第2話 6歳誕
◇ ◇ 6歳
秋生まれで9月誕生の僕は、明日から9月になるので、やっと6歳になる。
平民はザクっと9月。
一纏めできて便利だ。
来年の4月で僕も兄と同じ学校に行くので、これも楽しみのひとつだ。
◇ ◇ 国って大変
王族貴族は誕生日が何月何日とか細かいんだそうだ。
後から記念日になる時の為に、必要らしい。
なんだろう、いちいち面倒くさい。
いちいち晩餐会とか夜会とか、破棄される食べ残しも税を捨てるのと同じだと思う。
いくら沢山の税収があるからって、酷いかな。
でも必要だと、交際費として必要だと、国の発展に必要だとか、そんなの平民に分かるわけないし。
だいいち勇者さま聖女さまの言葉を守っていない。
有名なお伽話だから、平民だって皆守ってるのに。
そんな″もったいない″ことをしたら、今の僕なら良心の呵責に苛まれ絶対に天国に行けない自信がある。
いつも思うけど、真面目に平民として暮らすことの方がきっと幸せだと思う。
貴族なんて、いつも役に立って無さそうな重そうな服とかドレスとか鎧とか着てて、重そうなかんむりとか兜とか頭に載せて、いつも威張って、いつも怒って、いつも人のもの奪って、いつも剣とか鞭とか振り回して、なんか見てて真似したくないし、いつも眉間に皺なんか寄せてたら、きっと長生きなんて出来なさそうだよ。
その長生き出来ない証拠に、王都で処刑されるやつなんて、殺人者とか盗賊とかの他に、国のお金を横領とか癒着で私腹をとか偉い人の奥さんと浮気したとか不法奴隷の女性たちを虐殺してたとかの、頭のおかしくなった貴族が定期的に出て来るんだ、間違いない!
一日中朗らかな顔して暮せない可哀想な人達なんだって。
そんな朗らかな暮らしをしてたら、なんかいつの間にか揚げ足ってのを取られたりして、爵位降格とか剥奪とか国外追放とか処刑されたりするんだそうだ。
その家族も貴族で無くなると、オークションで売られたり、店頭で薄着で立たされお客にお酒をすすめたり、春の儚い夢を扱うお店の店員さんにされたり、奴隷の店に売られたり、いろんな店で馬場車のごとく鞭打たれこき使われたり、最悪主犯と共に処刑されたりと、聞いてただけでうんざりだよ。
母の情報網の噂だけど本当恐ろしい世界だ。
本当に王都や王族や貴族って奴等の世界は、想像すら出来ない恐ろしさや先が見えないはずの暗闇が、少しだけ見える気がするよ。
あぁ、本当に僕は平民で良かったよ。
そして、まだ朝なんだけど、早く明日にならないかな。
◇ ◇ スキルと視る力
明日9月になれば僕は6歳となるので、朝の神棚へのお祈りの後で、自分が今まで得たスキルと新しく授かるスキルと、それを視る力も持てるようになる。
今持ってるスキルは3つになる。
『キトウ』、よく分からない。
『オボエ』、勉強や覚えたいことなどに補助。
『ナラウ』、人が教えてくれることなどに補助。
兄も『オボエ』と『ナラウ』は持ってるので、こちらは周りに聞いてよく知ってる。
実は僕は、両親からは忙しいから無理なんだけど、兄から字の読み書きを教えて貰ってて、出来る様になっている。
他の家も長子が勉強を教える風習だから。
僕は兄から、ない頭を使って真剣に字を習ってたら、『ナラウ』が生まれ、習いやすくなった気がした。
そしたら結構頭に字が入った気がして、そのあとに『オボエ』が生まれ、覚えやすくなった気がした。
ただ『キトウ』は、村では知って人がいなくて、でも大騒ぎすると国に捕まり解剖されるなんて噂もあるらしく、直ぐその捕縛話しが出た後は、聞く事をやめて貰った。
変なスキルは身を滅ぼしかねないらしく、下手すると魔王関係と騒がれて処刑されるかもなんて、ちょっと怖すぎるよね。
◇ ◇ 6歳朝のお祈り
晩御飯を食べ、兄の勉強の手解きを受けたあと、寝て起きて、待ちに待った朝が来た!
