第6話

 待ち合わせ場所付近は、思った通り人の気配が全くなかった。まだ依頼者は来ていないのだろう。私は辺りを見回し、初めてきたこの場所に既視感を覚える。


 ――ここは、夢で見た場所だ。つまり、私はここで、殺される。


 改めて現場に来ると、背筋の凍る思いがした。その時、タブレットが新着メールを知らせる。私は深呼吸をしてからメールを開いた。


 メールは本日の依頼人からだった。


「1階の小ホール前のロビーにいます、か」


 それは待ち合わせ場所を変更したい趣旨が書かれた内容であり、私はそれを読んでほっと胸を撫で下ろす。


 ――階段が待ち合わせ場所でなくなったのなら、ここで突き落とされることはないだろう。聡真に相談したことで未来が変わった、ということか。


 私はタブレットをしまいながら、階段へと歩を進める。そして、階段を降りる手前で何かに滑った。


 ――カサカサッ。


 音的に、ビニール袋のようだ。透明なものだったらしく、ビニールの存在に気が付かなかった。


「うわっ」


 私は今この状況に、デジャブを感じる。そう、あの夢の中でも、こうして滑って――。


「痛い!」

「痛てて」


 私は夢と違い、尻もちをついた。夢では転ぶ前に誰かに抱きとめられ、そのまま突き落とされたのだが――私は運命を変えることに成功したようだ。

 私は胸を撫でおろす。お尻は痛いが、突き落とされるよりマシだ。


「あれ? そう言えば誰かの声が重なったような――」


 私は先ほど自分の声と重なった声が聞こえた方へ振り向いた。


 そこには、聡真が夢で見た帽子を深くかぶったマスクをしている男性を逮捕術で絞めている姿があった。


 ――そう言えば、聡真の両親は警察官で、彼は護身用のために逮捕術を教わっていたのだった。


「お尻、大丈夫?」


 聡真がこちらに視線を向けながら言う。私はお尻をさすりながら立ち上がった。


「痛いけど……突き落とされるよりかは多分マシ」


 私は聡真が取り押さえている男性の帽子とマスクを取った。そして露わになった犯人の正体に驚愕する。


「え!? 宮永君!?」


 そう、そこには私の推しであるモントナハトの宮永理玖がいた。


 驚く私が信じられないのか、聡真は「嘘だぁ」と言いながら犯人の顔を覗き込む。


「――ってホントだ!」


 聡真は制圧の手を緩めないまま驚く。


「ど、どうして宮永君が……?」


 恐る恐る尋ねた私に、宮永君はニコリと笑った。


「いやー、予知者って自分命の危機も防げるのかなって思って。でも、試してみて正解だった。あんたの能力が本物だって分かったから、安心して依頼ができる」


 なんてことないように話す宮永君に、聡真は彼の胸ぐらを掴んだ。


他人ひとの命を奪おうとしておきながら、何言ってんの? 君のやったことは殺人未遂だからね?」


「やろうとする前にあんたが止めたんだから、未遂にもならないでしょ?」


 胸ぐらを掴む聡真の手に、力の入るのが分かる。私は彼の手に触れると、胸ぐらから手を離した。


「聡真のおかげで、私は死なずに済んだ。結果として死んでいないからそんなに怒ることないよ」


「でも――」


 まだ何か言いたげな聡真を、私は笑顔で制する。ここで怒ることが許されるのは、実際に殺されかけたであろう私だ(実際は未遂にもなっていないので表現が難しいが)。


 不服そうな顔をしながらも言葉を飲み込んだ聡真。私は笑顔のまま話題を変えた。


「それはそうと、聡真。ここが犯行現場だってよく分かったね。私はここに来てようやく夢で見た場所だって気づいたよ」


「え、そうだったんだ。ここだって予知で分かってるのかと思ってた。あんたの能力も万能じゃないんだね」


 驚いたように目を丸くする宮永君を、聡真が睨む。私は苦笑いをして、宮永君の疑問に答えた。


「知っている場所だったらいいんだけど、今回みたいに行ったことのない場所だと難しいよ。多分、聡真に相談せず一人で宮永君と会っていたら、私は死んでいただろうね」


「なぁんだ。あんたの能力を買い被りすぎていたみたいだ。ってことは、この男の人の推理でここだと見抜いたわけ?」


 宮永君は残念そうにため息を吐く。聡真は舌打ちをした。


「彼女が繰り返し自身が殺される夢を見たから、僕はこの場所を推理することができたんだ。彼女が予知夢を見なければ、僕でも殺害現場を推理することなんてできないよ」


 宮永君が聡真に興味を持ったように、視線を聡真に向ける。それに対し、聡真は彼を睨んだままだ。


 アンバランスとした雰囲気に、私は「まあまあ」と空気を変えるよう明るい声を努めて口を開いた。


「せっかくだし、推理の過程を教えてよ」


 聡真は視線を私に戻すと、ため息を吐いて自身の推理の過程を話し始める。

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