第7話
「別に、単純なことだよ。予知夢で君が仕事用のタブレットを持っていたことから、仕事中に殺される事が分かるでしょ? 次の仕事は今日、しかも依頼者も君もこの会場に来てる。つまり、ここで落ち合う確率が高い。玄関口へ向かう階段はライブ後、人がたくさんいて待ち合わせには不向きだから、待ち合わせるなら小ホールに繋がるここの階段だと思ったわけ」
確かにそうまとめてしまえばそうなのだが――私は納得がいかない点があり首を傾げた。
「でも、初め依頼者はモントナハトのライブに来てるファンの女性だと思っていたわけじゃん? 夢で私を突き落とすのは男性だって分かっていたから、私はここじゃない別のところで誰かに殺されるんだと思ってたんだけど、聡真はそうじゃなかったの?」
「へえ、予知夢ってやっぱりリアルなんだね」
口を挟む宮永君を無視して、聡真が私の疑問に答える。
「君は予知夢で足音がしないと言っていたでしょ? どこかのお店とかビルだったら、足音が多少は聞こえると思うんだ。でも、ホールって防音のためにカーペットとかの吸音素材を使っているところが多い」
気づかなかった点に、私は思わず「なるほど」と呟いた。
「でもさ、ライブ前に呼び出されて殺されるっていう可能性は考えなかったの? あんた達がライブのために別れた後、彼女だけが呼び出される可能性もあったと思うんだけど」
宮永君が不思議そうに首を傾げる。可愛い犬系アイドルの代表ともいえる宮永君のその動作は、あざと可愛く私の胸を打ち抜いた。私の命を狙った人物とはいえ、推しは推しであり好みの顔立ちであることに違いはない。
聡真はため息をつきながらも、宮永君の疑問に答えた。
「全く考えなかったよ。今日の午後イチから小ホールで地域の音楽イベントをやっていたみたいだからね。そのイベントが終わる時間はちょうどライブが始まる前。イベント終わりの人が小ホール付近にいることが考えられるから、小ホールに繋がるここの階段では人に見つかるリスクが高いから選ばないと思っただけ」
宮永君が満足そうに頷く。彼はそこまで計算して、今回の事件を計画したらしい。
「すごい! それで俺が突き落とす前に俺を制圧できたんだ。まあ、あんたは俺の仕掛けた油が塗られたビニール袋のトラップに引っかかって尻餅をついていたけどね」
感激したと思った次の瞬間、イタズラっぽく笑って私を見る宮永君。私はその顔の良さに思わず彼を許してしまいそうになる。
おそらくうっとりとしていたであろう私を我に返すよう、聡真が咳払いをした。
「ところで、宮永さんは依頼をするに値する人物か見定めるためにこの殺害計画を立てたって言っていたね。こんなことをして、まだ引き受けてもらえるとは思っていないよね?」
語尾を低くする聡真。宮永君は「え!」と驚いたように大きな声を出した。
「依頼、引き受けてくれないの? 俺、あんた達になら依頼できると思って、依頼する気満々だったんだけど!」
「引き受けるわけないでしょ。さ、こんな殺人鬼放っておいて、早く帰るよ」
聡真はそう言うと制圧の手を離し、私の腕を取って歩き始める。しかし、私は足を動かさなかった。聡真が嫌な予感、と言いたげにゆっくりとこちらを振り返る。
聡真は私が一度引き受けた依頼はやり通すことを知っている。今回も色々とあったが、彼が依頼者であったことは間違いない。ひとまず、話を聞くだけでもしたいと思った。――無論、推しだから、というわけではない。あくまでも仕事として、だ。
「依頼内容を詳しく聞きたい」
「正気? 君を殺そうとした奴だよ? 依頼を引き受けるなんて、また殺されかけるかもしれないよ」
聡真が眉を顰める。私はにこりと笑った。
「宮永君は私
聡真は深くため息を吐くと、諦めたように「それはそうだけど」と宮永君の方へ向き直る。そして確認するように宮永くんに尋ねた。
「予知者としての彼女に依頼をしたいわけじゃなくて、彼女と僕に依頼をしたいんだね?」
