小さい頃に住んでいた田舎町に行った時の体験談

四百四十五郎

小さい頃に住んでいた田舎町に行った時の体験談

 これは、私が車の免許を取ってから1年ほど経過した20歳の夏の出来事である。


 当時、だいぶ長距離の運転にも慣れてきた私は自らへの腕試しも兼ねて、幼稚園卒業まで住んでいた山の中のT町に車で向かうことにした。






 片道1時間半のドライブで着いたT町は、記憶の中よりも人と建物が減っていた。


 当時私が通っていたT幼稚園も廃業しており、今ではただの廃墟と化していた。


「そういえば、サキねえは今はどうしているんだろうか……」


 幼稚園生だったころの私には、サキねえという一方的に絡んでくる上級生がいた。


 彼女は自分が年上であることをいいことに、私に姉呼びを強制していた。


 そして「いくらキミがとしをとっても、わたしはずっときみの"としうえ"で"おねえちゃん"なんだよ!」と自慢げに言っていたっけ。


 今頃彼女はどうしているのだろうか。




 懐かしい思いを抱えながら昔住んでいた家へと足を運んでいると、ふと視界に少女が映り込んだ。


 少女はだいたい中学生くらいの外見で、お遊戯会の衣装を想起する派手な桃色のドレスを着ており、なぜか見覚えがある気がした。



 

「やあ、待ってたよ。ひさくん。」


 少女が私に話しかけてきた。

 

「……サキねえ……なのか?」


「そう!そのとおり!でも……できれば今は"サキ"って呼んで欲しいな」


「そうか。にしても、サキはあんまり変わっていなさそうでよかったな」


 その後も会話が続き、私は表面では平然を装い続けたのだが、心の中で少し違和感を感じつつあった。



「ねえ、久しぶりにアタシの家に来ない?」


「いいじゃん。ちょうど俺も長時間ドライブして疲れたところだし」


「いいなー!車運転できるんだ!」


「ああ、もう18越えて今は20歳だからな。酒だって飲めるぜ」


 そう言いつつ、俺達はサキ姉の家へと向かっていった。



「なあなあ、酒ってどんな味がするの?」


「そうだなぁ……種類によるかな。酒だから味が違うってのは、あまりない感じ」


「へぇー!アタシてっきり、酒には酒の味みたいなのがあると思っていた!」


「まあ、まだ俺が飲んだことないウォッカとかそういうアルコールの濃い酒には、そういうのがあるのかもしれないがな。経験してないから味はわからん」


 やはり、違和感を感じる。


 

 そうこうしているうちに、私たちはサキ姉の家についた。


 サキ姉の家は、なぜか知らないけど周囲の家よりも立派で、相変わらず周囲から浮いていた。


「そうそう、仏間は今ちょっと片づけている最中だから入るなよ」


「わかった。にしても、今日は家族の方はいないんだな」


「そのとおり。兄貴も都会の方に進学して今はここにいないよ。だから、近所迷惑にならない程度なら、いくらでも騒いでいいってこと!」


 違和感が、さらに高まる。



 サキ姉の家は父、母、祖母、兄、姉、サキ姉本人の計6人家族だ。


 そして、基本外出はみんなでする主義の家だったはずだ。


 ふと近くを見ると、いつも家のそばに駐車されていた5人乗りの乗用車がなくなっている。

 

 ということは、車で外出したのだろうか。


 なぜ、今日はサキ姉だけを残して外出しているのだろうか。




「じゃあ、何してあそぼっか?」


 サキ姉の部屋に案内された時、ついに違和感が頂点に達した。


 汚い。


 人間が就寝する部屋にしては、あまりにも汚い。


 濃いホコリが部屋全体にかかっており、布団は数か所からワタが出ている。


 田舎なのもあってもともと汚い家だったから玄関では気にならなかったが、あきらかに家が汚い。


 まるで、数年間使用されなかったかのようである。



「……どうしたー?なんか考え事か?」

 

「いや、なんでもない」


「そっか、じゃあ昔みたいにおままごとしようぜ!」


「あれから背丈は伸びに伸びて176㎝だが、いつも通り俺の配役は赤ちゃんか?ママさん?」


「いや……今日は気分転換に、お婿さんをやってもらいます!なお、アタシの配役は妻のまま!」


「そうか……たまには婿ってのもいいな」

 

 もはや違和感は無視できないレベルにまで達していたが、それでも私は立ち止まらなかった。


 もしも今ここで変に引き返したら、なにかデカい後悔が残る気がしたのだ。




「じゃあ、行くね……新郎は病める時も健やかなるときも、新婦のことを死ぬまで忘れませんか?」


「まさかの結婚式からか……なんか文言適当だったな……」


「細かいことはいいんだよ!ほら、はやく!」


「はい、誓います。それで……俺もするのか」


「うん!」


「新婦は病める時も健やかなるときも、新郎のことを死ぬまで忘れませんか?」


「はい……死ぬまで忘れなかったよ」


 

 そして、俺の右の薬指に少しほこりっぽいオモチャの指輪がはめ込まれた。


「ん?……左じゃないの?」


「右の薬指の指輪も、愛や信頼を象徴するから!」


「ならミスじゃないのか」


「そうだ!そろそろ兄貴が帰ってくるんだった!おままごとおわり!さあ帰った帰った!」

 

「わかった!わかった!」


 突如、サキ姉が不自然な理由と、昔からよくしていた変なジェスチャーで俺の帰宅を促し始める。



「じゃあ、またな。サキ」


 玄関口から顔をのぞかせるサキに俺は手を振り、彼女を背にして帰路につこうとしたその時。


「さようなら」


 サキ姉らしくない別れの挨拶が、俺の背中越しに聞こえた。


 ……次に振り返った時、そこにサキ姉はいなかった。  





「おや……キミはサキの友達のヒサシくんかな?」


 それから10分ほど経った後、私はサキ姉の兄である初太郎はつたろうさんに会った。


 初太郎さんはなぜか花束を持っていた。



「初太郎さんもお元気そうで何よりです。」


「……え?」


 初太郎さんが困惑の表情を浮かべる。


「あの、さっきサキ姉にも会いましたよ」


「……いや、サキは……サキはもうこの世いないんだ」


 初太郎さんは悲痛な顔で話を続ける。



「僕が都会に出て半年ほどたち、サキ姉が14歳になった頃、僕の家族は一家心中したんだ……父の見栄っ張りがついに莫大な借金を作り出して……それで、車でみんな載せて崖から落ちた」


「そんなことが……」


「唯一残った僕でなんとか葬式は済ませて、借金も自己破産でどうにかしたけど……家はいまだに買い手つかずで中は葬式の時のままさ。特に仏間が顕著だよ」


「そうでしたか……」




 それから私は、墓地の片隅にあるサキ姉やその家族が眠る小さな墓に初太郎さんと共に手を合わせることにした。


「そういえば、サキは確かキミのことをけっこう気に入っていてキミが引っ越した後も『大きくなったらヒサくんと結婚したい』って言っていたな」


「そうでしたか……」


 

 こうして、私は田舎町で今は亡き幼馴染から指輪と想いを受け取った意味を考えつつ、帰路に就いたのであった。

 


 以上が、私が小さい頃に住んでいた田舎町に行った時の体験談である。

 

 私は、サキ姉の分まで今を生きようと思う。

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