第6話 草むしりとぼっちだった烏丸先生


 部室に戻った小鳩は、テーブルを挟んで烏丸と向き合っていた。


「で……」


 小鳩は、ここ数年の友之助桜観察ノートを手に前のめりになって烏丸に聞いた。


「先生、何を知りたいの?」

「全てだ」

「全て」


「ふむ」と言いながら、小鳩が椅子に座り直して腕組みする。


「全てって言われても、言葉で伝えることには限度があるよ」

「どう言う意味だ」

「つまり……相手は生き物なんだ」

「生き物か……」

「うん、だから……」


 自分専用の軍手をカバンから取り出して手に嵌めながら、小鳩がにっこり笑った。


「友之助桜のお世話、手伝って」

「はあ!?」


 烏丸が素っ頓狂な声をあげる。小鳩はかまわず続けた。


「先生、友之助桜のこと知りたいって言ったよね?」

「……それは……そうだが……」

「じゃあ、手伝って」


 小鳩は有無を言わさず、予備の軍手を烏丸に手渡した。


   〇


 小鳩は、自前のアノラックパーカーを着て、ステンレスの雑草抜き器を手に友之助桜の前に立っていた。

 隣に、烏丸が立っている。トレードマークのコートを脱ぎ捨て、彼はハイネックのセーターの上に厚手の農作業用のジャンパーを羽織っていた。これは部室にあったものを貸し出した。コートは小鳩が、部室に置いてくるようにと言ったのだ。

 烏丸は、手に三角ホ―と呼ばれる小型のくわのような農具を携えている。


「じゃあ、はじめよう!」


 合図をして、小鳩が屈む。ゆっくりと進みながら、枯れた雑草を一つ一つ引き抜いて行く。


「俺が……なんでこんな……」


 烏丸が遠い目をして棒立ちになっている。


「ほらほら、草むしりして、先生。友之助桜のことを知るには、実際にお世話してみるのが一番ですって!」

「聞いてない……聞いてないぞ小鳩……この俺が草むしりだと……」

「きびきびやる!」

「これ……どう使うんだ」


 抵抗を諦めたのか、手に持った三角ホ―を握りしめて、烏丸屈んだ。


「それで尖った部分を草のある根本に差し込んで掘り出すんですよ。貸してください」


 ホーを草の根本に突き立てて、小鳩が地面を少しだけ掘り起こす。草が引っ繰り返って、根が露出し掘り起こされた。


「なるほど。これで根ごと草をむしってしまう訳か」

「そうそう」

「よし」


 烏丸はホーを小鳩から受け取ると、構えてえいやと振り下ろした。

 草が根と一緒に引っ繰り返って抜ける。


「そういやさ、先生って」


 屈んだまま草をむしりつつ、小鳩が烏丸に聞く。


「なんだ」


 のこのこと体を動かして、烏丸が返事をした。


「何で一人でこの街に来たの?プロジェクトなんだから、かかわってる人、みんなで来ても良かったよね?」

「……このプロジェクトに関わってるのは俺一人だ」

「……はえ……?」

「何度も言わせるな。俺一人でやってるんだこのプロジェクトは!本社はこんなプロジェクトには人員を割けないとさ」

「ええ!?じゃあ誰も協力してくれなかったの?」

「俺が協力してもらえる様な男に見えるか?」

「ええ……?つまり……えと……」


 ぼっちというやつだろうか。他の社員を誘うという手もあっただろうが、性格的に難がある烏丸では難しかったのだろう。


(烏丸って、凄い人なんだろうけど……)


 小鳩は、何だか烏丸が可哀想になって来た。

 友之助桜の葉が、ざわりと揺れる。顔を上げて葉を見ながら、小鳩は、剪定が必要だな。と思った。


「先生」

「なんだ」


 小鳩は烏丸の背の気配を自分の背に感じながら、烏丸にはっきりと言った。


「次もまた一緒に作業しましょう」

「……望む所だ」


 背を向けたまま、小鳩が微笑む。烏丸が、頭を掻いた。


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