目が覚めて着替えたら、直ぐに母の待つはずの家の神棚へ行く。
当然のように待ってた母、でも父はいない。
もう庭周辺で働いてるって、いや凄いよ父よ尊敬するよ、でも頬ずりダメ絶対!
いつものように、母と神棚へお祈りする。
祈りの黙とうをしてると、自分の内に力を感じて目を開けた。
目の前には横から覗き込んでいる、母の微笑みが待っていた。
「どう?見たところ無事に授かったようだけど、問題は無さそうね。落ち着くまで一人で視てると良いよ。朝ご飯が出来たら呼ぶね?」
とりあえず頷いて、部屋に向かう。
今の僕は、絶対に顔が引き攣りながらニマニマしてるアホな息子状態なんだと、自信満々に自覚している。
こころなしか、いつもなんだか調子の悪い胸の不調も、気にならない。
きっと、いつもの外で走って遊びまくっていて倒れたり気絶してた事も、今からは苦しくならなくてすむかも知れない。
もう、嬉しくて嬉しくてたまんないよ!!
だってこんなのその時が来ないとわかんないもんだし、偶にとか極々偶にとか、スキルを授からない気の毒な子も居るって聞いてるからね。
そんな子には、日頃の行いがきっと悪くてバチが当たって授からなかったとか、ろくな死に方をしないとか、本当に天国に行けないとか、罵声を浴びせられ捲られるって、そんな噂がある。
当事者は悲惨だと思うよね。
だって、6歳になったばかりなのに、朝からスキルが授からない不幸に巻き込まれて、そんな最中にいろんな根も葉もない悪い噂を撒き散らされ、挙げ句の果てに天国に行けないなんて全く知りもしない他人に決定されるなんて、災害級の不幸だと思うし子供ながらに傷付くし、僕だったらきっと自殺してしまうよ。
でも天国に行けなくなるから、自殺ダメ絶対!
自殺したら天国に行けないけど、どうせ天国に行けないって言われてれば、関係ないと思わなくもなくはないかも知れないね。
特別なスキルは授からなくても、その種の学校に行き真剣に勉強すれば『ノウギ』くらいのクラスのスキルはきっと生まれるし、スキルがなくても生きて行けるから、気にしないことだと思う。
まぁとにかく、僕はそんなことにならなくて本当によかったよ、ひとつの峠を越せた気分だ。
本当、引き攣りながらのニマニマが止まんないしね。
◇ ◇ 視る
落ち着いて考えたいので、とりあえず自分のベッドの上に上がって、座ってあぐらを組んでみる。
落ち着け、僕よ!
そう気持ちを鎮めて、改めてスキルを視る。
さっきの祈りでスキルと一緒に生まれたスキルを確認するためだけの能力の『視る』だ。
『オボエ』と『ナラウ』は分かってるから、後回しだな。
6歳の祈りで新しく授かったスキルが僕の中にある『ジユウ』だ。あと『キトウ』も早く視てみたい。
スキル『ジユウ』を視る。
【意思有るもの従える能力。相手敵意勝れば無効。悪用無効。悪用起動試数重2中4軽8越せば1年間スキル使用不可。中2で重1、軽4で重1換算。】
うん、ちょっとよくわかんない。
『オボエ』とか『ノウギ』とか聞いてたスキル能力とは、方向性が違う気がする。
これは噂の魔法『ライギ』『ツチギ』『ヒノギ』『ホノギ』『ミズギ』『コオギ』『カゼギ』『チユギ』『ホリギ』『ヒカギ』『ヤミギ』『ドレギ』とかの類似関係かも知れない。
はっきり何かは今直ぐには分かんないけど。
次はスキル『キトウ』を視る。
【真に欲し神へと祈り捧げば祈願力高く心願成就可能な能力。煩悩祈願不発1回。1日1回制限。初期化時刻0時設定。上級祈祷スキル起動時〔タマグシ〕か〔ハラエグシ〕必須。】
うん、これもちょっとよくわかんない。
グシとかは分かるけど、やっぱりこのスキルは魔法関係ではないかと思う。
いやいや、魔法だと凄く注意が必要だから、厄介事になりかねない。
これは両親と〔ホウレンソウ〕しかないな。
◇ ◇ 兄6スキル
兄は6歳で『ユミギ』を授かった。
他の人より弓使いに適していて、もっと鍛えれば猟師に、更には戦争で弓部隊に徴収されるので持ってるだけでもヒヤヒヤのスキルだった。
弓を使えばスキル補正の恩恵で、製作や修理補修、矢を射れば命中率がより高く、鍛えれば勿論百発百中、射撃距離もスキルを上手く乗せれれば長飛距離となる能力だ。
でもそれは、鍛えてみないと数少ない最上級者に成れるかは博打なんだとか。
戦争が嫌で軍を回避するのに、無国籍の冒険者に移籍する場合もある。
それでも元家で元家族と暮らすと、家族を人質にされ国に軍に籍を引き戻される場合もある。
いろんな事をあれこれ考えていたら、母からお呼びがかかった。
よし、お腹もすいたし、朝ごはんを食べよう。
◇ ◇ ホウレンソウの朝食
もうみんな席に座って僕を待っていた。
早速パンにかじりついて、小匙で口にスープを運ぶ。
今日は菠薐草のお浸しとカボチャのスープだった。
菠薐草もカボチャも大好きなのだ、いくらでも食べれる、6歳の胃袋全開だ!
