第26話 噂は


「こうして並んで歩くのも久しぶりだな」


まだ少しだけ肌寒い夜の小道。

コンビニへの買い出しのため、未開と福城は並んで歩く。


「おう、そ、そうだな。あの日以来か」


あの日とは半年前の夏の日。

未開と福城が部活を引退した日だった。


「あれ以来、特に会うこともなかったが福城も元気そうでなによりだ。そう言えば、専門学校への進学が決まったらしいな」


「そ、そうだ。アタシは春から医療系の専門学校にいく」


「福城が医療系か。なんか意外だな」


「別に意外ってほどでもねぇだろ。アタシはお前と違って頭がいいわけじゃねぇからいい大学に行けねぇ。それでも必死に勉強してやっとの思いで自分の希望する学校に受かったんだ」


「そうか。なら、頑張れ」


未開の激励に福城はこくりと頷いた。

少しだけ沈黙が流れ、遠くで車の音がする。

まだ夜中というわけではないのに、物静かな住宅街。このままでは自分の心音が聞こえてしまいそうだと福城は隣を歩く未開をチラリと見てそんなことを思った。


(まったく……三末のやつ。なにが、2人の時間を作るだ。こちとらもう一度失敗してるんだぞ)


これ以上何をすればいいのか。

福城には幸成の意図が全く掴めない。

しかし、


(こうやって、2人で歩くのも久々で。やっぱりなんか落ち着くな)


未開との付き合いは高校一年生から。

学校の成績があまりに悪く強制的に自習部へと加入させられたのがそもそものきっかけ。


その時から、福城の同学年は未開1人で自習部の先輩が続々と卒業していくなか彼だけがずっと彼女の近くにいた。


「なぁ…」


「どうした?」


「お前って最初からアタシのこと怖がんなかったよな」


こんな身なりをしているのだ。

福城は自分が他者からどんな風に見られているかを知っている。だから、友人と呼べるほど近しい人もいなかったし、学校での話し相手は未開だけだった。


「別に怖がってなかったわけじゃないぞ?」


「そうなのか?」


「こう言ってはなんだが、福城の第一印象はギャルみのある昭和のスケバンだ。こんな堂々と金髪で学校来るやつなんて初めて見た」


「それは……」


「まあ、福城は一貫して地毛って言い張るから時間が経てばそれも気にならなくなったけどな。お前を怖がらなくなったのは、そうだな……意外に素直だったからだ」


「素直?」


「覚えているか?一年生の頃、先生から言われて俺が勉強を教えてただろ?その時、わかんないところがあっても投げ出さず粘り強く理解しようとしてた。その時にヤバいのは見た目だけなんだと思ったんだ」


「おい、見た目がヤバいは余計だろ」


「世間で言うところの一般論だ。俺は別になんとも思ってない」


「そうか」


「そうだ…」


再び訪れる沈黙。

おかしい、いつもはこんな感じで途切れたりすることなんてないのに。

この妙な空気感が話を弾ませてくれない。

コンビニに着くまで、まだ距離がある。

その間、ずっと無言は耐えきれないと福城が目を瞑ったときだった。


「俺は、春から東京にいく」


「え?」


突然立ち止まった未開が徐にそんな言葉を口にした。


「あと、数週間で離れ離れだ」


「そうか。離れ離れ……か」


その言葉を聞くとギュッと胸が締め付けられる。


「――俺は昨日からずっと考えていた。三末が何故あんなことをわざわざ言ったのか。そして、ようやくわかった」


「拓斗……?」


自嘲混じりで情けなさを最大限に表すような声音。

福城を捉えた未開の顔は歪んでいた。


「お前だったんだな。スマイるんの正体」


「あ……」


そう言って、ポケットから取り出されたスマホには昨日のチャットが映されている。

なんて事のない、いつも通りの会話だった。

しかし、そのチャット欄を目にした瞬間から福城の瞼に涙が溜まっていった。


衝動的にポケットに仕舞われているスマホを取り出して、未開に見せる。


「ほら、これがアタシのMTYLだ。拓斗の言うとおりスマイるんは私だ」


彼にはこれまで偽ってきた。

MTYLの相手が彼であると知った時からずっと。

本来の自分を隠し、清楚になっていた。


しかし、その化けの皮が剥がれた今、彼はどう思っているのだろうか。

その澱みない瞳からは感情を見透かすことができない。

刹那の沈黙が流れた。

お互いにスマホを見せ合い見つめ合う。

永遠と流れてしまいそうな時間のなか静寂を切り裂いたのは、未開の方だった。


「ずっと、好きだったんだ……」


自分のなかで正解を見つけるように。

相手に優しく語りかけるようにゆっくりと言葉を紡いでいく。


福城はその言葉をただジッと噛み締めるように聞いていた。


「その気が遣えるところも俺の下らない話で盛り上がってくれるところも元気がなかったり、落ち込んだりしてる時そっと励ましたりしてくれるところも。確かに、俺の想像していた人物像じゃないし、まさか福城がスマイるんだとは思ってもいなかったけど。こうやって、実際の人物を目の前にしてもやっぱり気持ちが変わることなんてなかった。好きだぞ――スマイるん――いや、福城」


