第16話 カゲロウの命

 季節は2月の立春を過ぎて、3月にさしかかろうとしていた。巷にはまだ冷たい風が吹いている。小鳩と残路は、並んで歩いている。二人は川辺にさしかかっていた。


「虫が多いな……」

「立春過ぎたからねえ……」


 小鳩が答える。残路がそわそわと辺りを見回した。小鳩は、まばたきしながら残路を見て、にやりと笑った。


「虫が怖いの?」

「うるせえ、俺は都会の人間だ」


 小鳩は小走りに街燈の下に行くと、支柱に手を出して虫を捕まえた。


「ははは、残路くん。ほうら虫さんだよ」


 指先に虫を乗せて、小鳩が残路に差し出す。残路は、面白いようにぴょんと飛び跳ねて小鳩から離れた。


「な……っ!」

「大丈夫だって。噛みやしないよ、カオマダラクサカゲロウだ」

「カ、カゲロウ?」

「小さくて、透き通った虫さ」


 小鳩が立ち止まって、手の中にカゲロウを包み込む。残路も、その手の中を恐る恐る覗き込んだ。

 手の中には、透明な羽を持った小さなカゲロウが一匹、はいっていた。


「これが、カゲロウ」

「うん、こいつら1日しか生きられないんだ」


 小鳩がそう言って、手を大きく掲げた開いた。カゲロウが飛び立って、空に向かって飛翔していく。


「1日……」


 残路はすこし驚いた顔付きで、飛んで行くカゲロウを目で追っていた。

 二人は、じっと川面を見つめながら佇んでいた。カゲロウたちが水面を舞う。


「でもさ、この1日があの子たちにとっては、全てなんだよ」


 残路の脳裏に友之助桜が浮かぶ。


(何故だろう)


 今、そこには無いのに、桜のことを強く思い出していた。

 毎年咲いては散る、桜。その儚さを尊ぶ、人。


「短いからこそ、意味がある。か」

「ん?何て?」


 小鳩が聞き返す。残路は「何でもない」と言って先に立って歩き始めた。

 しばらく道を行くと、小鳩の家が見えて来た。


「あれが俺んち」


 小鳩が、ある一軒家を指さして言う。

 残路と小鳩は、一軒家に向けて、帰り道の名残を惜しむようにゆっくりと歩いて行った。



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