「祈りの時いなくてすまんかった。スキルはなんだった?」
「『ジユウ』だったよ。『視る』んだけど理解出来なかったし。出来たら後で教えてよ、急がないから。それとはっきり分かるまで内緒でお願い。軍とか解剖とかイヤだから」
「私も『ジユウ』は初めて聞くね」
「俺も初めてだな。アポスは?」
「聞いた事無いよ。学校でも聞かない方がいいよね?」
「俺が調べるよ、今日は危ないから何もしない方がいいな。それと『オボエ』はあるんだっけ?よそにそれ知ってるやつ居るか?」
「『オボエ』は、ある。母とアポスとアスラとアキラには話したはず。あと爺さま婆さまには僕は話してない。他にも話してない」
「他に知らないなら『オボエ』を授かったことにしよう」
「学校で字を教えてることは話したことがあるから、少し疑うやつがいるかもしれないけど、まぁ聞かれたら誤魔化すよ」
「あなた調べるなら10日は空けてね。近所のおばさん達って勘だけは凄いから。危ないスキルかよって疑ってくるような危険度だよね」
「そうそう、諜報関係のスキルだと隠蔽効果や聴覚効果のものもあるらしいかな。盗み聞きが出来て、自分の存在とかスキルが隠蔽出来るなんて、厄介過ぎるから、そうでないことを祈るしかないな。開発村だからその可能性が高いのも怖いぞ」
「アスラとアキラも問題ないよねー。喋っちゃダメだよー」
「・・・・・・・・」
母の声にアスラは黙って頷いてる。
ちなみにアスラは話せるけど、話してるとこは、あんまり聞いたり見たことがない。
5月誕0歳4ヶ月のアキラは、母に抱っこされる以外は、赤ちゃん籠で寝たふりを続けている信用できない奴だ。
いくら可愛くて笑顔を振り撒いて口を開いても「バブー」とか「アニチャ」とか「ホルー」とか言ってみんなの人気やご機嫌を取ろうとしても、俺だけは騙されないぞ。
「改めて考えると諜報スキルが本当なら『オボエ』だとマズイかもしれんな。ホルスは今日から朝昼夕で薪割りかその練習をしてくれ。出来るほどでいい。それで聞かれた時だけ『キコリ』を授かったと話せ。聞かれた相手だけで良いから相手は覚えておけよ。メモしてれば良いし『オボエ』があれば問題ないと思う。『キコリ』は、むかし毎日夕方薪割りしてた仲間の息子が授かったと聞いた事がある。生まれたら良いし、生まれなくてもいいさ。直接スキルまで調べるのは王城の魔法部隊のスキル鑑定持ちか、王都冒険者ギルドの高級スキル判定の水晶くらいだしな。鑑定されたら『ジユウ』もバレるしそんときゃ仕方ねぇし。よし話はここまでだ、問題なきゃみんな黙って頷け」
頷くしかなかった。
いくら練習でも農家の息子が6歳で非力で薪割りが嫌なんてこの雰囲気じゃ言えるわけない。
実際他の6歳が授かってればなおさら嫌とは言えないし。
みんなも黙って頷いてるんで話は終わった。
少し重い空気の中、朝食も終わった。
大好きなカボチャのスープも皿の中にはないし、どっか行ってしまったようだった。
そのあとは父から斧を受け取ったので、庭に薪割りの練習に行くしかなかった。
幸い急なことだったので、薪にする丸太もなく、朝は軽く疲れるまで素振りだけして練習は終わった。
僕は言いたい。
なんでこうなった!
