第2話 ダンジョン『忘れられたおもちゃ箱』

 ――ダンジョンとは。数十年前、突如出現した小規模な異世界群だ。


 入り口は一貫して重厚な鋼の門。しかし内部にはダンジョン毎に特色のある世界が広がっており、合わせて特徴的なモンスターや不思議なギミックが存在している。


 出現当初こそ、ダンジョンは世界中の国々から警戒されていた。


 出現理由が一切不明。誰が何の目的で作ったのか。どうやって世界中に出現させたのか? あるいはただの自然現象? 大勢が調べても、何も分からなかったから。


 しかし時間の経過と共に、ダンジョンへの警戒は薄れていった。


 なにせダンジョンはただ存在するだけ。無差別な出現で一部のインフラが使えなくなったり、不運な住民が避難を余儀なくされる等の被害は出た。……が、逆に言えばそれだけだ。それ以外の被害はなく、モンスターが外へと出てくる事もなかった。


 むしろ、ダンジョンは人類社会へと多大な恩恵を齎す事になる。


 ダンジョンからは様々なものが得られたからだ。例えば“見た目以上に物を収納できるバッグ”。例えば“願うだけで無尽蔵に食料が出てくる大釜”。例えば“身に着ければ超人的な力が手に入る腕輪”等々。その他にも有益なアイテムや様々な資源が。


 しかもダンジョンが在る限り、それらが尽きる事はない。

 ――つまり人類は無尽蔵の鉱脈を手に入れたという事だ。


 結果、世界から資源を巡る争いが消滅。溢れんばかりの資源を得た事で人類社会は豊かさを手に入れた。ダンジョン出現以前より、世界は格段に平和になったのだ。


 ――地球上のあらゆる人類がダンジョンの恩恵を受ける時代。


 2XXX年、現在。世界は大ダンジョン時代に突入したと言われている。





 ダンジョン『忘れられたおもちゃ箱』。入り口付近。


「……お、おぉ。雰囲気めちゃくちゃヤバいな。超怖いじゃん」


 不気味な雰囲気漂うファンシーな通路。時折少女の影が映り込む絵画。何処からか聞こえる笑い声。飾られた人形達がこちらを見ている。そんな気さえしてくる。


 ――ダンジョン『忘れられたおもちゃ箱』。


 俺は今、そんな名前のダンジョンに一人で潜っていた。


 ――全てのダンジョンには、それぞれに独自のコンセプトが存在する。


 例えば『魔王城』『天空都市』『魚人王国』等はかなり有名なダンジョンだ。他にも『宇宙戦艦』や『秘密基地』、『古代遺跡』等も。変わり種で言えば『バトルキッチン』や『プロポーズアリーナ』、『どすこいレースサーキット』等が知られてるか。


 ここのコンセプトは“忘れられたおもちゃ箱”。ある少女の思い出が詰まっているおもちゃ箱。しかし時間の経過と共に存在を忘れられてしまい――といった具合だ。


 敵はかつて少女が遊んでいたおもちゃ達。


 彼らは少女に忘れられてしまった悲しみにより暴走。おもちゃである自分達の使命を果たす為、侵入者たちへ無差別に襲い掛かってくる、という設定になっている。


「偶然目に付いたからって、勢いで入るべきじゃなかったか……?」


 数十年前に起きたダンジョン一斉出現以降。世界では時折、前触れなくダンジョンが出現するようになった。場所は問わない。山や海、あるいは空。街の中や、時には建物内に出てくる事も。本当に何処でも、誰の敷地であろうが関係なく。無差別に。


