第2話
大量の媚薬を飲んだ美少女の様な美少年は、非常に幸運なことに発情することはなかった。
ちなみに、飲んだ媚薬は1滴で人間なら廃人になるほどの快楽を得られる劇物である。
だからこそ、本人に無自覚にも影響が出ていた。
「なんかオスの匂いがすると思ったら、女かよぉ」
そう、フェロモンと言う形で!
あまりにも濃厚なその匂いは、宗助が走り回ったせいで森のあちこちに蔓延してしまう。
故に、どこかしこで争いが勃発しまくっているわけだが、とうとう宗助自身が見つけ出されたのだ。
「けっ、ここも外れか。お前男隠してねーだろーな?」
その言葉に、宗助は激しく首を横に振った。
なるほど、声は鈴が鳴るように美しく、それだけであれば宗助は魅了されていただろう。
声を出しているのが蜘蛛でなければだ。
正確には、若干人間の雰囲気がある蜘蛛で、奇妙な人間っぽい手足が付いてはいるが、後はまんま蜘蛛って感じである。
無数にある目も見たくない。
と、宗助が嫌悪感に包まれている間に、蜘蛛が興味を失ったかのように別の場所へ移動していく。
「こ、怖かったぁ」
ぶっちゃけ頭からパクリと食べられるんじゃないかと思ったのだ。
が、宗助のそんな心配は幸いな事に杞憂に終わる。
運のいい事に、匂い感知には特化していない個体だったのだろう。
じゃなければ、最も濃い匂いを発する宗助から距離を取る訳が――。
「あ。でも、あっちってさっき小便した方向じゃん……。これ、なんかすぐ戻ってきそうだよね」
涙目で宗助はそんな事を呟いた。
理想を願ったおかげで、危機察知能力が非常に高まっていたりする。ので、実は用を足したのも、本能のどこかでこれで時間を稼げるとかぎ取った訳だ。
そして、戻ってくる予感と言うのも当たっている。
濃厚な匂いにつられて凄まじい戦いが起こっているのだが、その勝者が宗助を追いかける事だろう。
幸いなことに、あまりにも大規模な戦いに発展しているし、さっきの蜘蛛よりも強いモンスターもいるので蜘蛛が戻ってくることはないのだが。
結局最も凶悪な相手が追いかけてくるわけであり、一刻も早く逃げ出した方が良い。
「それにしても、汗でびちょびちょで気持ち悪いなぁ……着替えないかなって、うわっなんか出た!」
少しでも気を紛らわすため、宗助が小さく呟いたのだが、それに呼応するかのように宗助の体がすっぽり入りそうな黒い穴が空中に現れる。
その瞬間、これは神様がくれた四次元ポケット的ななにかだと言う事に気づく。
流石僕の理想! と思うと同時に、でも、なんかこれ僕の理想とやっぱりちょっと違うよ! と嘆いた。
それ以前にもっと早く気が付いていれば森を彷徨う事も、湖で人魚に襲われかける事もなかったのだが、そこまで気が付くほど頭は回っていない。
「……嘆いていてもしょうがないね。とりあえず、何が入っているんだろう。うわっ、なにこれ⁉」
安全なものだと本能がかぎ取ったのか、宗助は遠慮なく手を突っ込む。
すると、中に何が入っているか一気に頭の中に流れ込んできて、普通なら脳の回路が焼き切れかねない情報量に驚く。
ただ、理想の頭となった宗助は問題なくすべて理解し、でも、ベースは元のまんまが良いとの願いにより、なにか沢山あるんだな! なんてどうしようもない結論に至った。
寧ろそれだけの情報を問題なく処理出来たら、普通は気づいて驚きそうなものではあるが。全く気付く様子のない宗助は非常に残念な子と言えるだろう。
いわば、超高性能なパソコンを、その辺のパソコンを触ったことがろくにない中高生に、自由に扱ってみろと言ったのと変わらない訳だ。
圧倒的スペックによりキチンと記憶や理解はできているはずなのに、使い手がポンコツ過ぎて宝の持ち腐れこの上ない。
実に面白……ごほんごほん。
「あっ! 着替えある! おおおお、すげぇ。袴だ! 和服っていいよね。流石神様文句なしだよ! かっけー。おっと、女物もあるじゃん、可愛いー」
流石に今必要なものを探すだけの能力はあったようで、空間の中から衣類を探り当て、宗助は呑気に喜ぶ。
と、すぐに顔色が悪くなった。
「え? なにこれ。防御力だの着心地だのなんかSランク? って言うのは良いとして。なんで男服は男のフェロモンが増して、女性物は女性のフェロモンが増すってなってんの?」