あれ、小さいけど本当に声が出てしまった。
どこか遠くで母の笑い声がしている・・・。
あれ、歯が気持ち悪い、歯磨き忘れてた。
どれだけ心に衝撃があったか計り知れない。
◇ ◇ 冬超え準備の薪割り
朝練が終わったので、歯磨きして、ベッドの上に座って、これからの事を考えたい。
『キコリ』、どれくらいで生まれるのかな?
って考えたところで、父が丸太を担いで帰ってきたと、僕に母の呼ぶ声が聞こえてきた。
すげぇ、どっから担いできた?そもそもどっから丸太切ってきた?
庭に出てみたら、父が担いでいた丸太は、既にノコギリで薪となるべく均等に切り分けられていた。
これどうしたのと聞くと、畑に行ったら今日から秋で冬越し用の薪が要るなと思い出し、開墾用地の確保時に雑木を切って邪魔にならないように端に積んでいたのを思い出し、『キコリ』の話をした時に、そこに乾燥した50本弱の丸太状態で転がっているのも思い出し、やっぱら早い方がいいよなって丁度乾燥の具合も良い丸太を持って帰って、息子の薪割りの練習用に切り揃えたと、親切心が溢れる親バカの気持ちだ受け取ってくれと宣った。
薪割りは斧だからノコギリは別だよなって笑ってらっしゃる。
流石父、なんも言えないね。
色々と文句を撒き散らしたいけど、僕には言える隙間を見つける事が出来ず、「ありがとう」とだけ、やっと言えた。
父はにっこり笑って、「おう、いいってことよっ!」て言ってて、母は庭の端で後ろ向きで肩を震わせていた。
その母を見て、父をみたら農作業道具を持っていない。
道具は畑に置いてきたの?盗まれるよ?と言えば、手ぶらで畑に行ってたらしい。
なんで手ぶら?聞けば畑に置いてけば盗まれるからとな。
堂々巡りの感がして、そこはもう諦めました。
次に薪ってどれくらい要るのと聞いてみた。
「要るのは沢山だけど、家の裏にある薪積みに収まるほどが目標だな。いつもなら丸太3本で下段1列分になるくらいだな。ホルスは背が小さいから、そうだなぁ積めるのは精々丸太で15本くらいだと思うぞ。全部積めたら丸太50本かな。子供ではそれ程積めないし俺が積むとホルスには降ろせない、俺が降ろすから安心していいぞ」
わっはっは、じゃねーよ。
聞いた僕が浅はかだったよ。
手の平の上で転がってる6歳の能無しさ!
「分かった。昼飯のあとで始めるよ。腕力も体力も無いから、腕力5割体力7割で、疲れたらあとは夕方にするよ」
「そうだな。無理せず全部出来んでもいいからな。目標『キコリ』で区切れよ』
ちっ、『キコリ』の使い方がなんか上手い。
親バカとバカ息子だ、親贔屓で何が悪い!
頷いて、昼までは休ませて貰った。
その間にも父は黙々と丸太を運んではノコギリで切り分けている。
多分昼までに50本の処理は終わるだろう。
父の『キコリ』がどこまで計算だったのか全くわからない。
だって母は笑ってたから計算であるはずだ。
でもやってる事は親らしい行動と、僕は思ってしまった。
正直『ジユウ』がバレるのはマズイと感じてるけど、なぜ『キコリ』なのかがわからない。
『オボエ』がマズそうなのも分かる。
でも『キコリ』でないといけないのか?他にないのか?
どっかで父の策略にハマった感が何時迄も消えなくて、納得出来なくて、悔しくて、苦しかった。
◇ ◇ 斧が・・・
昼飯後の食休みも程々に、薪割りに挑む。
なんか僕の体の胸の調子が良いのは、気がついたみたいなのはさすが母だ。
斧、少し重いぞ。
足を怪我しない様にと母に厳命されている。
母はポーションを持って待機している。
家事をしながらだから、出来れば僕が声を掛けなければいけない。
ちょっと待て、声が出せないほどの怪我だったら、どうなる?死ぬのか?
