第3話 一難去ってまた一難

 待て待て一旦落ち着け俺。俺はクールな男リン、これしきの事では慌てないのさ。一旦目を閉じて深呼吸だ。新鮮な空気を取り込み脳の活動を正常にすることで現実を正確に認識するのだ。

 水面に映る衝撃的な光景を信じられなかった俺は一度目を閉じ大きく息を吸い込む。

 今はちょっとあれだ、そう、変態に遭遇したから動揺してただけだ。普通に考えてパンイチにマントってなんだよ、変態なら堂々と自身の肉体を白日の下にさらせよ、ちょびっと羞恥心出してんじゃねえよ。

 そんな事を考えると少しだけメンタルに余裕が戻ってきた。行ける、今なら現実を正しく認識できる!

 覚悟を決めゆっくりと目を開き、水面に映る自身の姿を確認する。

 

 そこには相も変わらず可愛らしい女の子の姿映っていた。


「ふざけんなよもおおーーーー!!完全になりが魔法少女じゃねーかよおおーー!!」


 先ほどよりも多少冷静になっていたので自身の変わり果てた姿をつぶさに観察することができる。

 シミ一つないもっちりしとしとの真っ白な肌、大きく開きキラキラと輝く眼、等諸々含めて最高級に整った顔立ち。神は肩ほどまでの長さの金髪を左右に分けてまとめたツインテール、そして魔法少女のようなピンクを基調としたフリフリの多いドレス。どこに出しても恥ずかしくない、立派な金髪ツインテール魔法少女だった。


「とにかく、あの変態に元に戻させねえと……」


 あの変態に手を握られた瞬間異変が起こったのだ、十中八九この変化を引き起こしたのはあいつだろう、なら元に戻すことだってできるはずである。

 どこまでもふざけた変態である、いったい何が目的なのか。


「まあそれも本人から聞けばいい話か。まずはあいつを捕まえなくちゃな。」


 と、そこまで言ったところであたりを見回すと一つのことに気が付く。

 先ほど自分が通ってきた道から三人の男が下卑た笑みを浮かべながら近づいてきていた。不運なことに自分がいる噴水のある広場は噴水を中心として半径5メートルほどの広さしかなく、周りも住宅で囲まれていて、他に通り道しかない。


「君みたいなかわいいお嬢ちゃんがこんな路地裏で何してるのかなー?」


 真ん中の特に意地の悪そうな表情の男がこちらに向かって問いかけてくる。


「へへ、ラッキーすね。こいつめちゃくちゃかわいいっすよ」

「ほんと、俺らついてますねぇ、うへへ」


 両隣の真ん中の奴の手下感満載の奴らもそう続ける。

 三人まとめていかにもな雑魚敵感マシマシだが、そうやってなめてかかるわけにはいかない。なんせ


「今俺女の子なんだもんなあ」


 そう自身でつぶやくと一気に背中に嫌な汗が流れ始める。先ほどまでの俺なら冒険前の良い肩慣らしになると言って喜んで戦っていただろう。だが今は状況が違う。

一人で戦う力も持たない少女がよこしまな大人3人を相手取ろうとしているのである。はっきり言って絶望的状況だろう。

 とは言っても一般的な少女とは違い、こちらは中身が青年である。どうにかする方法を必死になって考える。


「おとなしくしてくれよー。反抗されたら俺ら何しちゃうかわかんないからさ」


「「ぎゃははははははは」」


 そうこうしている間にも輩どもは刻一刻と迫ってくる。やるしかないと覚悟を決め剣を抜こうと腰に手をやるが空を切る。


「剣ないんですけど……」


 そうじゃん服装変わってるから剣なくなってんじゃん!最悪だ、頼みの綱が一気に消え失せた。


「お、どうしたやる気かー?大丈夫?こっちは三人いるけど」


 真ん中の男の声に、またしても下卑た笑いが広がる。

 こんな小さな女の子相手に反抗されそうになって数で脅しをかけるような連中である。どう考えても腕に自信のあるやつの発言ではない。こんな奴に言いようにされるのなんて恥もいいところだ。どうにかしなければ。


「いい年してこんな小さな子を襲うだなんて恥ずかしいと思わねえのかおっさん」


 とにかく話をつないで時間を稼ごうと試みる。


「思わないねえ、俺ら弱いものいじめ大好きだからさ」


 これじゃだめか、やつらこれぐらいの反撃には慣れてやがる。


「はん、自分は強いんですよ、みたいな言い方しやがって。お前らも世間に出れば他人に搾取されるしかない弱者男性どものくせによお!」


「あ、なんつったお前」


よしよし効いてる! この方向で時間を稼ぐ!


