を楽しめるようになっていた。生徒会の件をどうにかしなければ、という肩の荷が降りたからかもしれない。

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