1-07『呪天結界』

「く、ぅあぁぁあぁ――!!」


 弾き飛ばされただけで済んだことは、ステータス差を考えれば奇跡みたいなものだろう。


 この奇跡を呼んだのは、言うまでもなくスキル《マジックパリィ》である。

 攻撃をというプレイヤースキルを求める反面、完璧に流し切ることができればダメージも、武器の耐久値減少も最小に抑えられる。


 ではステータス差が何に響くかと言えば、それは受け流すことそのものの難易度だ。


 こちらの直剣エモノとあちらの大鎌エモノがぶつかる瞬間、どうしようもないデータ上の筋力STR値の差が凄まじい圧力となって襲いかかる。耐久VIT敏捷AGIもまるで足りていない。

 まして目の前へ一瞬にして現れたという転移の不意打ちが、唯一のプレイヤースキル介入要素である《反射速度》を鈍らせた。


 結果、何もかもが足りていない半端なパリィは、直剣の耐久値をゼロまで消し飛ばした上、貫通して俺を吹き飛ばした。


「く、そ……!」


 残りHPは、現在7まで減っている。

 直撃を受けなかったというのに、吹き飛ばされた余波と、地面を転がって受けたダメージ判定だけでここまで追い込まれた。

 攻撃自体のダメージは受けていないにもかかわらず瀕死にされたことを嘆くべきなのか、ひと桁だけでもHPが残ったことを喜ぶべきなのか。


 いずれにせよ俺は武器を失った。

 残っているのは森小鬼ゴブリンからドロップした儀式剣一本だけ。素の武器としての性能は、初期装備のブロードソードにすら劣っている。


 ほかのアイテムは何もない。

 せめて回復アイテムのいくつかくらい最初の街サザロントで買っておけばよかったのだが、その発想が出てこなかった。

 RTA走者、せっかちがちあるあるだ。

 ――そんなことを考えている場合ではない。


「っ……!」


 立ち上がり、俺は近くの木々の陰へとにかく隠れる。

 走って逃げるのは悪手だ。向こうがこちらの居場所を悟っている場合、ワープで接近されてしまう。

 俺にできることは静かに身を隠すことだけだ。


 ここまで一方的にやられても、痛みはないし体も動く。

 これはゲームのいいところだろう。

 まあ負傷状態をシステム的に再現するゲームもいくらだってあるが、少なくとも現状、行動にマイナスの補正がつくタイプのバッドステータスは貰っていないようだ。


「さて、どうする……?」


 木陰からスプリゲイトの姿を覗く。

 奴は再び周囲を探っていた。視覚以外のセンサーは持っていないようで、ひとまず俺は安心する。


「……だとすりゃ、基本的にはもう逃げの一手なんだけどな」


 再び周囲を見て考える。

 見えるモノは、暗い森の風景だけ。林立する木々、天を覆う葉の屋根。

 この暗さで辺りがしっかり見えるのは、まあゲーム的な都合であるとして……問題は帰り道がさっぱりわからないこと。


 マップを開く。やはりマップは砂嵐に覆われて地理がわからない。

 表示されているマップ名も相変わらず《呪天結界》だ。


「…………」


 そもそも《呪天結界》ってなんだ?


 俺がいたのはサザ丘陵の街道を外れた森の中だ。ゲームに初めてログインして降り立つ最初の街から、徒歩で行ける場所である。

 そんな、何も知らない初心者が偶然で迷い込みそうな場所に、ここまで強いモンスターが配置されているものか?

 もちろん初期のフィールドやダンジョンに、場違いなほど高レベルなモンスターが徘徊しているというのも、一種のお約束ではあると思う。だがその場合は最低限、逃走くらいは選べる状況じゃないと、ゲームとして少し理不尽すぎる。


 俺は確かに自分からバトルを挑んだ。

 だが冷静になって振り返ると、そもそもこの《呪天結界》から逃走なんてできるのかという時点で、実は相当怪しいような気がする。

 行きはよくても帰りはダメ――それ自体が一種のお約束でもあることだし。


「――!」


 そのときだ。目の前の森から一体のモンスターが現れた。


 ――ヤバい……!