ちょっと戻って母に聞いてみた。
「心配しなくても、そんな怪我だったら、ポーションは効かないから、始めから勿体なくて使わないし、安心して死ねるよ?」
「安心出来ないよね!他に方法はないの?」
「開発村だから、ポーションしか方法はないよ。後は治療魔法の治療師を3つ先の町の冒険者ギルドから連れて来るしかないけど、夜通しで往復6日掛かるし、治療師は人気だから居ない時もあるしね。それ待ってたら何日掛かるかわかんないよ」
「でも今までそんな時どうしてたの?」
「仕方がない時はダメ元ってやつで、治療師を待って連れて来て、間に合うか間に合わないかの博打だね。それと治療師への治療代がない時も始めから諦めるかな。今回も治療代はアキラの出産で使っててもう無いから、仕方が無いね。治療代は高いし出産の時は直前の3日前に町に行って治療師捕まえて予算少し越したから、余計に無いんだよ」
「じゃあ、僕は死んでもいいの?」
「死んじゃダメだから怪我しない様にと厳命したよ?まだなんか言いたい?分かったら本当に怪我しない様に注意して薪割りをしなさい」
「分かんないけど分かったよ。じゃあ、最後になるかもだから、6歳だけど、少しで良いから抱っこしてよ」
泣いてる僕を見た母は、すっごい呆れた顔をしたけど、少しだけ抱っこしてくれた。
アスラが生まれてから譲ってた抱っこだから、久しぶりの母の抱っこは、気持ちが落ち着くし、安心出来たし、いい匂いがしてた。
6歳にもなってって言ってたけど、これが最後のお別れなんだから開き直ってしまった。
もう6歳だし男の子だし、これで思い残すことも、たぶんないからいいんだよ。
無かったよね?
生まれてから6年で迎える人生の節目。
胸の痛みで時々倒れてたのは今更だしそれまでの節目は無かった事扱いです。
今日スキルを授かったのに短い人生だった。
悟りを開いた僕は、最初で最後の薪割りに静かに斧を取り、薪になる丸太に向かい心を鎮め、斧を振りかぶったのだった!
◇ ◇ マアリの画策
私の家には4姉妹、長女マアリ次女トワネ三女アンヌ四女リアンしか居ない。
問題は、後継となる男の子がいないのだ。
貴族ならば、正室が男子を生まなければ側室を早々に娶って後継対策を取ったりもする。
親は開拓村の村長で平民だから側室なんて犯罪だし、父は男子養子縁組の話も検討したが、四人も育ち盛りの娘が居れば予算を捻出するのさえ難しかった。
母が4人目を孕む前に諦めて養子縁組をしてれば、まだ予算も潤沢であり確保出来ていた。
なのに母が次こそ男の子と父に願ってしまったのが運の尽き。
私たちも母を信じたし、きっと男の子だと誕生を待ちに待ったが、妹が生まれた。
きっと今年2歳の四女はそのうち捻くれると思う。
そして今現在、父は後継者確保の為に私と次女トワネを餌に誰かを後継者にと、出来るだけ有能な男の子を婿養子にと画策している。
この村の周りでは結構美人で人気もまあまあだと噂の私も、色々考えてはいた。
村を出て貴族とか正室は無理でも側室とか愛妾とか、可能性があるなら、ここを逃げようと。
なぜ貴族かというと、使用人がたくさんいるからだ。
いないと家事から全部一人でしないとダメだ。
美味しい料理なんかも、母も作れないのに、子の私にも苦手な料理なんて作れないのに作れとか、もってのほかだ!
洗濯もきっと手が荒れるに決まってる。
今雇ってる使用人も手荒が酷いと愚痴を言う。
でも貴族への嫁入りは思い止まった。
仮に側室だとすると、間違いなく正室からの嫌味攻撃から始まり虐め捲られ、使用人たちも貴族出が多くメイド頭なんて絶対貴族だから、平民出の側室なんてバカにするに違いないし、自分の専属メイドにさえ相手にされないで、きっと死ぬまで虐め続けられるに違いないと思う。
その時は恐らく屋根裏部屋に押し込まれて、冷たく冷えた紅茶を、真冬に暖炉に火も焚べずに凍えながら、何日も洗濯されてないベッドのシーツの上に座らされて、無理やり飲まされるに違いない。
貴族とはそう云う生き物だ。
またある時は、酷ければ罰として地下室の牢の中で、三角形の乗り物に乗らされた上に、両足へと枷に重い分銅とかの錘をぶら下げて、鞭打たれる!
