第25話

 窓から差し込んだ光とゆるやかな風に、私の視界は現実味を帯びていく——。


 小さな木製の椅子に座り、開けられた窓に頬杖をついて、先に目覚めていたイマリは、にこやかに、麗らかな外を眺めていた。

 時折吹き込んでくる生暖かい風が、イマリの癖っ毛を大きく揺らして、初めてイマリを見たときの姿が重なって見えた。

 あの日から、そんな日が経ったわけでもないのに、それが随分と昔の事に感じる。


 今日まで本当に、色んな事があった……。


 私とイマリは召喚士と召喚獣という主従の関係で、そんなイマリは、並の人じゃ抱えきれないほどの事情を背負って、今ここに居る。それもずっと、笑顔のまま……。


 唯一の友人ミリヤは、自身の身を隠してこの訓練所にやって来ていて、何故かずっと私の事を気に掛けてくれている……。その理由も、ミリヤの事情も……世間知らずで役不足な私が、踏み込んで聞いても良いものなのかどうか、未だ答えが出せずにいた。


 しまいには、気軽に話せる数少ない人物(エニマ先輩)からは恋煩いだと揶揄されムキになったりして……。だけど本当は、そう言われる前から自分の気持ちの変化に、薄々勘付いていた。ただそれは、娯楽の無さからくる『気の迷い』なんだと、考えないように騙し騙しここまできたわけだけど……なにより、心を失っているイマリに向けていい気持ちではない。そう感じていた……。


「あっ おはよースクナっ よく眠れたーっ?」


「うん、おかげさまで。昨日もごめんね、私いつもイマリに運んでもらってばっかで」


 申し訳ない気持ちと、情けない気持ちで気が重い。そんな私を見たイマリは、何かを察したように私の隣へ近付いて、ベットに腰を下ろした。


「ぜーんぜんへーきだよっ スクナ空気みたいにかるいし、それにねっ スクナ抱っこするのすきだよーっ」


 せっかく起き上がった私に、イマリが抱き付いて、二人してベットに舞い戻った。


 ふと、昨日イマリが鳴らした鼻歌を思い出す……私が小さい頃、母が寝かしつけるために歌ったものとは違って、それが夢現気になっていた。


「昨日イマリが聴かせてくれた鼻歌……すごく好きだな。あれは北国の?」

 

「んっ? どーだろーっ? でも孤児院のりょーぼさんが教えてくれたやつだからきっとそーっ」


「……イマリは北国で孤児院にいたの?」


「うんっ でもみんな家族みたいだったからねーっ」


「そっか……じゃあイマリの鼻歌はその寮母さんがみんなに歌ってあげていたものだったの?」


「んーそれはどうかなーっ 夜はりょーぼさん帰っちゃうから」


 イマリの過去がどんどん明るみになっていく事に対して、私はどこかで慣れてしまっていた。なんかもう、今日まで生きていてくれただけで私は感無量だった。


 私とイマリは向かい合って横になる。

朝特有の優しい光がイマリの肌を透かしているみたいだ。


「スクナまつげ長いねっ」


 そう言って、イマリの細長い指が私の睫毛に触れる。反射的に目をつむった私は、額に触れられたやわらかい感触に驚きを隠せない——。


「どっ、どどっどうしておでこに……ッ?」


 口元がおぼつかない……。母性を感じるものとはいえ、これはさすがに不意打ち過ぎる。


「『きみのことが大好きだよーっ』って伝わるよーにおでこにチューするんだよっ これもりょーぼさんが教えてくれたんだーっ スクナが起きてるときには絶対やっちゃダメってフランソワがいったんだけどーっ……どーしても今したかったんだっ」


 イマリの話に納得がいった。寮母さんから教わったからこそ、どこか母性を感じたのかもしれないと……。

 

 好きか嫌いかだけの世界で生きているイマリは、私みたいに自分の気持ちを誤魔化すようなことはしないんだ。


 薄張りのガラスに触れるように、私はイマリの頬に手を置いた。それに反応して、こちらに向けられた子供のような瞳を覗き込む。

 

 きっと、これからも、奥行きのない感情に繋がれたままイマリは生きていく……。


 私の中でイマリへの気持ちがどんどん膨らんで、いつか外に溢れてしまっても……その想いが実を結ぶことはない。『色んな好き』がある事を、イマリが実感する事はできないのだから。


 それでも、今、イマリがしてくれたように伝えたい——。


「私もイマリの事が……」


 その先の言葉は止めて、イマリの丸みがある可愛らしいおでこにそっと唇で触れた……。


「……スクナもわたしが好きなんだっ そしたらりょーおもいだねっ」


 小さく言ったイマリの言葉が、私の心臓を跳ねさせた。



 朝と昼の間に起きて、正午に警備に向かう。夜は意識が飛ぶほど特別訓練に明け暮れ、泥のように眠り、また一日の始まりを迎える——……そんな生活もとうとう一ヶ月を過ぎた頃、私も少しは召喚士に近付けたのか、今朝、イマリと食堂に向かう途中で出くわしたフランソワ先生から「一週間後にミリヤと模擬戦ねっ」と軽い口調で伝えられていた。


 少し前の私なら、この言葉に威圧を感じるか、塞ぎ込むかのどちらかに身を振っていたと思う……。だけど、今日は違う。


 これでも一応、イマリと二人で編み出せた『戦闘方法』が仕上がったところだったから。

 

「スクナーっやっとだねーっ 打倒ミリマボーっ!」


 喜びで両手をまっすぐ天にかざしたイマリは、相変わらずその呼び方が気に入っている。


「……よし」

 

 私は久しぶりの独り言を口にする。この一ヶ月で身に付いたものが、凄腕のミリヤとマーボにどこまで通用するのかは分からないけど、とにかくやるしかない。



「——では、それぞれの場所で待機」


 ……今日も私達訓練生は、西門の警備にあたる。……そして今頃、自室には新調された夏制服が届いているはずだ。


 身なりひとつ変わったところで、私の魔力が上がるとかそんな事はありはしないけど、全てのタイミングが合致して、私を次の段階へと導いている気がした——。




 


 

 

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