 と咄嗟に息を呑む。スプリゲイトだけで充分以上に厄介なのに、この上、ほかのモンスターまで相手をしていられない。

 何より、ここで暴れられたらスプリゲイトに居場所が伝わる――!


「……、……んん?」


 身構えた俺は、そこで奇妙なことに気がついた。

 目の前のモンスターに視点を合わせれば、ゲームの機能としてモンスター名やレベルなどの情報が視覚化される。

 そこにはこうあった。


山鬼オウガ残影エコー:Lv56》


 巨体のモンスターで、手には厳つい金棒を携えている。巨大化した森小鬼ゴブリンのような見た目と言えばいいだろうか。

 その名前も何やら引っかかるところだが、それ以上に気になるのは、モンスターにまったく襲いかかってくる様子がないという点だ。

 山鬼オウガというモンスターは、そのまま俺を無視して、手に持つ巨大な金棒を引きずりながら、まっすぐスプリゲイトへ向かっていく。


 俺はそれを背後から見送りながら、頭の中に湧き出てきた発想を纏める。


 ここは《結界》だという。

 ファンタジー作品ではお馴染みの用語だが、その意味するところは作品によってバラつきが大きい。とはいえ、基本的には特定のエリアを境界で区切るために使われるものだろう。

 ただ歩くだけでは出られないとしてもおかしくはない。


「……そうか。これ、スプリゲイトが結界を張ってるんだ……」


 俺は結界に迷い込んだのではない。

 スプリゲイトがであり、コイツが現れたから巻き込まれただけに過ぎないのかもしれない。


 嵐分狩鬼のスプリゲイト――。

 らんぶんしゅき、とでも読むのだろうか。まあ、読みはどうでもいい。

 おそらくオリジナルの造語だろうが、気になるのは《狩鬼》の部分――つまり鬼を狩るという二つ名があることだ。


 そして俺が、この《呪天結界》の中で見た、スプリゲイトを除くモンスターの数は三体。

 最初に消し飛ばされた《森小鬼ゴブリン》らしき何かと、そして《鎌幽鬼ファントム》と《山鬼オウガ》。


 


 加えて、最初の鎌幽鬼ファントムのときはあまり気にしなかったが、さすがに山鬼オウガは漢字表記がちょっとおかしいと思う。

 何がおかしいって、だって

 というからには、出現地域は山でなければおかしいだろう。

 そう考えてみれば鎌幽鬼ファントムだって、なんかアンデッドっぽいし、森にいておかしいとまでは言わないが……墓地とか遺跡とかのほうが似合いそうだ。


 つまり結論、コイツらはそもそも

 加えて名前表記に《残影エコー》という謎の表記が含まれていることも気になる。

 残影。名残の影。つまり面影であって、反響エコーである。


「奴はこの結界を使って、自分から鬼の種族のモンスターを生み出して、それを自分で狩っている……?」


 だから鬼狩り――《狩鬼》の二つ名を冠している。


 そう考えれば辻褄が合うこともある。

 なにせスプリゲイトは、遭遇した当初、積極的には俺を襲わなかった。

 俺を無視して鎌幽鬼ファントムを攻撃したのは、おそらくスプリゲイトが鬼とだけ戦うAIになっていたからだ。


 そして、俺を敵と認識したきっかけ。

 すなわち《闇の魔弾》――言い換えれば使

 それを使ったから、奴は俺を《てき》と認識した。


 の、では、ないだろうか。


「……だとすれば」


 この森が、奴が使う狩り場であるのなら。

 ――それは俺にとって利用できるものかもしれない。


「これは、希望が湧いてきたんじゃねえの……?」


 俺の推測が当たっているなら、この《呪天結界》はスプリゲイトが創り出したものでありながら、スプリゲイトにとっては常に不利に働くモノとなる。

 せっかくの大規模多人数同時参加型VRゲーVRMMORPGで、最初のパーティ戦がプレイヤーとではなくモンスターを味方に、なんていかにも変な話だが。


 ――ここは、鬼と共闘といこう。

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