その言葉が彼から飛び出したとき、我慢していたものが決壊するかのような感覚に襲われ、気が付いたら視界がぼやけていた。


「福城?大丈夫か?」


未開が彼女の涙を見たのは初めてのことだった。

全く耐性がなくあわあわと慌てる素振りを見せる。


そんな姿があまりにも面白くて、おかしくて。

福城は無意識にクスリと笑った。


「おい……せっかく勇気を振り絞ったのに笑うな」


「すまん、お前の顔があまりにも面白かったからつい」


「ついじゃ済まないだろ。せっかくの雰囲気が台無しだ」


「いいだろ?それだったとしても、アタシが空気を読んだことなんてあったか?」


「ないな」


「だろ?だから、返事すらもテンプレートに乗っ取ってやんねぇ」


「お、おいっ……」


未開の身体に衝撃が走る。

彼の腕のなかにはすっぽりと収まるように福城が入り込んでいた。


「おい、せっかくだからアタシたちもあの噂が本当だって証明してやろうぜ」


「そんな簡単に言ってくれるが、遠距離になるんだぞ?自信あるのか?」


「そんなもんあったりめぇだ。そうじゃなきゃこんなこと言わねぇよ」


「そうか。じゃあ、数年後に答え合わせだ。せいぜい楽しみにしてる」


「そっちこそ、逃げたら許さねぇからな」


2人はそう言って笑い合い、お互いを強く感じ合う。

彼ら以外誰もいないこの瞬間を謳歌するのだった。




2人の結末を物陰から見届けた俺たちは、もと来た道を歩いていた。

これ以上の覗き見はよくない。

これからはきっと2人の時間だろうから。


「なんだかすごかったな……」


「ええ……凄かったわね」


いつも以上に幼稚な感想になってしまったが由紀と同意と言わんばかりに首を縦に振る。

感動的でかつ見てるこっちまで恥ずかしくなってくるほど情熱的だった。


「ドラマのワンシーンみたいだった…」


「あんな稀有なストーリーなら採用されてもおかしくないわね」


「いっそのことノンフィクション作品ってことで提出してみるか?」


「バカなこと言わないの。ノンフィクションです!なんて言ったら笑われて門前払いされるのがオチよ」


「それに先輩たちに許可を取らずやってはダメよ」と意外にも現実的なところを見据えていた。


「でも、きっかけから考えたら壮大だったよな」


「そうね。これもすべてMTYLが結んだ縁なのよね?」


「そうだな。最初は、根も葉もない噂だと思ってたのに、あれを見たらちょっと信じかけてる自分がいる」


「わからなくもないわ……」


「え?由紀もそう思うのか?だって、この前はそんなのに現を抜かすくらいなら勉強に充てるとか言ってたのに?」


「こ、こっちにも色々あったのよ」


「ふぅん、色々ねぇ……」


俺がジト〜とした目を向けるとそれを振り払うように大きな咳払いをする。


「何よ……何か言いたいことでもあるの??」


「い、いや……別にありませんとも」


これ以上の詮索は命に関わりそうなのでよそう。


「はあ……このまま帰るわけにもいかないし、ちょっと時間潰さないとだわ」


「え?帰らないのか??」


「相永さんがあんなこと言ってくれたおかげで帰れるものも帰れないじゃない。買い出しより早いデートってなに?」


「確かにそうかぁ……」


一応、そういうテイなので時間は潰さないと。


「近辺になんか立ち寄れる店あるかしら」


「まだ食べるのか!?」


「っ……だから、食べる目的じゃなくて休む目的!ドリンクひとつで入店する理由には十分でしょ?」


「確かにそうかぁ」


俺はまた食べ足りないのかと……

おっと、これ以上はよくないな。


「ちょっと、待って。いま、手頃な店がないかスマホで調べてみるから」


と言って由紀がスマホを取り出して適当な店を探し始める。


由紀ばかり探させるのもな……と思い俺も店を検索しようとスマホを取り出したら、MTYLでみぞれさんからチャットが届いていた。


「お?」


なんだこんな時間に。

店を検索する前にチラリと確認する。

そこには、一件だけメッセージが送られていた。


『はやく気付きなさいよ。バーカ』


なんてことのないただの愚痴。

しかし、あまりにもかみ合いすぎている。

これって……



こんな奇跡を体験した後にあるわけないと思ってはいるが、頭に浮かんだ言葉を声に出してみる。


「まさか、お前も……なんてことはさすがにないよな??」


そんな俺の問いに由紀は、


「ん?なんのこと?」


と首を傾げる。


「いや、いま思い返せば――チャットしてる時もなんか既視感が――いや、やっぱなんでもない」


「そう?」


よかった……さすがにそんなわけないよな……


と安堵する俺の顔を見て由紀はどういうわけかニマ~ッとした蠱惑的な笑みを浮かべるのだった。


――――――――――――

これにて完結です。

これは一年半前に書き上げた作品なので古いネタのところは修正加筆したりしましたがそれ以外はいじっておりません。公募用は(続編をちらつかせる用に)もう5000字分あったのですがだいぶ前に書き上げたものということもありWEB版はここで完結にさせて頂きます。


以前もお話ししましたが、多忙でほとんど浮上出来ないと思いますので更新はGW以降になります。

攻略成功率0.01%の新章を6月以降に予定してますので更新は家事代行の方です。

新章が始まる前になんとか一区切りつけたいですね……

しばらくお会いできませんが、どこかで更新しているのを見かけたら読んでいただけると嬉しいです。

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3年間続いたら将来結婚できると噂のチャットアプリを始めたら 鮎瀬  @ayuse7777

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