第9話 【Side Story2】気づかない優しさ

昼休み、教室の中はいつものように賑やかだった。

 柚葉は陽太たちと雑談しながら、適当にパンをかじっていた。


 「ねえ透、お前って好きな子とかいないの?」


 陽太が興味本位で尋ねると、透は少しだけ眉を寄せて、そっけなく答えた。


 「いない」


 即答。


 「あー、だろうなー。なんかお前ってそういうの鈍そうだし」


 陽太が笑いながらそう言うと、柚葉もつられて笑った。

 確かに、透はそういう話題には全然乗ってこない。淡々としていて、感情が表に出ることも少ない。


 でも、それは本当に「鈍い」からなんだろうか。


 ふと、柚葉はこの間のことを思い出した。

 あの放課後、ひとりで階段に座り込んでいたとき、何も言わずに透がハンカチを置いていったこと。


 「……」


 あの時、柚葉は透に「ありがとう」と言わなかった。

 いや、言えなかった。


 何も考えずに受け取るのが恥ずかしかったし、そもそも彼がそんなことをするとは思わなかった。


 透は、たぶん本人は意識していない。

 でも、その「気づかない優しさ」みたいなものが、柚葉の中にずっと残っていた。


 「なあ柚葉、お前は好きなやついるの?」


 陽太の言葉に、思わず咳き込む。


 「は!? いや、いないし!!」


 「え~、なんか怪しい」


 「怪しくない!!」


 ごまかすように大声を出して、柚葉は強引に話題を変えた。


 透は、何も言わずに聞いていた。



---


 その日の帰り道、柚葉は下駄箱で靴を履き替えながら、ふと隣を見る。


 透が、無言で誰かの上履きを拾い上げていた。


 誰かが落としたらしいそれを、彼は何のためらいもなく靴箱に戻した。

 落とした本人が気づくこともなく、透がそれを拾ったことを知る人もいない。


 「……何なの、あの人」


 独り言のように呟いて、柚葉は透の背中をじっと見つめた。


 「……鈍いんじゃなくて、気づかないフリしてるだけなのかも」


 風が冷たくなり始めた秋の帰り道。

 その背中が、どうしようもなく気になった。


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