第2話
いつもよりも客足が近い。
というのも最近のロンドンでは、物騒な事件は起きていたが、これほどまでの事件はなかったからである。
怪事件のハイドといえば、少し前、半年以上前だったか、ロンドン中を騒がせた人物だ。
小柄で顔つきは極悪人そのものらしい。
貴族や平民でも裕福層の人たちだと恐ろしいのだろう。
だけどボクは知っている。
本当に恐ろしいのは、そう言った話を鵜呑みにして、話に尾鰭を付けて噂として流す人々だと。
だからか、本当に"ハイド"がいるのか定かではない。
ボクはそう考える。
それでも今のボクには好機だ。
「エクストラー!エクストラー!!!」
今日は少し栄養のあるものが買えるかもしれない。
「カリュー卿が殺害されたよー!」
そうすれば母さんの病気だって……!
「犯人は、あのハイドだよー!あの怪事件のハイドだよー!!!」
必死に新聞を売ると、いつもやりも多めにあった記事も数部を除いて全て売れた。
収入を渡し、今日の給金を受け取る。
ボクは目を見開いた。
「1シリング……と3ペニーも……!」
1シリングは12ペニーと同じ価値だ。
いつもは売れても8ペニーしか稼げない。
今日は15ペニーも収入があった!
ボクは大喜びで、日が暮れ真っ暗な中、仄かに光る街灯の中を駆け出した!
え、えっと!えっと!6ペニーは貯金に回して、1ペニーでパンを買って、2ペニーで栄養のある肉を買おう!
そうなるとあとは6ペニー!これも母さんの治療代に回すために貯金しよう!
昨晩カリュー卿が殺害されたテムズ川を全力で突っ切り、靴底が剥がれ落ちていることにも気づかず、ボクは家に帰った。
「ただいま!母さん!」
ボクは勢いよく玄関の扉を開いた!
「……?」
おかしい。いつもなら母さんが微笑みながら蝋燭をつけていて、優しい声で"おかえり"って言ってくれるのに。
聞こえていない?
それもおかしい。いつもとは違いかなり大きな声で挨拶をした。
辺りの害音が耳から耳へとすり抜ける。
それでも母さんの声は聞こえない。
我が家のみ、この世界から切り取られたかのようにシンッと静まり返っている。
「母さん……ただいま、ねぇ?寝てるの……?」
いつもなら寝ていても、必ずボクが帰ると起きてくれるし、蝋燭の僅かな光が灯っているはずなのに。
ボクは恐る恐る、母さんがいつも寝ている所まで歩みを進めた。
耳に入るのはボクの足音のみ、母さんの息遣いは聞こえない。
「母さん…………ただいま」
ボクは薄暗い中、月明かりと感覚を頼りに母さんがいつも寝ている所までたどり着いた。
「母さん、寝てるの……?」
何とか声を絞り出し、手探りで触れると冷たいものが手に触れた。
「ねえ母さん!ボク帰ってきたよ!」
声を張り上げるが、何も返ってこない。
否、冷たくなった母の手の感触は感じている。
「母さんってば!今日はたくさん稼いだんだよ!」
それでも母は返事がない。
「パンだって!お肉だって買えるんだよ!」
「…………」
「返事をしてよ!ねえ!母さん!!!」
その日、寂れたサウスバンクに少年の悲痛な叫びが響いた。
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