女子寮

「……楽しかったぁ!」

 学校からの帰り道。夕暮れの通りを並んで歩きながらシオンはうんと伸びをした。

「初めにモミジくんに言われた通りだったよ! 生徒会ではお茶飲んでお菓子が食べられるって」

「まあ、ここがおかしいんだけどな」

 どうやら忙しいのは最初の一週間だけだったようで、今週からはほとんど通常業務の日報作成がほとんどらしい。また学校イベント等が近付いてくると忙しくなると言っていたものの、しばらくはこの調子だろう。

 まあ、シオンが喜んでいるなら何でもいいか……。

「ところでモミジくん。さっきボタンちゃんが言ってた話なんだけど……」

「ん?」

 唐突にシオンから疑問の声が上がる。

「モミジくんのおうちってどの辺にあるの?」

「家? そりゃあ……」

 ボタンに言われた時もそうであったように、言葉に詰まる。家……家? そういえば、この世界の俺に帰るべき家って存在するのだろうか。

 いつも眠くなって目を閉じると現実世界で目が覚めているし、ベルは俺が眠ったらゴンドラから急に姿を消したと言っていた。目覚めるときは桜小道や学校だし、思い返せば自分の家というものを一度も見ていない……。

「……モミジくん?」

 シオンが心配そうにしている。ボタンには適当なことを言って後回しにさせてきたが、さて、ここは何て返せばいいか。

「お……俺にとってはこの街全体が家みたいなもん、みたいな」

「?」

「街全体が家族みたいなものだなんて、おもしろくないか? みたいな……」

「えっと……もしかして、わたしにおうち知られるの……迷惑?」

「いや、そんなことは」

 こういう時、シオンはいつも真っ直ぐにこちらの顔を覗き込んでくる。俺がその顔に弱いの知っててわざとやってるんじゃないだろうな……。

「わたしは寮住まいなんだけど、そもそもモミジくんって一人暮らしだっけ」

「一応妹とか、姉……もいるけど」

 この世界には居ないと思うが、現実には妹と一応姉がいる。

「わあ! それなら会ってみたいなぁ。きっとモミジくんに似ておもしろい子だよねっ」

「やめとけ。妹は極度の人見知りだし、姉は……」

 姉の事はあまり話したくなかった。口にするのも嫌なくらいだ。

 ……急に黙ってしまった俺を見て何かを察したのか、シオンはしょんぼりとした顔をする。

「ご、ごめんね」

「別にいいよ。ただ、あまりあいつの話はしたくないんだ」

「……もしかして喧嘩してるの?」

「喧嘩……か。まあ、そうかもな。もうずっとまともに顔を合わせてない」

「……そっか」

 なんだろう。今日のシオンはやけにぐいぐい来る気がする。まあ、俺もこのまま住所不定なのは色々まずいだろうが……。

 しばらく気まずい雰囲気のまま道を歩く。ややあって、シオンは意を決したように口を開いた。

「ねえ、モミジくん」

「今度は何だ?」

「モミジくんさえ良ければ……うちに、くる?」

 ……? なんて?

 なんか今とんでもない事を口走ったような……。うちにくる? まさか……いや、寮なんだし部屋が空いているってことだろう。さすがに。

「わたしも家を離れる前は妹と喧嘩してたの。でも、こうして寮で暮らすようになって寂しくなってきたんだ」

「へえ。妹が……」

 それは知らない情報だった。主人公の妹だなんて普通一度は漫画で出てきそうな要素だが……。そういえば、原作のシオンも実家が定食屋という情報以外ほとんど地元の事を話さなかった。

