第6話 カラオケと、過去の名前
最初に歌ったのは翔だった。
「では、拙者が先陣を切らせていただくっす!」
「誰ですの拙者って……」
彼が選んだのは、熱血アニメの主題歌。
画面に流れる炎と叫び。腕を振り上げ、熱唱するその姿に——
「ま、眩しすぎますわ……!」
魂の叫び。真剣な表情。音程? リズム? そんなものは超越したエネルギー。
「翔さん……あなた……本物の武士ですわね……!」
「ありがとうございますっす!」
そらが思わず手を叩いて笑っていた。
その顔が、とても楽しそうで、自然で、どこか誇らしげに見えた。
(これが……“音楽を楽しむ誇り”ですのね……)
続いて、そらがマイクを取った。
「えっ、私……やっぱりやめと……」
「推しならば、堂々と輝いてくださいまし!」
「わ、わたし、別に推されてるつもりじゃ——って、ああもう!」
結局、そらは少女ボーカルのポップソングを選んだ。
マイクを持つ手が小刻みに震えているのがわかる。
しかし——
「……まるで、歌う精霊……!」
その声は、柔らかくて透き通っていて。
決して大きくはないけれど、誰よりも“そら”という人間の芯が伝わってくるようだった。
歌い終えたそらは、顔を真っ赤にしてうつむいた。
「ご、ごめんなさい、下手で……」
「いいえ!」
わたくしは立ち上がり、彼女の前で片手を掲げた。
「これぞ、“誇りある音”。
飾らず、気取らず、自分の声で届けたその歌——
間違いなく、あなたの魂が宿っておりましたわ!」
「そ、そんな大げさな……」
「わたくし、あなたの歌に涙腺が刺激されましたわ!」
「刺激されただけなんだ……」
悠馬がぼそっと突っ込んだが、そらの頬が少しだけほころんだのを、わたくしは見逃さなかった。
(成功ですわね……“庶民改革”の第一歩としては)
* * *
そして——全員の視線が、わたくしに向く。
「お前も、歌うよな?」
悠馬がニヤリと笑った。
「わ、わたくしはその……観賞派というか……」
「さっきまで“誇りが〜”とか熱く語ってた人がなに逃げようとしてんのよ」
そらがまさかの追撃を放つ。
「え、そらさん!? 成長が著しすぎますわ!」
「いや、やっぱ言いたくなるでしょ……」
「くっ……よろしいですわ。わたくしの音楽センス、とくと味わっていただきましょう!」
わたくしはリモコンを取り、よくわからないまま画面をタッチ。
結果、選ばれたのは——
『令和カオス盆踊り』
「……え、これは……?」
イントロが流れた瞬間、全員が凍った。
「お、お前なんでこれ入れた……」
「選曲の意味がまったく読めませんわ……!?」
「やばい、腹痛い……!」
結局、わたくしは振り付けアニメを背景に、わけのわからぬ“盆踊りラップ”を披露することになり、
そらと翔は腹を抱えて笑い、悠馬は涙を流していた。
わたくしは床に膝をついてつぶやいた。
「……貴族の威厳、カラオケに散る……」
* * *
帰り道。夕焼けの中、そらがぽつりとつぶやいた。
「……楽しかったな、今日」
「そうですわね……あんなに“エレガント”に笑ったのは久しぶりでしたわ」
「それはちょっと違う気がする」
悠馬のツッコミを聞きながら、わたくしはふと空を見上げる。
(庶民文化にも、誇りは……ちゃんと存在するのですわね)
* * *
「……あなた、また同じことを繰り返すつもり?」
その声は、まるで冷たい刃のように、わたくしの心に突き刺さった。
夕暮れの廊下。
教室の扉を閉めた直後、すっと現れた黒瀬瑠璃香は、制服のスカートを揺らしながら静かにわたくしを見上げていた。
「……っ、瑠璃香さん」
「“改革”とか“気高さ”とか、好きよ。あなたらしいと思う。
でも——それって、前と同じよね」
(前と……同じ……?)
「どういう意味かしら?」
わたくしはなるべく平静を装って問い返したが、声がほんの僅かに震えていた。
「あなた、前もそうだった。自分が“正しい”って信じて、周りを“変えよう”としてた」
「それは……」
違う。
違うはず。
前とは違う。
今のわたくしは、誰かを見下すつもりなんてない。
そらや翔や悠馬と一緒に、“それぞれの誇り”を育てていこうとしているだけ。
「……わたくしは、間違ってなど——」
「でも、誰かの“誇り”を定義するって、それ、自分が“上に立つ”ってことじゃないの?」
ピタリ。
思考が止まる。
「あなたの言葉、全部“導く”とか“育てる”とか“正す”とか……
そこに、相手の気持ちはあるの?」
「それは……っ」
ぐらりと視界が傾く。
たしかに、そらに。翔に。
わたくしは“こうした方がいい”と、強く思っていた。
でも、それは“彼らのため”だったはずで……。
「ねぇ、神崎さん。あなたって——やっぱり、“あの時”のリヴィアに似てる」
その名前を、口にされた瞬間。
心臓が、跳ねた。
「……っ、なぜ……その名を……」
「え? なんのこと?」
「い、いえ……なんでもありませんわ……っ」
息が浅くなる。胸の奥が熱くて、苦しくて、冷たい。
リヴィア・グランフォード。
あの世界で、“悪役令嬢”として断罪されたわたくしの、過去の名。
瑠璃香がそれを“知っている”はずがない。
けれど——確かに、彼女の目には“わたくしのすべて”が見えているような気がした。
「失礼しますわ……」
足早に背を向ける。
「莉愛さん」
名前を呼ばれて、ピタリと足が止まる。
その声には、怒りでも、呆れでも、憐れみでもなく——
まるで、心配するような響きがあった。
「もし本当に変わろうとしてるなら……“同じ失敗”を繰り返さないって、自分で決めてよ」
(……変わる……こと)
その言葉が、しばらくわたくしの胸の中で反響し続けた。
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