第5話 全てに宿る金星5

あまりにも海実わたみが問い詰めるのでぜんは一部始終説明した。


隣に引っ越してきた金星かなぼしが一人暮らしをしていることと、三日前に食事を用意してくれたことだけ。

当然のことながら金星かなぼしが栄養失調で倒れたことや、その父親については語らなかった。敢えて言う必要がないからだ。


「本当にクさんには驚いたよ。まさかあんな可愛い子に手を出してさ〜」

「誤解を招くことは言わず、トッポッキでも食べろワタ」

「そんなことを言うと、に言いつけるよ?」

「カンちゃん?ああ、世界せかいか?――というより、なんで世界せかいがそこから出てくる?」


ぜんがわけが分からないという顔を見せると、海実わたみはトッポッキの餅をフォークで刺して口に持って行きながら言う。


「何でって、クさんは基本的にでしょう?」

「人を田舎のおばあさんみたいに呼ぶな」


少し怒った顔でぜんが言うと、海実わたみは笑いながら言う。


「フフッ、このトッポッキも実はのために作って待ってたんじゃないの?」

「……」


図星だったのかぜんが口をつぐんでいると、海実わたみは慎重な口調で尋ねる。


「……今からでも呼ぼうか?私たち、今食べ始めたし」

「いや、いい。無理に誘うと嫌がるかもしれないから……」


そんなぜんの言葉に海実わたみは驚いた表情を隠さなかった。

そしてすぐ、にやにやした顔でお皿に入ったトッポッキをフォークでくるくる回しながら言う。


「なに?なに?それを知っている人が私とサイ弁を巻き込んだの?」

「その話はやめてくれ。あの頃は……私もクソガキだったから」


ぜんが面目ないという声を流すと、海実わたみは何を考えたのか「よし!」と食卓から立ち上がった。


「こんな時はこのに任せろ〜!」

「は?おい、ワタ!お前また何を――」


ピンポン〜!


ぜんが止める暇もなくすぐ二百一号室に駆けつけた海実わたみは、いきなりチャイムを押した。


「ごめんください〜!お隣ですが、ちょっとよろしいでしょうか〜?」


その行動力にぜんは「パッ!」と自分の額を当てた。間もなく、やや驚いた声とともに二百一号室のドアが開いた。


「は、はい?」


当然のことながら金星かなぼしがあわてた顔をすると、海実わたみは荒々しくその手をすぐにつかんだ。


「ひ、ひいっ!」


そのまま拉致するかのように金星かなぼしの腕をつかんで引っ張ってきた。そんな金星かなぼしぜんの食卓に座らせた海実わたみは、自分の腰をまっすぐに立てながら言う。


「食事はみんなで一緒にしてこそ!おいしいものだからね!」

「???」


金星かなぼしがまだ状況把握ができていない反応をしていると、ぜんが代わりに頭を下げて謝った。


「ごめん、カナさん。ワタのやつ強引で……」

「ひっどい!クさんが焦れったいことをするから私が手伝ってあげたのに――うっ!?」


海実わたみがうるさいのでぜんはトッポッキをその口に詰め込んだ。

やはり子供も大人も口に何かを入れておけば静かになる、という真理を改めて悟りながらぜんは言う。


「気まずければ無理している必要はない。大人たちとご飯を食べて楽しいこともないし」

「い、いえ……むしろ私の方こそお二人の時間をお邪魔したようで……」

「「うん?」」


そんな金星かなぼしの言葉にぜんはもちろん、海実わたみも同時に首をかしげた。

お互いにその言葉の意味を気付くに三秒。先に気づいた海実わたみは口角を上げながら――


「プフフ!まさか私とクさんがだと思ったの?かわいい〜」

「ち、違いますか?」


少し戸惑った金星かなぼしの声に、ぜんができるだけ落ち着きを保った声で答える。


「まったく、ワタのやつとはただの高校の同級生だ」

「ほぼ十年近い腐れ縁だから半分は兄妹みたいだね〜私がお姉さんで」

「強いて言えば、お前は面倒くさい弟じゃないか?私はお前を女性として認識できないからな」

「何いいいっ〜!こんな美少女にそんなこと言うなんて!」


そうして海実わたみが怒ってぜんに飛びかかった。何か三日前とは妙に違う、その暖かい空気に――


「フフッ」


金星かなぼしは思わず笑いが出た。そう笑った自分を見て、金星かなぼしはびっくりした顔で手を振った。


「す、すみません!こうやってみんなで食べる食事は……久しぶりなので」


金星かなぼしはその言葉と共にうつむいて顔を赤らめた。

その瞬間――


カチッ!


そんな不明なスイッチが入る音。その音とともに、海実わたみは文字通り金星かなぼしに飛びかかった。ぜんが止める暇もなく。


「かわいいぃぃぃぃぃっ〜!何だ、この愛らしい生き物は!?こんなものが三次元に存在するとは!クさん、この子を私の家に連れて行ってもいいよね?!うん、連れて行くね〜!」