宮永君は嬉しそうに目を輝かせると、大きく頷く。
「だって、彼女の運命を変えたのは彼女の予知の力と、あんたの推理力のお陰でしょ? だったら、俺の運命を変えるには二人の力が必要だ。だから、俺は二人に依頼をしたい」
宮永君の言葉に、私は今回の依頼の内容を思い出す。
「命を狙われているから、どこで殺されるのか予知してほしいっていう奴だね」
「命を狙われている!?」
聡真が驚いたように宮永君の顔を見る。宮永君はなんて事ないように、ウンウンと頷いていた。
私が今回メールフォームで来た依頼を引き受けようと思った理由は、それが真剣みを帯びていて本当に助けを求めていると直感的に分かったからだ。予知者というものは第六感と言われる直感力が優れている。私は直感で感じたことを外したことがなかった。
「それで君は今回の依頼を引き受けたわけか……」
聡真が小さい声で呟く。私は聡真に視線を向けた。
「私は彼が殺される瞬間を予知することができる。でも、それがどこで、いつ行われるものなのかは推理できない。だから、聡真の力を貸してほしい。これからも、聡真の依頼を手伝うからさ」
私はお願いっという意味をこめ、両手を合わせる。聡真は頭を掻くと、「分かったよ」と深く息を吐いた。
「命がかかっているんじゃあ、仕方ない。詳しい話は僕の事務所で聞こう。ここじゃあ、誰が聞いているか分からないからね」
聡真の言葉に私は「ありがとう!」と小さく飛び跳ねる。宮永君は承諾されると思っていなかったのか、目を丸くしていた。
「え、マジで引き受けてくれるの? 命が狙われているって本気で信じてくれてるの?」
その言葉から彼が誰にも信じてもらえなかった辛さが伝わってくる。私は聡真と顔を見合わせると、互いに笑い合った。
「私の直感が、嘘じゃないって言っているから」
「俺は彼女を信じているから」
その様子を見て、宮永君は「ハハッ」と笑う。それはどこか嬉しそうに見えた。
「疑いなく信じてもらえるなんて、嘘みたいだ。それじゃあ、明日仕事が休みだから、事務所の方に行ってもいい?」
聡真は頷くと、名刺を1枚差し出す。
「明日はちょうど、誰のアポもない日だ。朝の10時以降ならいつ来てもらってもいいよ」
宮永君は名刺を受け取ると、再び驚いたように「え!」と声をあげる。
「事務所っていうから弁護士さんか何かだと思ってたけど……探偵だったの? そりゃあすごいわけだ」
感心したように頷く宮永君に、聡真は「小さい個人事務所だよ」と少し照れくさそうに言った。その時、宮永君のスマートフォンが鳴る。
宮永君がハッとしたようにスマートフォンを手に取った。
「あ、やべ。マネージャーからだ。そろそろいかないと。それじゃ、また明日。この名刺の事務所に行くね」
宮永君はそう言うと、手を振りながら大ホールの方へ戻っていく。私が嵐のように去っていく宮永君の後ろ姿を見送っていると、聡真がスマートフォンを開く。
「明日は休みにしようと思ってたんだけどな」
「まあまあ。人の命を救えると思えば、安いもんでしょ」
笑いながら聡真へ視線を向けた私に、聡真は「そうだけどさ」と口を尖らせる。時々見せる幼い仕草は、彼の魅力をさらに引き上げている。私は思わず彼から視線を逸らすと、大きく伸びをした。もう宮永君の後ろ姿は見えない。
「今日はありがとうね。おかげで運命を変えられた」
私の言葉に、聡真の雰囲気が柔らかくなったのを感じる。
「君を助けるくらい、お安い御用だよ。僕の方が君に何度も助けられているんだから」
「どうかな。五分五分くらいじゃない?」
私は冗談めかして言う。聡真もそれにつられてかイタズラっぽく笑った。
「確かに。お互い様かもね」
私達は互いに顔を見合わせて笑い合う。これから引き受ける依頼も、二人だったら解決しそうな気がした。
それは予知夢か正夢か 猫屋 寝子 @kotoraneko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます