第4話 魔王軍幹部アイシャ

この世界では、人間と魔族は敵対関係にある。その原因は領土問題らしい。詳しいことは分からないが、どの世界でも戦争というものはなくならないのだろう。


そして俺――宇多見ユウキは、現在魔王軍の奴隷として雑用生活を送っている。


魔王軍に捕らえられ、雑用係として働かされることになってから、すでに一週間が経過した。最初の頃は毎日が地獄だったが、今ではすっかりこの生活に馴染んでしまった自分がいる。


「ユウキ! これも頼む!」


魔族の兵士が、俺に書類の束を押し付けてくる。いや、これ俺の仕事じゃないだろ....。


「あの....俺は雑用係であって事務係じゃないんですけど........」


「いいからやれ!」


「........はい」


こうして俺の仕事はどんどん増えていく。


城中の掃除、倉庫の整理、物資の補充、魔王城で飼っている奇妙な動物たちの世話、果ては兵士たちの装備管理まで。まるでブラック企業の新人のように、毎日こき使われていた。


「...俺、異世界に来て何してんだよ........」


ため息をつきながらも、俺は目の前の作業を淡々とこなしていく。異世界に召喚された当初の興奮や不安は、すでにどこかへ消え去っていた。



ーーー


魔王軍の倉庫はとにかく広い。天井の梁が高く、壁には無数の棚が並び、そこに武器や防具、魔道具がぎっしりと詰め込まれている。


........いや、ぎっしりというか、乱雑に詰め込まれているというべきか。


「整理整頓くらいしてくれよ.....」


雑用係の俺が言うのもアレだが、これは酷い。埃まみれの剣、見るからに呪われていそうな盾、何に使うのか分からない金属片...。


特にヤバそうなのが、黒く禍々しいオーラを放つ剣だった。


「この剣、絶対ヤバいやつだろ........うわっ!?」


恐る恐る触れた瞬間、指先にビリっとした衝撃が走る。


「軽く、感電したんだけど........」


小さく文句を言いながらも、俺は作業を続けた。


本来なら、こんな危険なものには関わりたくない。でも、それを言ったところで「黙って働け」と一蹴されるのがオチだ。


はぁ........。


倉庫の整理を終えた俺は、剣を訓練所へ運ぶことにした。



ーーー


訓練所に到着した瞬間、怒号が響いた。


「遅いっ!!」


その声の主は、赤髪の剣士――アイシャ。


彼女は魔王軍の幹部であり、剣士部隊の隊長を務める実力者だ。戦場では鬼神のごとき強さを誇り、剣技だけなら魔王すら押されることがあるらしい。


そんな彼女が、俺の方を鋭く睨みつけている。


「すみません........」


「自分で取りに来いよ!」という心の叫びをグッと飲み込み、俺は素直に頭を下げた。


「全く、やはり人間はダメだな」


「はい....」


「本当に人間という生き物は........」


まだ続くのかよ、と内心辟易しながらも、俺は適当に切り上げることを決意した。


「俺、アイシャさんみたいな立派な魔族に憧れます!」


その瞬間、アイシャはピタリと動きを止めた。


「はっ........//」


顔が赤くなり、何か言葉にならない声を発し始める。


........そう、この人の対処法は「褒めること」だ。


アイシャは優秀すぎるがゆえに周囲が距離を置き、誰にも褒められたことがないらしい。そのため、褒められることに慣れていないのだ。こういうタイプは単純で助かる。


「俺、本当にアイシャさんのこと尊敬してます! 美人だし、努力家だし、とんでもなく強いし........」


褒め続けると、アイシャの顔はますます赤くなっていく。


「そ、そんなこと........// あ、当たり前のことだ....!」


アイシャはプイッと顔を背けたが、耳まで真っ赤だった。


可愛いな、この人。


「でも、そういうストイックなところ、俺はすごいと思いますよ」


「~~~~っ!!」


アイシャは拳を握りしめ、何かを必死にこらえているようだった。


「わ、分かった! もう分かったから!」


さっきまでの威勢はどこへやら。気がつけば、ただの照れた少女になっていた。


出会って一週間程度なのに、適当な褒め言葉で簡単に丸め込めてしまうとは。


「お、お前の気持ちはよく分かった。その、引き続き仕事を頑張ってくれ」


そう言ってそっぽを向くアイシャを見て、俺は小さく笑った。


よし、勝った。


彼女をからかうことで憂さ晴らしをしつつ、俺は仕事に戻るのだった。

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