第7話 車での移動途中
整備されていない大地なので、小刻みに揺れながら、駆けていく。
「坊主! 名前は!」
運転しているデイビスの大きい声に、後部座席にいるリチャードは負けまいと答える。
「リチャード! リチャード・チャン!」
「その感じだとアジア系だな!」
リチャードは無言で小さく頷く。隣にいるPZは身動ぎをしながら、眠そうな声で前にいる同僚に訊ねる。
「デイビス。聞きたいことがある」
「おう。答えられる範囲でよろしく頼むぜ」
「何故お前が来た。有給を取っていたはずだろ」
その疑問を聞き、戸惑うリチャードはPZを見た後、デイビスを見つめる。
「エジプト旅行をしてたんだよ。楽しい旅行中に隊長からケニアに行けという指示もあったんで、飛んで来たらこれだ」
PZは大きいため息を吐く。
「ホワイト医師から迎えを出すという早い返答があると思ったら……この様子だと、隊長と連絡を取り合っていたな?」
鋭い指摘にデイビスは豪快に笑う。
「ははは! 正解だ!」
二人のやり取りで、リチャードは微笑みながらPZを見る。
「……何だ。その嬉しそうな顔は」
「ピーターに信頼できる仲間がいるっていうのが嬉しくって」
無邪気なリチャードの返答にPZは呆れたような表情をする。
「節介焼きが多いだけだ」
「お前だけやたらと傷だらけで参加してることが多いからだよ」
皮肉めいた言葉がデイビスの口から出る。何か反論があるだろうと、デイビスも、リチャードも、静かにするものの……PZの反応はない。
「おーい。PZ?」
デイビスが不安そうに呼ぶ一方で、リチャードはPZの顔を窺う。両目を閉じ、軽く閉じた口から寝息が出ていた。サブマシンガンを抱えて座って寝るという、非常に器用な寝方をしている。
「寝ちゃってる」
リチャードは小さく言い、PZの頬に触れる。突っついても、反応が返ってこない。ミラー越しに後部座席を見たデイビスは理解した。
「よっぽど疲れてたんだろうよ。ダンジョン突入任務よりも前だって、アフリカの海岸部で単独任務があったらしいしな」
「連続で仕事をしてたってこと?」
「ああ。彼奴にとってそれがいつものことさ」
デイビスは軽快に言うものの、ハンドルを強く握る。気持ちを切り替えるように、その男の声は真面目なものになる。
「とはいえ負担がデカい。そろそろ休ませないとな」
「有給取ることになるのかな」
有給が当たり前だという価値観を持つリチャードの問いにデイビスは冷たく否定する。
「いや。そもそも彼奴には有給ってのがねえんだ」
「だってそれじゃ……いつゆっくり休めるの」
震えた声を出しながら、リチャードは寝ているPZを向く。サブマシンガンを抱えたままで、何かがあったらいつでも起きられる状態になっている。休んでいるように見えて、実際は休んでいない。そう理解したリチャードの目に涙が出始める。
「身体も心もボロボロになったままだったら、いつか絶対、ピーターが!」
悲鳴に似た少年の言葉はデイビスの心に突き刺さる。
「それは俺らも懸念してるとこだ。いくら彼奴が強くても、人間であることには変わらねえ。ぶっちゃけレッドカード出したいって言う医者もいるぐらいだしな」
「だったら!」
感情むき出しの少年の声に、デイビスは横に振る。
「相手が悪過ぎる。どれだけ訴えても、PZは軍の操り人形なんだ」
「よくなっているんだよね?」
「マシにはなっていると……彼奴は言ってたけど、俺らから見たら何も変わっちゃいねえ」
「え……?」
デイビスが突きつけるPZの現実にリチャードは声を詰まらせる。
「多少の数時間の休息が取れるようになったってだけだ。……上層部はそれで十分だろうって言ってたぜ。ふざけてるだろ?」
怒りに似たPZの同僚の言葉。それを聞いたからこそ、リチャードは覚悟を決める。涙が止まり、少年の雰囲気が変わったことに気付いたデイビスは静かに問う。
「お前がしたいこと、決まったのか?」
と。
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