第6話 杖と好奇心



「........後で私の部屋に来て」


リリスの無表情な一言が頭から離れない。

結局、何が「面白い」だったのか分からないまま、俺は彼女の部屋に向かうことになった。


「魔族の女の子の部屋に行くなんて....なにこれ、青春か?」


一人で呟いてみるが、緊張は消えない。気まずい沈黙が流れる未来しか見えないからだ。とはいえ、リリスは幹部の一人。命令を断る選択肢なんて、俺にはない。



ーーー



リリスの部屋の前に立つ。

扉の向こうから微かな気配を感じるが、躊躇してしまう。


「くそ........とりあえず、ノックだよな」


扉を軽く叩くと、すぐに中から「入って」と静かな声が返ってきた。恐る恐る扉を開けると、そこにはいつもの無表情なリリスが立っていた。


「座って」


彼女は机を指差すと、自分も向かいに座る。部屋の中は整然としていて、壁際には古びた魔道書がびっしりと並んでいる。魔法陣が描かれた机の上には、いくつかの杖が置かれていた。


「で........俺に何の用ですか?」


緊張しつつも聞いてみると、リリスは机の上の杖を手に取った。


「....杖」


「杖?」


「そう、杖。あなた、杖使わずに魔法使った。」


「えっ........ああ、まあ。というか、俺、杖なんて持ってないですよ」


素直に答えると、リリスの瞳が少しだけ大きく見開かれた。


「やっぱり........杖がなくても魔法が使える。それ、普通じゃない」


「そ、そうなんですか?」


彼女の言葉に驚く。俺にとっては、ただ必死で努力した結果だった。


「普通、魔族でさえ、杖や触媒がなければ魔法を安定させられない。特に攻撃魔法。でも、あなたは........触媒なしで火を灯した。人間でそれができるのは異常」


淡々とした説明に、俺の失いかけていた高揚感が戻ってきた。異世界に来てから、特別な力なんて持ってないと思ってたけど........もしかして、俺、ちょっとはすごいのか?


「それで、私があなたを部屋に呼んだ理由は........簡単」


彼女は真っ直ぐ俺を見つめると、口を開いた。


「あなたがどうやってそれをやったのか知りたい。あなたを研究させて」



ーーー


それから、リリスの言う「研究」が始まった。

まずは俺がやった魔法の練習方法を一つ一つ彼女に説明することに。


「えっと、俺の場合は、とりあえず魔道書を読んで、呪文を覚えるところから始めました。それで、何度も指先にイメージを集中して....」


「イメージ、ね........」


リリスは少し考え、呟く


「確かに、魔法で発生させる物の性質や構造を詳しくイメージ出来れば、現実的には杖がなくても魔法は再現可能。だけど....」


リリスは俺の言葉を受けて、自分の手を机の上に置く。そして、杖を置かずに呪文を小声で唱え始めた。


「....火を灯せ........《ファイア》」


小さな魔法陣が手元に浮かび上がるが、炎は出てこない。リリスは眉を少ししかめた。


「難しい........私も火に対しての理解は結構していると自負してる。けど、全然形を保てない」


なるほど。俺が杖を使わずに魔法を使えたのは現代における化学のおかげか。この世界の化学は現代の化学に比べ圧倒的に遅れている。それ故に、イメージする知識が足りていないのだ。


「俺の知識をリリスさんに伝えるのはどうでしょう」


「....知識?」


俺はできる限り詳しく火に対する知識を教える。酸素との関係性や、温度や火の色など、自身が知っている限りの全ての火の知識について説明すると、リリスは時々驚きながらも真剣に耳を傾けていた。



ーーー


何度か試行錯誤を繰り返した後、リリスの手から小さな火が生まれた。


「....できた」


彼女は微かに微笑んだように見えた。


「おお、すごい! さすがリリスさん!」


俺が素直に感心すると、彼女は誇らしげな顔をした。ような気がした。


「....あなたの知識のおかげ。ところで、その知識どこで手に入れたの?」


一番聞かれたくなかった質問だ。自分がこの世界の人間でないと説明することも可能だが、変に目立つようなことを言うのは良くないような気もする。


「うーん....気づいたら知ってた....?」


中途半端な答えになってしまった。


「謎....」


訝しげな顔をし、俺の事を見つめるリリス。そして諦めたかのようにいつもの無表情に戻る。



「....ありがとう。今日の所はもういい。」


どうやらこの研究会はまだ続くらしい。俺的には脱出のために目立ちたくないし、こういう幹部と密接に関わるようなことはできるだけ避けたい。


「こちらこそ。また用があればいつでも呼んでください、リリスさん」


しかしそんなことは言えずに、社交辞令的に返してしまう。


「....リリス」


リリスはポツリと呟く。


「リリスって呼んで。あと、敬語はいらない」


意外な申し出だった。避けようと思っていた手前、都合の悪い申し出だったが、逆らったところでいいこともないだろう。


「あー、うん。おやすみ....リ、リリス」


そう言って、俺はリリスの部屋を出た。


「おやすみ....ユウキ」


部屋を出る瞬間、彼女の無表情が少しだけ崩れたような気がしたが、気のせいだと思い俺は寝ることにした。



【スキル《魔族魅了》が完了しました】

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