最終話:ロジェルート

 みんながこちらを真剣な表情で見下ろす中、私は意を決してロジェを見つめながら声を上げた。


 ダンジョンを探索しているうちに、私は自分の中にある気持ちに気づいていた。



「――私は、ロジェに治して欲しいと思っ、」


 その瞬間、ロジェは私をぎゅっと抱きしめて耳元で囁いた。


「俺、今すげえ嬉しい」


 ロジェの甘い声に背筋がぞくりと反応してしまう。


「だって、お前が想いを寄せる相手ってことなんだろ?」

 ロジェは少しだけ身体を離して、私の顔を覗き込む。


 甘すぎる瞳に見惚れて、私は声も出せずにこくこくと頷きで返事をした。


 やれやれといった様子で苦笑いをしながらこちらを見つめるミカエル様とシリル、そして頬を赤らめたエリーに見送られながら、私たちは神殿の庭園中央部にある、浄化の泉へと案内された。



「こちらでお手を浄化してから、治癒魔法を注いでもらってください。痣がすっかり消えたら治癒完了です」


 そう言ってから、神官さんは向こうの方を指差す。


「神殿入口は閉じておりますので、お帰りの際はあちらのポータルをご利用ください。移動魔法は――――」

「ああ、大丈夫だ、問題ない」


 ロジェの返事を聞いて安心したように、神官さんは笑顔で頷く。


 私は去っていく神官さんに改めてお礼を伝えて、泉に手を浸して浄化をしてからロジェと向き合った。


 夕陽が沈み、空には星が瞬き始めている。

 見つめ合うと、ロジェが徐に口を開く。


「俺、女なんて嫌いだったんだ」

「……だろうね」

「勝手に俺のこと勘違いして、殿下やシリルと一緒にいると勝手に敵対視して攻撃的だった」

「うん」

「俺が男だって気づくと、今度は頬を染めて擦り寄ってくる」

「……」

「権力とか、肩書きとか、見た目とか、そんなことでしか判断してない奴が多かった、」


 ロジェはそこで言葉を区切って私に歩み寄り、壊れものに触れるように私の頬に触れた。


「でも、お前って誰に対しても、変わらないんだよな」

「変わらないって?」

「そのままってこと」

「それって、いいこと……?」


 私が戸惑ったように聞くと、ロジェはふわっと美しい笑顔を浮かべて、私をその大きな胸の中に抱き寄せた。


「うん、すげえ良いこと」

「っ……そっか」


 私は少し照れながら、ロジェの言葉を受け止める。


「お前はなんか優しいし、愛があって、人に寄り添ってる」

「ロジェだって、実はよく人のこと見てて、困った人にさりげなく手を差し伸べてるの知ってるよ」

「……そんなことしてねえし」

「っふふ、はいはい」


 すると、さらに私を抱く手に力を込めると、耳元で囁く。

「俺、治癒のためにキスするだけじゃ嫌だ」


 その甘い囁きに、私は胸が疼いた。


「うん……私も」


 そう言いながらロジェを見上げると、ロジェは一瞬切ない溜め息をついてから、まるで我慢できないと言ったように少し強引に唇を重ねた。


「お前が……ルーチェが好きだ」

 唇が優しく触れたまま告げるロジェの吐息を感じて、私は心が震えた。


「……っ、私、も――私もロジェが好き!」


 すると、ロジェはさらに強く深く口づけた。


「っんん……」


 私たちは、一瞬の隙間もできないくらい、唇を重ね続け、お互いの心にある想いを確かめ合った。

 5分間なんていう時間はあっという間に過ぎていたのだろう。


 空にはいつの間にか、大きな月の光が輝き、私たちを照らしていた。


 名残惜しそうに離れたロジェの唇が、私の首元に寄せられる。


「っ……」


 私の首元にキスを落としたロジェは、私の瞳を覗きこみふわっと花開くような笑顔で言う。


「消えてよかった」

「ありがとう」


 これで、終わったんだ。

 唇が離れて、なんだか寂しさが募る。



 そんな私を見て、ロジェはクスッと笑いながら私の手を取り、ポータルの方へ促すように歩き出す。


「――まだ離れたくないな……」

 手を引かれて歩きながら私は思わず呟いていた。


 すると、ロジェは私を振り返って、ほのかな笑みを浮かべながら言う。

「何、言ってんだよ」

「え?」


 ロジェはポータルに描かれた魔法陣の中心に誘導してから、私を後ろから抱きしめて、色香の漂う瞳でこちらを見下ろしながら言う。


「今日は帰す訳ないだろ」

「っ……!!」


「座標:王宮の魔塔最上階、俺の部屋」


 ロジェは真っ赤になる私を強く抱きしめて、移動魔法を発動した。


 大きく輝く月の周りには、それに負けないくらいの無数の星が輝き夜空を彩っている。


 まるで、これから訪れる甘く長い夜を予感させるように――――。

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