「お前らは弱男だって言ったんだよ、どうせろくに働いてもいないんだろ?女の子には見向きもされず挙句の果てには小さな女の子襲って惨め――」


「殺す!!!!」


 真ん中の男が激高し、走りだしたのに続き、全員が一斉に襲い掛かってくる。

 やばいミスった!刺激しすぎた。こういうやつらはやってることはクソなのにプライド高いから沸点低いの忘れてた!

 くそ、なんかないのか、なんか。 

 剣、は消えたし体術、は三人相手に勝てるわけないし、逃げるのも足的に追いつかれそうだ。

 もう考えても仕方ない、イチかバチかだ!

 両手を前に突き出して、手のひらを開き三人に向けるそして全身の力を振り絞り叫ぶ。


「魔法、発動!!!!!!」


 三人は驚いて急ブレーキ、これから起こりうる事態に備え、三者三様に自身の身を守るための姿勢をとる。そして訪れる一瞬の静寂。

 瞬間足から滑り込むようにして真ん中の男の股の間を抜け、路地裏の方へ走り去る。


「はっ、騙されてやんの、マヌケどもが!!」


「待てやクソガキ!!」


 逃げても追いつかれるかも?知るか、こちとら最初から逃げる以外の選択肢がねえんだよ!

 魔法を唱えるふりをして相手の意表を突き、そのすきに逃げ出す。咄嗟にしてはいい案が浮かんだものだ。案の定あいつらめちゃくちゃビビってたしな。


「今はこのふざけた服装に感謝だぜ」


 こんな案を思いつけたのは俺の服装が魔法少女ぽかったからに他ならない。まあそもそもこの格好のせいでこんな目に遭っているのだから差し引き余裕でマイナスなのだが。

 しかしやはり大人と子供では身体能力には差があるもの、すぐに距離が縮まってきてしまう――と思っていたのだが案外この体は動きが良く、何なら徐々に奴らとの距離を離しつつあった。


「思ったよりも動けるなこの体……それともあいつらがとてつもなく遅いのか?」


「クソ、なんであのガキこんなに足速いんだよ」


「このままじゃ逃げられちまうよ!」


 取り巻き二人のそんな声が後ろから聞こえる。

 こりゃ余裕で逃げ切れるか?とそんな言葉が脳裏に浮かび始めていた。

――その油断が良くなかった。


「調子に乗るなよ、クソガキィィィィィィィ!!!!!!!」


真ん中の男がそう叫ぶ、と同時に男の手のひらから「見えない何か」が射出される。それを脳が認識したときには時すでに遅く、俺の体には真後ろからイノシシがぶつかってきたような衝撃が加えられ、俺は数メートル吹っ飛び地面の上に転がり込む。


「がっ――」


「はあ、はあ、手こずらせやがって」


「さすがだぜ兄貴!」


「すっげえぜ兄貴!」


 強い衝撃が加えられた体は、すぐには動かすことができず、地面にうずくまっていることしかできない。その間に輩3人組が追いついてくる。


「お、前……魔法か……?」


「その通り!兄貴の魔法は風を自由自在に操る風魔法、今みたいに敵をぶっ飛ばしたりできるすげー魔法なんだぜ」


「おい、あんま人の魔法のことをべらべら話すな」


 俺の質問になぜか自信満々に答えた取り巻きパート1はそう言ってリーダー格の男に殴られる。だが当の本人は反省していない様子で、笑顔を浮かべながら「ご、ごめんって兄貴」と申し訳程度の謝罪をしている。


「さて、俺逃げんなっていったよな?そういうことされると俺も仏じゃないからさあ……出ちゃうよ、手。あんま面倒かけさせんなよ」


「言って、ねえだろうが。逃げんなって。お前は、反抗すんなって言っただけだ。」


「んなもんどっちでもいいんだよ!――さてと、またなんかして逃げられても面倒だ、とりあえず足一本やっちまうか」


 そういって男は懐からナイフを取り出す。


「顔が良ければ足の一本や二本なくても楽しめるだろうしなあ」


 男は舌なめずりをしながら俺の全身をくまなく観察する。まるで俺のことを戦利品か何かのように見る目は、言いようのない不快感と恐怖を俺の中に搔き立てる。

 何か、何かないのか。この状況を打開できるものは!

