ノスタルジアの鐘が鳴る、その夜に
社会ゴミ²の下剋冗長
第1話
「母さん、行ってきます」
ボクはボロボロの革靴を履きながら声を出した。
革靴はすでに擦り切れていて、もう少ししたらサイズも合わなくなるだろう。
何なら、靴底なんて歩き方に気をつけないといつとれてもおかしくない!
「ええ、エドワード。いつもありがとう」
瓦礫の隙間風から冷たい風が家の中を切り裂く。
感染病になっている母が、心配でならない。
だが、母にはボクしか残されていない。
テムズ川から見て南側に位置するサウスバンクの空き家にボクたちは住んでいた。
毎日のように、強盗たちが収益を上げ、銃声が鳴り響き、悲鳴も日常茶飯事だ。
元々は父がこの、治安の悪い工業地帯で働いていたが、いつからか帰ってこなくなった。
母は心配ないと言って、家政婦として働き出したが、思うようには稼げなかった。
そして体調を崩して、今に至る。
とにかく、今のボクが欲しているのは母の病気を治すための治療代と日々の食事代だ。
ボクはギュッと、制服である茶色のキャスケットを目深に被った。
家を出る前にもう一度、母を見ると弱った体で微笑みを浮かべて、緩やかに手を振ってくれた。
ボクも笑顔で手を振って家を出た。
ニュースボーイとしてのボクの朝は早い。
歩く速度もかなり早い。
はっきり言って時間がないからだ。
まだ、日は登っておらず辺りは薄暗い。
テムズ川まで歩いてくると、仄かに光る街灯が現れ出す。
目的地のウェストミンスターまで、後少しだ。
街灯が街一体を明るく照らす程の数になると、目的地へと到着した。
「おはようございます。エドワードです」
職場の先輩に挨拶をすると、帰ってきたのは拳だった。
鳩尾がひどく痛む。
顔ではないのは、今から新聞を売りに行くからだ。
無言で本日分の新聞を渡される。
ボクも無言で受け取った。
「今日はエクストラだ。怪事件のハイドが昨晩、テムズ川で殺人を犯した。被害者はカリュー卿だ」
先輩はこちらを見ることもなく淡々と必用なことのみを話した。
「はい、今日はエクストラ。怪事件のハイドが昨晩、テムズ川でカリュー卿を殺害した」
顎で行っていいと、出勤許可の合図を受け取り、ボクは持ち場に着いた。
そろそろ日が登る頃合いだ。
それにしても、さっき通ったテムズ川で昨晩、偉い人が死んだのか。
と言っても正直他人事だ。
殺人なんてボクたちの環境では日常茶飯事だからだ。
奥の建物から、朝日が顔を覗かせた。
今日の頑張りが、母さんを救うことにつながる。
ボクはそのことだけを胸に声を張り上げ始めた。
「エクストラ!エクストラー!何と昨晩!カリュー卿が、すぐそこのテムズ川で!怪事件のハイドに殺害されたよー!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます