『昔訪れた田舎の山で神狐様に見初められたJKが、9年後約束通り大人になったので問答無用に拉致られる話』

龍宝

「略して〝狐に嫁入り〟」




 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 そう、言ってしまえば夢の話・・・なんだけども。



「――うーん、やっぱり何もないよね・・・・・・



 寝起き一番、洗面台の前で首の可動域限界に挑戦している私――安佐戸あさど小春こはるには、誰も知らない悩みがある。



 さかのぼること8年前。


 当時小学四年生だった私は、誕生日を迎えたその夜に不思議な夢を見た。


 見たこともない建物の中で、私は知らない人たちに前後を挟まれ、これまた着たこともない衣装に身を包んで歩いていた。


 とびきり妙だったのは、目的地も分からず行列に参加している私の腰から、一本の尻尾が生えていたことだ。


 その時は起きてからも一向におぼろげ・・・・にならない夢の記憶に首を傾げるばかりだったが、不思議だなァとは思いつつも、特別気にしたり家族に話したりはしなかった。


 しかし、はっきりおかしいと感じたのが翌年の誕生日。


 そんな夢のことなどすっかり忘れていた私は、貰ったばかりのプレゼントを抱いたままベッドに入り、それからまさに去年見た通りの夢の中に再び迷い込んでいたのだ。


 前回と違うのは、行列がいくらか前進しているのと、私の腰に生えた尻尾が二本に増えていること。


 それから毎年、私は同じ夢を見続けている・・・・・・・・・・


 中学で思春期に入った頃は、自分が何らかの精神的な病気になってしまったのでは、と慌てて専門書を読み漁ったりネットで色々と調べたりしたものだが、あくまで夢は夢。


 現実生活にこれといって影響をもたらすようなことはなかった。


 ただ、奇妙といえば奇妙な話である。


 悩む私をよそに、尻尾の数は順調に増え続け、高校も最終学年、18歳の成人になった今年に至ってとうとう九本になってしまった。



 朝の支度を終えて、通学のために最寄り駅まで歩く間も、私は夢のことを考えていた。


 知識が増えていくにつれ、あの建物が古めかしい和風な造りに近いものであり、行列の人たちが着ている装束もそのようなものだということは分かったが、肝心なところ、どうして私がそんな夢を幼少期から見るようになったかは依然として謎のままだ。


 「睡眠中に脳が記憶を整理している」という学説を信じるなら、子供だった私が知り得ないイメージを、毎年まったく同じクオリティで夢見るのは不可思議きわまりない。


 そもそも、どうして誕生日という決まった日にだけ見るのか。


 律儀にその数を増すふわふわの尻尾は、何の意味があるのか。


 これもしかして一生続くんだろうか。


 なんて、学校で友人たちにバースデーをハッピーされている間も、受験に向けてエキサイトしている教師の授業を受けている間も、私の頭を支配しているのは夢のことだけだった。



 放課後。


 コンビニのイートイン・スペースでスイーツをおごってくれた友人たちと別れて、混雑している電車に乗った。


 夕暮れの赤い日差しが車窓から入り込み、腰掛けた私の顔を照らす。


 まぶしさに目を閉じて、手でひさし・・・を作った私の耳に、ゴオッ、と大きな音が聞こえてきた。


 まるで、列車がトンネルに入った時のような――



「――――えっ?」



 目を開けた私の視界には、無人の車内が広がっていた。


 あれだけいた帰宅中の学生やサラリーマンが、最初からそうだったみたいに、ひとり残らず消えている。


 思わず腰を浮かした。


 窓の外には、変わらず夕日に照らされた知らない街並み・・・・・・・が流れている。


 会話のざわめきが絶えて、ガタンゴトン、と電車の走る音だけが響く中で、私はしばらく呆けたように立ち尽くしていた。



「……は、はは……なにこれ……?」



 焦りに突き動かされるようにして、私は隣の車両に駆け出していた。


 誰もいない。


 次も、そのまた次も。


 先頭車両にまでたどり着いて、運転席が空っぽなことに気付いた私は、はっきりと怖気を覚えた。


 圏外を示すスマホを片手に、思わず叫びそうになる。



 どこに向かっているかも分からない電車が、いくつも無人の駅を通り過ぎていった。


 街並みが田園に変わり、やがて山の中に入っていく。


 数十分は経った頃、徐々に速度を落としていた電車が、ゆっくりと停車した。


 プシッ、と空気音が鳴り、自動ドアが両開きに口を広げる。


 海の上だと思った。


 遅れて、大きな湖の中なのだと気付く。


 降りたくない。降りるべきではない、と頭の奥の方で警鐘が鳴り響いていた。


 とはいえ、ここでいくら待っていても、車掌のいない電車は動かない。


 ここが終点とばかりに沈黙する車内から、私は恐る恐る足を踏み出した。


 車体に横付けする桟橋のように、足元には木製の板が架かっていた。


 橋は、湖の中央に浮かぶ小島に向かって伸びている。


 ためらっていた私を誘うみたいに、等間隔に設置された鳥居と灯籠が、パッ、と手前から奥に明かりを灯していった。


 行くしかないか、と腹を括った時、遠くから鈴の音が聞こえてきた。


 宵闇の迫る中、向こうから近付いてくる人影。


 ようやく視認できる距離まで来たところで、私は目を見張った。


 夢の中で見た装束と、まったく同じものだ・・・・・・・・・


 墨描きの白布で顔を隠した行列が、手に手に鈴やかねを打ち鳴らしながら進む。


 腰に太刀をいた先頭のふたりが、私の前まで来て足を止める。


 うやうやしく差し出された手を取るべきか、一瞬だけ迷った。


 けど、これが夢の通りなら――


 何度も夢に見た記憶が、得体の知れなさをわずかにしのいだ。


 橋の両端に居並んだ、長い矛を掲げた列の真ん中を、ふたりに先導されて進んでいく。


 小島に近付くにつれ、楽奏に交じって鐘の音が聞こえてくるようになった。


 島の上陸口。


 見上げるほどの大鳥居をくぐった時、腰のあたりにむずがゆさを覚えて手を遣る。



「わっ、これ……‼」



 曲線を描いて膨らんだ、ふさふさの尻尾が九本。


 私の腰から垂れ下がっていた。



 驚く私の意識を引っ張るみたいに、カァーン、と甲高く鐘が打ち鳴らされた。


 いつの間にか、正面に人が立っている。


 小柄な私や、周囲の行列に参加している人たちと比べても長身な女性。


 顔を覆ってはいない。


 ぞっとするほどの美人だった。


 妖艶な色気を匂わせる佳人を前に硬直する私を見て、うっすらと笑みを浮かべた彼女がこちらに歩み寄る。


 それをぼうっと眺めていた時、つと鈍い頭痛に襲われた。



「な、に……⁉」



 がんがん、と騒ぎ立てる頭を押さえた拍子、私の脳裏にぎるものがあった。


 夏。田舎の山。


 そうだ、親戚の家に遊びに行った時。


 私は、迷子になって……どこかに――あれは、9年前?




「――私は、あなたを知っている・・・・・・・・・……?」




 顔を上げた私の頬に、そっと指を添えた女の人。


 抱き寄せられた弾みで、お揃いの・・・・尻尾がふわりと揺れた。




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『昔訪れた田舎の山で神狐様に見初められたJKが、9年後約束通り大人になったので問答無用に拉致られる話』 龍宝 @longbao

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