最終話:シリルルート
気づけば私はシリルを正面から見上げていた。
仮にも同じ家に属する家族だし、彼にとっては厄介者の義妹という存在かもしれないし――――
そんな風に自分の気持ちを抑えつけていたけれど、私は家門のために努力し、真面目で誰に対しても誠実なシリルをいつからか尊敬ではなく愛情を持って見つめていた。
そんな気持ちが伝わったのか、シリルはふっと微笑を浮かべて私の手を取った。
「僕でいいんだね」
「……はい」
少し照れながら答えると、シリルは笑みを深めて握った手に力を込めた。
「大切にします」
「……っ!」
こちらを見下ろすその瞳がやけに熱っぽくて、私は思わず胸がときめいた。
シリルはすぐに神官さんに詳しい説明を聞いた後、馬車の手配をする。
みんなにお礼を言って、馬車に乗り込み公爵邸へと向かった。
なんでこんなに急いで帰るんだろう?
私が不思議そうな顔をしていると、少し笑って言う。
「まずは公爵家でやるべきことがある……神殿の聖具を貸してもらったから、終わったら月が出る前に治癒をしよう」
隣に座っているシリルはそう言いながら、私の頬に手を添えて軽く唇に触れた。
治癒をしますってことは、キスを――――
想像した途端に、一気に頬に熱が集まる。
シリルは公爵家に着いて執事に何かを指示すると、応接間へと私を促した。
しばらくするとお茶の準備が整い、ノック音が響く。
そこに現れたのは、公爵様とお母様だった。
公爵様は私たちが一緒にいることに少し驚いているようだ。
「シリル、どうしたんだ。話とは――」
すると、シリルは公爵様とお母様の前に歩み出て、深々と頭を下げ、はっきりと言った。
「僕はルーチェを愛するパートナーとして迎えたいと思っております。どうかお許し頂けませんでしょうか」
?!?!
あっ……!そういうこと?!
そりゃ、そうか。きちんとしたお付き合いをするには、公爵様とお母様の許可は必要よね。
で、でも、いきなりこんなのって、心の準備が……。
まあ、真面目なシリルらしいと言えばそうなんだけど。
でも、きっとびっくりするよね……。
私はチラリと公爵様の様子を伺った。
公爵様は黙ってシリルを見つめている。
う……やっぱり、怒られるのかな――――
「そうなのか! よくやったぞシリル!」
えっ?
「ルーチェが公爵夫人になれば、他所に嫁にやらずに済むではないか!」
「そうね、ふふふ」
そう言って、公爵様もお母様も楽しそうに笑っている。
シリルはそんな2人の様子を見て、表情を緩めた。
「でも、公爵家の養女だった私がゆくゆくは公爵夫人になるというのは周囲の反発も大きいのでは……」
だって、お母様のときもかなり反発があったらしいもの。
私が不安な気持ちをそう言葉にすると、
「そんなの、魔法も使えないのに学園に入ることや、王太子殿下の妃候補に無理やり並べてもらうことに比べたらなんてことない」
公爵様はそう言ってニコニコしている。
う、ルーチェって本当に公爵様に言いたい放題お願い事して大変な思いをさせていたのね。
冷や汗の出るような思いで愛想笑いをしていると、シリルが真剣な表情で言う。
「ああ、とやかく言うような奴がいたら、僕が只では置かない」
冷静に言ってるけど、迫力が隠しきれていない。
シリルってきっとあの3人の中で怒ったら一番怖いんじゃないかしら……。
私はさらに冷や汗が出るような面持ちでいると、シリルは私の顔を見てふっと表情を和らげる。
「安心してくれ。君のことは絶対に幸せにするから」
そう言って、私の手をそっと握る。
その優しい表情に、私は胸がトクンと優しく波打った。
公爵様とお母様との話を終えた私たちは応接間を出て、いよいよ治癒を行うことにする。
「それじゃあ、僕の部屋へ行こうか」
そう言って、シリルは 歩き始めた。
えっ?!部屋?!
心臓のドキドキと高鳴る音を聞こえないふりをして、シリルの後に続く。
そんな私に気づかず、シリルは階段を登りながら腕につけた聖具を見せながら言う。
「この聖具は星の光を媒介にして浄化空間を作ってくれるらしい。我が家で一番大きなバルコニーがあるのは父上か僕の部屋だけだから」
ああ、そういうことね!
やだ!私ったら変な想像をしちゃって……。
そんな自分を恥じながら、私たちはシリルの部屋へ入り、バルコニーへと出た。
すでに空は暗闇に覆われ始め、星がちらほらと瞬いている。
向かい合うも、シリルは緊張の面持ちで立っているだけでぴくりとも動かない。
「あの……」
私が声をかけると、顔をうっすらと赤らめて片手で目を覆った。
「ああ、すまない……」
もうっ、モタモタしてたら月が出てきちゃうよ!
私は痺れを切らして、シリルのジャケットの胸元を掴み、背伸びをしながらグイッと引き寄せた。
驚くシリルの唇に、自分の唇を重ねる。
最初は驚いていたシリルも、私をギュッと抱きしめ徐々に口づけが深くなっていく。
シリルの魔力が私に注ぎ込まれると、全てが浄化されていくかのような不思議な心地よさに包まれた。
そうして、しばらくの間、魔力を受け続け治癒が完了した。
部屋の中に戻り、ベッドの脇に備え付けられている鏡を覗き込むと、首元の痣が綺麗さっぱり消えているのが目に入った。
「消えてる……!」
そう言う私の隣に立ち、シリルは私の頭を優しく撫でた。
「ありがとう! シリル!」
私は嬉しさのあまりシリルに抱きつくと、勢い余って二人ともバランスを崩す。
「うわっ!」
横にあったベッドに倒れ込むようにしてなんとか転倒は免れた。
「わ、大丈夫?」
そう言って身体を起こそうとすると、私の上にのしかかるような体勢でシリルの綺麗な顔が近距離にあって、私は一気に頬が熱くなる。
「ごめ――――」
そこまでしか言えなかった私は、シリルのその美しい唇で塞がれたことに気づく。
「ん……っ」
角度を変えながらどんどん深くなる情熱的な口づけに私は頭がクラクラした。
な、なんで?!
さっきはあんなに恥ずかしがってたのに……!
唇を一瞬だけ外して、シリルは私の頬に手を添えて甘く囁いた。
「君が、好きだ」
「っ……私だって、好きよ」
私の言葉を聞くと、シリルは私の後頭部に手を添えて引き寄せ、噛み付くように少し強引に唇を奪った。
口づけが深くなるほどに、幸福感に包まれる。
さっきはなかなかしてくれなかったのに、あの照れた様子はなんだったんだろう。
こんなに甘くて熱いキスができるなんて、ちょっとズルい。
私は身体の奥が甘く疼くのを感じながら、シリルの愛を受け続けるのだった。
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