 これに困ったのは、自身の土地にダンジョンが現れた地主たちだった。


 なにせダンジョンは唐突に現れるのだ。どんな土地だろうがお構いなく。もし店を運営していたら最悪だ。ダンジョンが現れた所為で商売が出来なくなってしまう。


 ――しかし。ある一人の地主が閃いた。


「そうだ。いっそダンジョンを開放しよう! 入場料を取って」


 どうせダンジョンからモンスターが出てくる事はないのだ。

 それなら入場料を取って開放した方が、有効活用にもなる。


 その閃きは正解だった。ダンジョンを開放すると、大勢の人々――後に探索者と呼ばれる者達――が、ダンジョン目当てに押し寄せたからだ。それも毎日のように。


 結果、その地主は僅かな期間で大金を手にした。


 それを見ていた他の地主たちも、彼を真似。全国各地に民間ダンジョンと呼ばれるダンジョン施設が乱立する事になった。現在もその数は増加の一途を辿っている。


 俺が入ったのも、そうした民間ダンジョンの一つだ。


「ダンジョンに潜れば、失恋のショックも和らぐと思ったんだけどな……」


 けど、正直今は後悔してる。まさかたまたま入ったダンジョンが、こんなホラー感満載な場所だとは思わないだろ、普通。入り口の店でも注意とか一切なかったし。


 ……でも、もう入場料は払ってるんだよな。五百円。


 たかが五百円。されど五百円、だ。


 まだ入り口だぞ? 今引き返すのは勿体無さ過ぎる。

 せめてもう少し先に進んでからだ。引き返すのはさ。


「ふぅ。よし、先に進むぞ? 大丈夫、ここのランクは0。例えモンスターに出くわしても死ぬ事はない。絶対に安全だ。大丈夫、大丈夫。……でもめっちゃ怖い」


 ダンジョンにはそれぞれ、危険度に応じたランクが設定されている。


 全日本ダンジョンランク認定協会が判断し、定めたものだ。存在するランクは0~5の6段階。定められたランクによって潜るのに必要な資格が分けられている。


 命の危険がまったく存在しない、ランク0。

 不運に見舞われない限り危険のない、ランク1。

 正しい知識があれば危険はない、ランク2。

 油断していると死ぬ可能性がある、ランク3。

 遺書を書く事が推奨されている、ランク4。

 まず生存が不可能とされている、ランク5。


 これら6段階の内、『忘れられたおもちゃ箱』のランクは0。


 つまり全日本ダンジョンランク認定協会によって、ここは命の危険が一切ないダンジョンだと判断されているのだ。完全にフリー。入るのに資格すらいらない場所。


 そう考えると、そこまで警戒する必要もないのだが……。


「いや、無理無理。警戒しないとか絶対無理だから。この雰囲気だぞ?」


 如何にも何かが出てきそうな雰囲気。

 薄暗い通路も不気味さに拍車を掛けている。


 命の危険がないと分かっていても、これは警戒せずにいられない。一応入り口で木刀を借りてきたから、もしモンスターが出ても撃退くらいは出来るが……っ!?


「なんだ!? 足音!?」


 ペタペタペタ。すぐ後ろからそんな足音が聞こえてきた。


 咄嗟に背後を見る。……が、そこには何もいない。


 ……おかしい。確かに足音が聞こえたはずなのに!!

 軽めの音だった。あれは多分、幼い子供の……っ!?


「っ、次はなんだっ。絵本!? あれは壁際に積まれてたはずじゃ……!!」


 次に変化があったのは――絵本。


 絵本が一冊、通路に落ちていた。さっきまで無かった物だ。ここにある絵本は全て壁際に纏めて積まれている。風のないこの場所で、勝手に落ちる事は有り得ない。


 つまり、何かが絵本を移動させたという事で――っ!?


「お、おいおいおいっ。一気に色々起きすぎだろ……!?」


 怯えていると突然、部屋中で一斉に様々な事が起こり始めた。


 動き回る子供の影。あちこちから聞こえる足音。人形達が目を光らせ、紙ヒコーキが宙を舞う。絵の中で泣き続ける赤ん坊。割れたオルゴールから不気味な音色が。


 う、うぉおおおおお!? 頭がおかしくなりそうだ……っ!!!

 俺、こういうの得意じゃないんだ。ここには勢いで入っただけで!


 本当に危険は無いんだろうな! こんなに暴れ回ってるんだぞ、めっちゃ疑わしくなってくるんだが!? もしこれで怪我してみろ? その時は恨むぞ協会っ!!!


「いい、加減に……っ! しろぉおおおおおっ!!!」


 ――叫んだ瞬間。ぴた、と全ての現象が止まった。


 影は消え、足音も聞こえず。人形達の目はただのガラス玉。紙ヒコーキは推進力を失って墜落。絵の中から赤ん坊の姿は無くなり、割れたオルゴールは壊れている。


 残ったのは静寂と薄暗さ。それと不気味な雰囲気だけだった。


「止まった、のか? ……はぁああああ。よかったぁ」


 止まってくれなければ、尻尾巻いて逃げるしかないと思っていた。


 五百円は確かに惜しい。俺がいるのはまだ入り口付近。ほとんど無駄になってしまうから。……けど、流石に命より優先する額じゃない。諦めて帰った方が賢明だ。


 まあ幸い、そうならずに済みそうだが。ヤバい現象が収まってくれたから。


「ん? ……木の扉が開く音、か?」


 ホッ。と一息ついていた、その時。

 ギィ。古い扉が開く音が聞こえた。


 音が聞こえた方に目を向ければ――小さな影。


「おもちゃの包丁を持った、テディベア……?」

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