「無礼者!頭が高い!跪き頭を垂れろ!」
ああ、やっぱり私には無理に違いない。
側室の才能があっても逃げなければ!
側室も無理だと思うのに、そこに愛妾なんて更に何にも出来ないと思う。
子は望まれないだろうし、閨だけの価値なんて求められても、そんな受け皿的な事なんて、私には絶対無理だ。
冷静に考えれば貴族の愛妾は、貴族向け高級娼館の美人さんの中でも最高の美貌を以って、最高の閨のお相手が出来て当たり前で、その高級な鍛え抜かれた高等な技術の手技指技で殿方を饗し、ベッドでは女の身体に溺れさせ、政界の情勢の情報や噂に富んだ話題を提供する知性を垣間見せ、また有事の時には正室や側室や、そうメイド頭などにも気付かれる事なく、専用の影武者的なメイド達と共に、裏の世界への采配で手腕を振るう、闇の女王だ。
時には会員制の高級クラブの地下室の牢の檻のなか、顔の麗しい目元には光に煌めく宝石が散りばめ飾られた妖しい仮面を纏い付け、妖しい真っ黒な、裏地の無いその先が透けて見えそうなではなく見えてしまうドレスをもって、何かを奮い立たせるような身体を映えさせ、つま先が尖った真っ赤な踵のたっかーいピンヒールを履いて、足にはガーターや妖しい網タイツ、背にも漆黒のマントを翻しながら、ギリギリのブラから乳房が溢れんばかりのバストをプルルンプルルンと見せびらかすように震わせ、鞭を手にして振り回し、ビシッバシッと石の床に打ち付けて、そして声高々に叫ぶのだ!
「鞭を振るってSMよ!」
イヤだ恥ずかしい、私には絶対に無理!
結果、私は父の婿養子計画に乗ることにした。
◇ ◇ マアリの陰謀
学校ではなんか理解出来なさそうなとんでもない男の子ばかりで、同じ組には婿養子の対象には選択肢が結構無かったりする。
そしてなぜか私と父の計画がバレていると感じている。
何故かといえば、対象ではない男の子ばかり、俺と付け合えとか、仕方がない付き合ってやらん事もないぜ!とか、言い寄ってくる。
私と交際して婿養子に成りたがっているとしか思えない行動だ。
何処から計画が漏れたのか分からないが、情報源はそこら辺のおばさん連中らしい。
私を見てヒソヒソ話が盛り上がってるのだ、間違いないが、漏れてるならば仕方がない。
私が見渡す限り、候補となれる対象は一人しか見つからなかった。
見つからないというよりも、婿養子にしてもおかしくないのが組に1人しか居ないだけなのだから仕方がない。
ひとつ上の組の男子は農家技術の実施学習で外に出て帰って来ないし、帰って来ても顔は泥だらけ。
気にならないのか、洗ったりもしない。
どんな顔か暫く見てたけど分からなかったし、全く組の内での会話も無かったから、声も聞けなかったし、何しろこちらがじっと見つめているのに、目も合わせてこない。
美人さんが居ればチラ見しても良いのに、それも無い。
クラスにお姉さんが4人居るけど、勉強があるのか、こちらも本から目が離れない。
お姉さんに、ご機嫌ようって挨拶したら、本読む、勉強集中、気が散る、近づくな、あっち行け、ってカタコトで返事が帰ってきた。
もう諦めて、自分の組に帰り、頭がおかしく無いと思われる1人と友達になる事にした。
年下は来年入学だし、私はまだ子供な一年生なんだから焦らなくても良いんだし、妹も考えが有るみたいだし、年下は来年考えよう。
頭のおかしく無い組にいる1人しか居ないその彼の名前はアポス、顔の造りは女顔系で、恐らく彼の母親似だ。
性格は会話が少ないので、良くわからない。
悪ガキどもから逃げるふりして彼の後ろに隠れると、一応庇ってくれるけど、勉強の邪魔なのか、すっごく迷惑そうな顔をあからさまに私に向けてくる。
最初は嫌われたかな?と思ったけど、好かれてるみたいだ。
悪ガキどもから逃げて、彼の背に隠れると、何度でもキチンと助けてくれる。
美人さんを助けることで、彼の正義感が育って、私の英雄的存在として満更ではなさそうだ、しめしめ。
彼との進展は彼が内向的なのか、なかなかハッキリとは進まなかったりする。
学校終わりにお茶に誘っても、弟さんと約束があるからと、良い返事を貰えなかったりしてる。
女の子とお茶にも行けないって、奥手さんなのかな?
