失恋男子は振り向かない ~玉砕した俺がなんで急にモテ始めるんだ!? ただダンジョン一筋でいたいだけなのに!~

雨丸 令

第一章

第1話 失恋男子

 上倉高校。屋上。


「ごめんなさい、秋川君。あなたの告白はお断りさせてもらうわ」

「……そっか。ほとんど接点もなかったし、そりゃ断られるか」


 伝えた思いの丈を冷たく切り捨てられ、俺――秋川レンヤは落ち込んだ。


 ――元々望み薄だと思っていたけど、バッサリだな。


 声音から俺への関心の薄さが伝わってきて、苦笑いしか出て来ない。


 冬の夜空のような淡い水色の長髪。アクアマリン色の澄んだ瞳。華奢な体躯と氷のように冷たい雰囲気。鋭利な眼差しでこちらを見る彼女の名前は“氷原フユネ”。


 学年問わず、大勢の男子生徒から好意を寄せられるクール系女子。


 たった今俺が告白し、そしてフラれた、「蒼雪姫」と呼ばれている少女だ。


「その、悪かったな。氷原さん。わざわざ時間を取らせてしまって」

「別に構わないわ。告白されるのはいつもの事だもの。もう慣れた。それに最近はいつ何があっても大丈夫なように行動してるから。時間には余裕を持たせてるの」

「……優しいんだな。それって一人一人ちゃんと相手するって事だろ?」


 相手を雑に扱うなら、わざわざ時間に余裕を持たせる必要はない筈だ。告白されても一言でバッサリと切り捨てて、そのまま相手を放置すればいいだけなんだから。


 それに今もフッた俺の相手をしてくれてる。彼女が優しい何よりの証拠だ。


「優しい? ……初めて言われたわ。いつも冷たいって言われるから」

「そうなのか? ならそいつらは見る目が無かったんだな。きっと」


 そもそも、俺はそんな彼女の優しさに魅かれたんだからな。

 ……もうフラれてしまったが。返事まで一秒も無かったな。


「じゃあ俺はもう行くよ。改めてありがとう、氷原さん。じゃあな」

「あっ……」


 氷原さんに背を向け、俺は屋上から校内へと移動する。


 ……はぁ。ヨウスケにいい報告は出来そうにないな。





 上倉高校。二年生の教室。


「そうか。フラれたか。まあ、どんまいどんまい! そういう事もあるさ」

「……軽いな。励ましが。元はと言えばヨウスケが俺に告白を勧めたのに」


 そう言って爽やかに笑う男――親友の坂口ヨウスケに、俺はイラッとした。


 氷原さんにフラれた後。俺は教室で待つヨウスケに結果を報告した。


 わざわざ報告した理由は、今回の告白がヨウスケに背中を押された結果起こした行動だからだが。……笑われるなら報告しなきゃよかった。爽やかな笑顔に腹が立つ。


「そりゃ勧めるさ! 親友が足踏みしてたんだからな。俺達が高校生でいられる時間は残り少ない。動き出さなきゃあっという間に終わってしまう。行動しなきゃ掴めるチャンスだって掴めない! なら、背中を押してやるのが親友の役目だろう?」

「……結果玉砕してれば世話ないけどな。バッサリ切り捨てられたんだぞ」

「はは! それでも告白しないよりマシさ。それに、ちょっとスッキリしたろ?」


 はぁ。思わず溜息が出る。……けど、ヨウスケの言いたい事も分かる。


 背中を押されるまで、俺はずっと氷原さんへの告白を躊躇っていた。彼女を好きになってからもう一年は経つのに。ライバル達が次々行動を起こす中、俺だけがウジウジ足踏みし続けてたんだ。背中を押されなければ、きっと卒業するまでもずっと。


 やらなかった後悔は、やった後悔よりずっと深くなるという。


 そう考えると、俺はこいつに感謝すべきなんだろう。実際、告白した後から少しだけ気分が軽くなった感じもしている。……まあ、氷原さんにはフラれたけどな!


 実る事はなかったが、行動は起こせた。俺はこの結果に納得してる。


「しかしあれだな。フラれた割にはあんま堪えてない感じだな?」

「正直、まだ実感がないのかもしれない。フラれた実感が」

「そうか。辛くなったら言えよ? 奢るくらいしてやるからさ」

「……ありがとうな、陽介。その時は頼むよ」

「おう。俺みたいな良い奴と親友でいられる事に感謝するんだな!」


 良い奴だ。本当に心から良い奴だと思う。けど、……はぁ。

 ……どうしてこう、こんなにアレな感じなんだ。こいつは。





「そういえば、俺はいつから氷原さんの事が好きなんだっけ?」


 高校からの帰り道。俺は歩きながら記憶を掘り起こした。


 一年の初めからな事は覚えてる。5月に入る前には彼女の事が好きだったんじゃないか? その頃は色々あったから、具体的な切っ掛けは思い出せないけど……。


「……いや、思い出した。確かあの時だったか」


 まだ桜が咲いている頃。偶然氷原さんを見掛けた事があった。


 木の上で動けなくなった子猫。彼女はその子猫を助けようとしてたんだ。か細く鳴き続ける子猫に手を伸ばしながら、「大丈夫よ。おいで?」と微笑みかけていた。



 その時の光景が、まるで絵画のように綺麗で――



 けれど助ける直前で氷原さんが見ている俺に気付いて驚き。その声に飛び上がった子猫は結局、彼女の頭を足場に自力で脱出したけどな。脱兎の如き動きだった。


 一方、子猫に置いてけぼりにされた氷原さん。


 頭の上を払った彼女は、俺を見て少し恥ずかしそうに笑った。


 ――そうだ。あの表情に惚れたんだ。照れた様子の、あの微笑みに。


「あれ、なんで。視界が……?」


 不意に、目元がぼやけた。

 手で触れると、水。


 これはもしてかして……涙か?


「泣いてるのか、俺? どうして。さっきまで平気で……っ!」


 拭っても拭っても涙がこぼれ落ちる。

 止めたいのに、止まってくれない。


「あぁ、そっか。フラれたんだな。俺」


 涙が止まってくれない理由が分かった。


 ――悲しいからだ。氷原さんにフラれた事が。


 だから拭っても拭ってもこぼれ落ちる。

 それ以外に、悲しみ方を知らないから。


「我ながら意外だ。こんなに彼女の事を想ってたなんて」


 思えば初めての恋だった。


 誰かを好きになったのなんて初めて。勝手に膨れ上がっていく気持ち。どうすればいいんだ!? とずっと右往左往していた日々。そんな時間もとても楽しかった。


 結局、背中を押されるまで告白すら出来なかったけれど。


「今までありがとう。……そしてさよならだ、俺の初恋」



 ――高校二年生のある日。俺は、初めての失恋を経験した。



「……はぁ。けど憂鬱だ。明日から普通に話せるかな、氷原さんと」


 とてもいつも通りに話せる気がしない。……気が重い。


 けど、出来るだけ普段通りにしなきゃいけない。彼女は優しい女性。次の日から急に接し方がぎこちなくなれば、きっと自分がフッたからだと気にしてしまうから。


 だからなんとかいつも通りを維持するぞ。出来る気がしないけど。


「ん? あれは……」


 重たい気持ちを抱えつつ歩いてると。


 ――不意に、あるものが目に入った。


「ダンジョンあります……?」


 目に留まったのはそう書かれた看板。それと小さな店だった。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


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