絶望に染まった顔で宗助は呟き、己の矜持を葛藤にかけ。割とあっさりと女の物服を手に取った。
「……いや、今の僕なら超絶に合うんだろうけど。違う、違うよ、そうじゃないよ」
涙声で言うものの、流石にこの恐怖の現状から逃れられる術を選択肢から外せないようだ。
少し躊躇した後、意を決したように今着ている服を脱ぎ、桜色の着物と紺色の袴を身に着けた。
ほどなく凄まじく似合う装いに着替え終え、しかし己の姿を見ることができない宗助は流石に服に負けているだろうけど、これで一安心なんて感想を抱く。
だが、なんにせよこれでこの厄介な状況を抜け出すことができるだろう。
と、何かに気づいたように一振りの刀を宗助は空間から取り出した。
「君が僕を呼んだの? 桜一文字? 君の名前かな? あっ、僕の桜色の着物とお揃いの名前……。分かった。一緒に行こうね」
大太刀と呼ばれる、今の宗助では逆に振り回されそうな刀を腰に差す。
見た目が良いのもあるだろうが、それだけでは説明できないほど、刀を腰に差す動作が妙に板についていた。
が、当の本人はどこ吹く風で、今度は力任せに先ほどまで来ていた服をびりびりに引きちぎる。
妨害工作だ。
こうすることにより、フェロモンの主が襲われたように見せかけて、諦めさせるのだろう。
少なくとも何もしないより時間は稼げるはずである。
なんて浅はかな事を宗助は思っているが、血も何も付いていない衣類を破り捨てて放置しても、意図した意味では時間は稼げないだろう。
ただ、その濃厚な男のフェロモンが付いた衣類を巡る争いは起こるだろうから、結果的に宗助の意図した時間稼ぎはできるだろうが。
「さて、桜一文字……桜で良いかな? うん、ありがと。僕は宗助で良いよ! え? 男っぽすぎる? じゃあねぇ。そー……リンとかは? なんか昔の武将? かなんかで、女の子っぽい響きだなーって思ったんだけど」
見えない何かと喋っている様子の宗助だが、実は刀と――桜一文字と喋っているのだ。
つまり、桜の声が頭に響き、宗助はそれに答えているだけである。
桜の声が聞こえない周りからすれば不気味そのものではあるが、今は周りに誰もいないので問題はないだろう。
ちなみに、
単に『そうりん』と言う響きだけ思い出し、『そーりんってなんか可愛いよね』なんて、とんでもなく浅い理由だけで決めたのが事実だ。
『あー、武将ねぇ。いいんじゃないのじゃ? 確かにソーリンだと女の子っぽいのじゃ』
「だよね! 僕もそう思ったんだよ。それに、宗の部分は僕の宗助と同じ感じだったはず。だから、なんか思い出したんだよね」
『……むぅ。だったら桜を使ってくれても良かったんじゃないのじゃ?』
「あっ、それ良いね! じゃあ苗字は相沢じゃなく、桜沢って名乗ろう。桜沢ソーリンだ! あっ、
『ふむふむ。まあ、それならよかろうなのじゃ』
「それにしても、なんか桜ってさっきからのじゃのじゃ変だね。普通にしてた方が可愛いよ」
『……宗助はいけずなのじゃ。そもそもわらわが使っていた言葉と日本語が愛称悪くて、勝手に変に変換されるのじゃ。だから、他意はないのじゃ。ほんとなのじゃ』
「え? あっ。ごめんなさい」
桜の言葉に宗助はしゅんとするが、実のところ宗助の推察は正しい。
ただし、桜が言っている事も嘘じゃなくて、つまり、いろんな方言が混じってしまうのだ。
だから、いっその事最初にでた~のじゃと言う語尾を使っていたわけだが、そこを指摘されて逆に意固地になっていた。
もしかすると、言葉が崩れてしまうかもしれないが、その時はその時、しばらくのじゃを使い続けてやると桜は決心したのだった。
ともかく、こうして宗助はなんとか己の無事と、更には旅の共まで手に入れ、機嫌よく歩を進めだしたのだ。
「あ、ちなみに桜ってどっちに行ったらこの森抜けられるか分かる?」
『さっきこの世界に来たばかりなのに、わらわが分かる訳なかろうに……。なかろうになのじゃ!』
「えっと。桜?」
『うるさい! あたしは無理してない! ……無理してないのじゃ!』
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