 パニックになりながら周囲を見渡すが、見えるのは見えるのは薄汚れた路地裏の景色だけ。先ほどから見ていた景色なのに、恐怖のせいか路地裏はさっきよりも暗く、汚れて見えた。 唯一道具らしい道具と言えば、ちょうど手を伸ばせば届きそうな距離に落ちたロープの束だけ。

 心無い装備だが、俺はバレないよう必死に手繰り寄せ、右手で強く握りしめる。

 眼前では男がナイフを振りかぶって俺の足に突き立てようとしている。恐怖のせいか、男が何か言っているが聞き取ることができない。


 なぜ、こんなことになったのだろうか、今日は俺の冒険が始まる記念すべき日で、俺の人生において、幸せな思い出の1ページになる予定だったはずだ。それが変態に女の子に変えられて、挙句の果てには輩に襲われる、最悪尽くしの一日だ。

 こんなところで終わりたくない。こんなことで、俺の冒険を終わらせたくない。そうだ、本の中の英雄たちは、どんなピンチも最後まであきらめずに立ち向かったはずだ!俺はそんな姿にあこがれて冒険者になったんじゃないのか!

 涙でぼやける目を開き、顔を上げ叫ぶ。


「どうせ魔法少女の姿にすんなら、魔法の一つぐらい使えるようにしとけやあの変態マント!!!!!!!!!!!!」


 体の奥の奥、お腹の内側のその裏側から何かが強引に引き抜かれていく感覚があった。

 握りしめたよれよれのロープは、まるで自分の意思を持ったかのように俺の手の中から抜け出し、振り下ろされるナイフと交差するようにして横っ腹から弾き飛ばす。

 突然起こった出来事に男たちは目を丸くし、一瞬の膠着が生まれる。

 俺は考えるよりも早く口が動き、ロープに向かって叫ぶ。


「こいつらを縛り上げろ!!」


 ロープは俺が叫んだ瞬間、当然のごとく動き出す。

 そして男たちが抵抗する暇もなく、ロープは男たち3人をいとも簡単にまとめて縛り上げた。


「おい、なんだよこれ!お前魔法使えなかったんじゃねえのかよ!こんなの聞いてねえぞ!」


「俺だって知らなかったよ……」


 そう、俺だって本当に魔法が使えるとは思っていなかった。魔法は才能のあるものしか使うことができない、俺でも知ってる世界の常識だ。今まで人生で一回も魔法なんて使えなかったから俺には魔法は使えないものだと思っていたが、まさか実は才能があったなんてな……いや、この体になったからか。

 さっきの体から何かが引っこ抜かれる感覚、おそらくあれが魔法を使う感覚何だろう。今だからわかる、あれは以前の俺には絶対にできなかったことだ。言葉にはできないような、感覚的な確信があった。


「おい、おい聞いてんのかクソガキ!!さっさとほどきやがれ!!」


 その声でふと我に返る。

 そうか、俺はこいつらに襲われるところだったのか。たまたまどうにかなったものの、ちょっとでも歯車が狂っていればもっと悲惨な結末が待っていたかもしれない。

 そう考えるとだんだん腹立ってきた。安全を確保できたことにより恐怖でマヒしていた怒りの感情が再び動き出す。


「うっせーな解くわけねえだろ!ていうかお前らもタイミング悪すぎんだよ。こちとら変態とアポなし性別転換の最悪イベント二つ乗り越えた直後なんだよ、ちょっとは落ち着く時間くれ、ていうかまずそんなイベント詰め込むな!」


「はあ? 何言ってんだお前」


「俺だって意味わかんねえよ!」


 だがまあこいつらにこのうっぷんをぶつけたって仕方がない。とにもかくにもあの変態を捕まえないことには話は始まらないのだ。それにここでグダグダしていたらまた変な奴らが現れないとも限らない。ここは早々に去るとしよう。

 ――でも、こいつらに襲われた仕返しは、しっかりしておかないとなあ。

 リンは自分でもわかるくらいに口の端を歪めながら、もう一度ロープに魔法の力を込める。



    ◇



「くそ、あのガキふざけやがって!!解きやがれー!!!!」


「ぐすっ、ぐすっ、もうお婿に行けないよーー!!!!」


「助けてママーー!!!!」


リンが去った路地裏には、裸にされ亀甲縛りにされたひょろひょろの三人組がたいそう無様に吊るされていた。









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