第17話 言葉はいらない夜

リリアナの部屋の扉が静かに開いた。


「……ルシファー?」


彼は無言のまま、ゆっくりと近づいてきた。


重ねたままの書物も、読みかけの古文書も、彼にとってはどうでもよかったのだろう。


「どうかしたの?」


問いかけに、彼は何も答えず――

ただ、リリアナの頬に手を添えた。


その手は温かくて、迷いがなかった。


「……っ」


何も言わず、唇が重なる。


言葉はない。だけどそのキスは、まるで「生きてくれ」と懇願しているみたいだった。


彼の手が、リリアナの背中へまわされる。


抱きしめるというには、あまりに強くて、でも壊すようなものではなくて。


「……ルシファー……」


それでも、彼は何も言わない。


ただ、抱きしめたまま、もう一度口づける。


長く、深く、離れられないように。


まるで、心を奥から絡め取られるようなキス。


身体が火照っていくのが、自分でもわかった。


「……どうしたの……?」


小さく呟くと、彼はやっと目を見た。


その瞳は、切なさと欲望と、何か決意のような光を宿していた。


「……お願い、言って……何があったの……?」


それでも、彼は首を振った。


代わりに、リリアナの手を取り、ベッドへと導く。


彼女が座ると、その膝の上に優しく体を重ね、そっと額を寄せた。


「……何も言わなくていいよ。わかってる……あなたが、ここに来てくれたってことだけで」


すると、彼の指がそっと、リリアナの肩の布をずらす。


左の鎖骨に、先夜つけられた吸痕がかすかに残っていた。


そこに、今度は静かに、やわらかく唇を落とす。


吸うこともなく、刻むこともなく。

ただ、確かめるように。


胸元に、腰に、太腿に、そっと触れるたび、

彼の指はためらいながら、しかし強く想いを込めていた。


焦らすようでも、支配するようでもない。


彼の動きは、ただただ「知ろう」としていた。


どこに触れれば、彼女の吐息が震えるのか。

どこに口づければ、心まで溶けるのか。


リリアナが瞳を閉じると、そっと唇を塞がれた。


彼の動きは、今までにないほどやさしくて、でも静かに熱くて。


肌が触れ合うたび、言葉ではない何かが伝わってきた。


――ありがとう。


――愛してる。


――おまえだけは、手放さない。


すべてが、沈黙の中で交わされた“契り”。


熱が重なり、汗がにじみ、指が絡まり、脚が震えても、

彼は一度たりとも言葉を発さなかった。


ただ、深く、深く、確かめるように。


彼女の名を、声に出す代わりに、

彼女のすべてに、自分を刻んでいった。


◆◆◆


夜が明ける頃、ようやくルシファーはそっと彼女を抱き寄せた。


「……ルシファー……」


ようやくリリアナが名を呼ぶと、彼は彼女の髪に顔を埋め、

低く、かすれるような声で、ひとつだけ言葉を落とした。


「……おまえが、俺のすべてだ」


(つづく)

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