弟さん?と思い出したので、妹が話してた「弟さんの9月誕スキルの事を聞いて来て」って、今朝のお願いを思い出したので、計算問題を解いてる最中のスキだらけで幸運好期満載の彼に、席を立って横に立ち突撃して聞いてみた。
「あのー突然ですみませんが、アポスさんの弟さんってたしか、前に聞いたとき9月誕生って話でしたよね。朝のお祈りは真面目にされたんですよね。良かったらどのスキルが授かったか、教えて貰っても良いですか?」
「あぁ、そんな事話しましたかね。全く全然然程も話した記憶は無いですけどね。そうですね。あまりと言うか嫌々全然全くの殆ど話したく無いんですけど、言わないとダメですかね?」
「アポスさん?できれば共通で話せる話題も少ないですから、差し障りが無ければ、教えて頂けると、私的にはたくさん話題が出来て嬉しいのですよ?」
ウフフって、優しく微笑んでみる。
私自慢で父母推奨の自称美人の微笑みだ、受けてみろ、動揺しても怒ったりはしないよ?
ふふっ動揺してるのか、彼の顔なんて真っ赤だし、少し汗も掻いたっぽいよ。
「あまりと言うか嫌々全然全くの殆ど話したく無いですが、言い振らないで下さいね、約束ですよ。ほんと守って下さいね。それで、えっと弟のスキルでしたっけ。何だったかな?え〜と、なんか、うーん」
「ええっ、弟さんのこと忘れたんですか?結構大事な事ですよ?はっきり言って洒落になりませんよ?ほんとに忘れてたら軽蔑する程ですけど。私我慢は出来る方なので、あと少し待ってみますね?思い出せるまでじっと静かに待ったりするのも、大事なお友達のお勤めですからね?焦らないで良いですよ?」
ふふっ、聞き出すまで逃すもんか。
そもそも思い出せないのもウソバレバレですよね、分かってますよ、少しでも長く私とお話ししたいみたいだし、少しくらいなら付き合って上げますから。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
なんか反応がない、と言うかずっと考え込んでる。
ちょっと、ほんとに思い出せないのかしら?
ひょっとして、目の前の私自慢の美人の微笑みで、記憶が飛んでしまったのかしら?
「そのう?ちょっと大丈夫ですか?声とか出ますか?喉とか乾いてると声とか出にくいですよね?良かったら私の水筒のお水とか飲みますか?飲んだら思い出すかも知れないですよ?」
そっと、学校で貰える紙コップに、私の水筒から水を注いで、机の上に置いてみる。
「あー、すみませんね。思い出したので話しますね。『キコリ』でした弟のやつ。ほんと約束守って下さいね。この事なんか許可も取る前に勝手に話したってバレたら、弟に嫌われて口もきいてくれなくなりますよ。全く困ったなぁ。ああ水はもう良いですよ、喉乾いてないし。授業中ですから静かにしましょう。先生も怒らないけど、周りのみんなも見てますからね。そろそろ自分の席に戻って下さいね」
「あー、すみませんでしたね、ごめんなさいね。じゃあ、また後でお話しさせて下さいね」
軽くみんなに頭を下げて席に戻って大人しく座った。
何だろうみんな見てたのかな?
ちょっと恥ずかしいかも。
でも、弟さんのスキル『キコリ』は聞けたので、結果は良好だ!
今日は早く帰って妹に伝えようっと。
一応アポスへはお茶に誘ってるけど、多分内向的な彼はさっきの会話でお腹いっぱいのはずだから、今日も誘いにはきっと乗ってくれないのよね。
うん、今日も私の計画は順調だ!
アポス婿候補獲得に、また一歩前進したよ!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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