「モミジくんもきっと、少し距離を置いてみると寂しくなるんじゃないかな」

「どうかな」

 姉については何も期待していない。けど、寮の部屋が空いているって話なら乗ってみてもいいかもしれない。家がないと今後どこかで困った事になるかもしれないし。

 とはいえ同じ寮というのは緊張する気がするしな……。

「ねえ、どうかな?」

「……うーん。じゃあ、少し見てみるかな」

「!」

 結局圧しに負けて妥協案を選択する。見学程度なら問題は無いだろう。それに、このままだとシオンはこれからも同様の話題を繰り返すだろうし……。

「やったあ! じゃあすぐ行こ、ダッシュだよ~!」

 やけに嬉しそうなシオンに手を引かれ、俺は寮へと続く道を駆けて行く――


「じゃーん! つきましたー!」

 桜並木を抜けて少し。土産屋や飲食店といった店が見えなくなり、民家やアパートが所狭しと並ぶ住宅区画にその寮は立っていた。

 鉄製の大きな門が今は開かれている。中には赤レンガ造りのそれなりに大きな建物。思っていたより綺麗にしている。きっと掃除が行き届いているのだろう。

「へえ。結構立派なもんだな」

「でしょ? ご飯もおいしいんだよ!」

 食事まで出るのか。となるとお高そうだが……まあいいか。どうせ見るだけだし。

 寮の中は靴ではなく内履きを使うらしい。俺はゲスト用の靴箱を利用させてもらい、よく手入れされた大理石の廊下を歩く。

 途中で何度か同じ学校の生徒とすれ違ったが、みんな驚いた表情でこちらを見ていた。

「なあ。俺たち、ずいぶん見られている気がするんだが……」

「うん。女子寮だから目立つんじゃないかな?」

 ああそうか。女子寮なら仕方ないな。

 ……。

 …………。

「――うそだろっ!?」

 とんでもない爆弾発言を前に、俺はこの世界に来て一番の大声を上げる。

「も、元だよ! 正確にはうちの学生専用の寮みたいだから!」

「それはもう女子寮だろ! こんなところに俺がいたらそりゃ目立つわ!」

 考えてみれば分かることだった。あの学校には……原作には女生徒しか登場しないのだから。

「大丈夫だよ! 寮の規則には『当校の生徒と関係者以外の侵入を禁ずる』としか書いてないもん!」

 その規則とやらは一体いつできたものなんだ。いくら綺麗とはいえ今年出来た建物でもあるまい、単にまだ規則が作り直されてないだけの話だろう。

 しかしこれはまずい。ここに来てから何度か警察沙汰を覚悟したことはあるが、不可抗力とはいえ現行犯だ。どうして来る前に気付かなかったんだ、俺……!

「お、落ち着いて! みんな見てるよ!」

「そりゃ見るだろ!」

 とにかくこのままではまずい。早く撤退しないと、本当に――


「――――覚悟」


 その時、地を揺るがすような轟音と共に廊下の端から一人の女性が現れた。

 彼女は俺の姿を見るや否や姿を消し――いや、消えたのではない。早すぎて捕らえられなかっただけだ。瞬き一つした瞬間に俺の懐に何かの影が見えた。灰色のボブカット、ライトブルーとイエローのオッドアイの鋭い瞳。

 ……得られた視覚情報はそれだけだった。

 瞬き一つ許されぬまま、俺の身体は四・五メートルほど宙に舞い、それより高い位置に彼女の姿が見えた。ハイライトの消えた突き刺すような視線が身体を貫いたかと思うと、突然腹部に衝撃が走る。さながら異星人に敗北した某地球人の如く床に叩き付けられ横たわる俺。

「モミジくーーーん!?」

 完敗だった。この世界はゆるふわ日常系漫画の世界などではない、超人バトル漫画モノだったのだ。俺はさながら冒頭でみじめに痛ぶられる一般市民。

「……駆除、完了」

 そう言うと軽く手を払いながら超人が倒れている俺の前に立った。彼女は姿勢は崩さないままシオンに語る。

「大丈夫。うちが来たからにはもう安心」

「寮母さん、この人はわたしのクラスメイトだよ~!」

「……?」

 訳の分からないといった顔だ。しかしなるほど、こいつが寮母ね……。

 凛々しくも幼さを残した顔立ちで、灰色ボブに印象的なオッドアイ。ベルに似た無表情だが、こっちは本当に感情の欠片も感じさせない。背丈は俺より少し低いくらいで、女性としては長身に入るだろう。そして身のこなしは殺人級……と。

「モミジくん、大丈夫?」

「二回くらい死んだ気がする」

「……ふむ」

 寮母とやらは俺の姿をまじまじと眺める。

「うちの制服。確かに。ごめんね」

 そう言いながら俺を助け起こした。話が早くて助かるが、早すぎて確認前に人を瀕死に追い込む行為はもう御免被りたい。

「……でも、ここは女子寮みたいなもの」

「分かってるよ。だから出て行こうとしたんだ」

 しかしそう言って出て行こうとする俺の手をシオンは掴んだ。

「ええっ? だめだよモミジくん、おうち決めなきゃ困るでしょ?」

「こんな危険な寮母がいるところに住めるか。命がいくつあっても足りないぞ」

「それはわたしがちゃんと説明しなかったからかも。ごめんね。……ねえ寮母さん、モミジくんは今住む場所に困ってるの」

「ふむ」

 寮母はしばらく顎に手を当てて考えるようなしぐさを見せた。いや、もういいから帰りたいんだけども。この寮母だって俺にさっさと出て行ってもらわなきゃ困るだろう。

「……そういうことなら。好きに見て回るといい」

「いいのかよっ!」

 お許しが出てしまった。それは実質女子寮の管理人としてどうなんです?

 たとえ規則的に問題無かったとしても穴を突いたようなものだ、世間一般から見れば充分問題に値するはずなんだけども……。

「ありがとう寮母さん! 良かったね、モミジくん」

「あのな、俺の意見は――」

「ただし。間違いを起こすようなら……消す」

 その目は本気だった。何か問題を起こしたら確実に次は月まで吹っ飛ばされるだろう。

 どうなるか、よく身体で味わった俺はがっくりと項垂れるしかない。

「もうどうにでもなってくれ……」

 とりあえず今日一日極力目立たないよう意識しよう。まあ、誤解が解けたのならあとは大人しくしてれば大丈夫なはずだ。

 間違っても、女子の部屋に立ち入るような事は無いようにしないとな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る