「やめろ、こら!」


勝手にスイッチが入って暴走する海実わたみの後頭部をぜんは容赦なくぶん殴った。海実わたみ金星かなぼしを引き離し、ぜんは人差し指を上げて言う。


「カナさん、あいつ両性愛バイだから、気をつけて」

「バイ?」

「ひどいよ、クさん!私はただ美少年と美少女を愛しているだけだよ!あ、ちなみに美中年もね!」


そんなとんでもないカミングアウトをする海実わたみを見て、ぜんは首を横に振った。そんな中、金星かなぼしは疑問に思う顔で聞く。


「ところで、どうしてと呼ぶんですか?やなぎさんなのに?」

「あ、それはね、高校の時――」

「言うな、こら」


ぜんが後ろからヘッドロックをかけると、海実わたみはすぐに降伏を表明した。


「まったく〜クさんはいつもツンデレなんだから……今の時代、ツンデレ男は需要ないのに〜」

「誰がツンデレだ。誰が」


よほど「クさん」というあだ名の所以を言いたくない気がして、金星かなぼしはそれ以上踏み込まなかった。


「でもさ、なんかこういうの楽しいね!そうじゃない、クさん?」

「お前だけだけど」


そんなぜんの言葉は無視して人差し指を立てた海実わたみは一つ提案する。


「よかったら私たち毎日この時間に一緒にご飯食べようか?もちろんクさんの家で」

「で、でもそれではやなぎさんに迷惑が……」


金星かなぼしがそのように顔色を伺うと、ぜんは目を閉じて率直な声で話す。


「この前言ったように、一人も二人もお箸をもう一つ並べる違いだ」

「三人は?クさん、三人は?!」

「ああ、三人に増えても変わらない。いいか?」


しつこい海実わたみの言葉にぜんは頷いた。それに海実わたみは微笑ましい表情を見せた。

海実わたみなりにぜんが言いたかったことを代わりに言ってくれたことをよく知っている。だからぜんも不満を口にしなかった。


そんな中、海実わたみは時計を見てびっくりした表情を見せる。


「あ、今日はの日だった!私、もう行くね!」


その言葉とともに、海実わたみはすぐに走り出した。来るのも勝手だが出かけるのも勝手な奴だった。


「まったく、あいつは疲れないのか……」

「ワタさんは放送と関するお仕事をなさっているようですね」

「うん?ああ、あいつVTuberなんだ」

「VTuber!?……なんか、すごいです!」


走り出す海実わたみの後ろ姿を金星かなぼしはきらめく目で見つめた。

そういえばここ数年、子供たちの間でVTuberが憧れる職業の一つという調査結果を思い出したぜんは目を細めた。


(そういう所はまた子供らしいのにな)


でも海実わたみのおかげで金星かなぼしの状態を堂々と確認することができてぜんは幸いだと思った。

また隣の子が栄養失調で倒れたら困るから。


(そもそもあの男がちゃんと父親していれば、こんな心配もいらないのにな)


この前、友人のサイ弁に頼んだのが三日前。調査は十日ほどかかると言ったので、これから長く見積もって一週間ぐらいだ。



――もしやなぎぜんの予想通りだった場合には。



「あ、やなぎさん」


まるで何か忘れたことを思い出した声で金星かなぼしが言うと、ぜんはその方向に首を向けた。


「あの……これ」


そうして金星かなぼしはポケットから取り出した何かをぜんに突きつけた。

五千円札だ。


「???」


それがどういう意味なのか分からないという顔でぜんが首をかしげる頃、金星かなぼしは頭を下げたまま視線も合わせずに話す。


「お、お返しをするつもりだったんですが……何にすればいいのか分からなくて……私のせいで病院代も代わりに払わせたので、少なくとも埋められるように……」

「……」


震えながら握っている五千円札を見て、ぜんは静かにその手を押した。それが遠慮するという意味であることを知った金星かなぼしは目を丸くする。


そしてゆっくりとぜんを見上げる。


青玉のような青い目が鏡みたいに映る。その中にあるのは白髪のぜんの黒い瞳。

青い瞳の中に映ったその唇からは氷の息吹が出てきた。


「別に……お返しを求めたんじゃない。その気持ちだけありがたくいただくよ」


そうやってぜん金星かなぼしのお返しを断ろうとした刹那――


「だめです!」


急に声を上げた金星かなぼしを見て、ぜんは瞳孔を大きくした。

金星かなぼしはその五千円札を、ぜんが断ったお返しを握りしめながら言う。


「わ、私は悪い子ですから……善意を当然だと思ったら、だめです!」


そんな金星かなぼしの言葉がぜんは理解できなかった。

だが、その次の聞こえてくる言葉、それによってあの言葉が出てきた根元を悟った。


「じゃないとパパにも……!」


その言葉にぜんは静かに目を細めた。

たぶんあれは金星かなぼしなりのこだわりや、そういう類いのものではない。恐れと執着に近い……そんな病的な何かだ。


(……パパ、なのか?)


こういうのは断ったら逆効果だ。

隣で……部外者から見れば、たいしたことでもないものが当人にとって何よりも、命よりも大切なことかもしれないからだ。



――そしてぜんはその感情の名を知っている。



「……分かった。ありがたく受け取るよ」

「!」


優しい口調でぜんがお返しを受けると、金星かなぼしはびっくりした顔を見せた。

軈て、不安に震えたその瞳は――


「あ、ありがとうございます!」


今まで見た中で、一番満開の顔で笑った。


「……」


その微笑みにぜんも笑顔で答えた。

間もなく、ぴょんぴょん飛び出すローファーの音がぜんの耳を寂しく殴る。うれしい足取りで進むその音に、いつものように喜べないぜんは胸がいっぱいになった。


「あの、おやすみなさい。やなぎさん」

「……ああ、カナさんもおやすみ」


こうして二百一号室のドアは固く閉ざされた。


「……」


作り笑顔を解いたぜんは静かに自分の手の甲を見た。

三日前には、金星かなぼしがくれた絆創膏のおかげで傷はもう治った。

傷も絆創膏もない手の甲。それを見ながらぜんは寂しそうな表情でつぶやく。


「絆創膏だけで……十分だったのにな」


そんな苦々しさがこもった声で――

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