五貴 塔泉

私には気になる人がいる。

恋をするのは五十年以上ぶりだろうか。私とは違う艶やかな白髪、いつも上がっている口角、私のことを見つめる優しい目。私たちは両想いではないかと錯覚する時さえある。


彼女が誰かは分からない。なぜか毎日家にいて、食事を用意してくれる。初めは誰かと驚いたが、作ってくれる食事が私の舌を唸らせ、追い出すのをやめた。それに一緒にいるとなんだか落ち着くのだ。

彼女は何歳なのだろうか、なんという名前だろうか、結婚はしているのだろうか。こんなに美しい人なのだ、男たちが彼女を放っておくわけがない。そしてまた料理も旨いときた。この人に欠点はあるのか。そもそもどうして彼女は私の好みの味を知っているのか。


私が今、彼女に自分の気持ちを伝えれば、彼女を困らせてしまうことになるだろう。しかし、後先短い人生だ。後悔があってはあの世は迎え入れてくれない。恋愛は直観だ。二十四歳に初恋をした時にも同じように直観で恋をし、告白をして受け入れてくれたではないか。


私は意を決し家事に勤しむ彼女のもとへ向かい言った。

「君のことが好きだ。私と結婚してくれ」




「あら、お父さん。また今日もプロポーズしてくれたの? ありがとう、嬉しいわ。お父さん、私も大好きよ」

恥ずかしそうに、だけど嬉しそうに笑みを浮かべるのは、どうやら私の妻だそうだ。


「そうだった」

妻だということを完全に思い出せたわけではないが、道理がかなっていたのでわかったふりをした。

私はどうやら認知症らしい。

だから、きっとまた妻が妻であることを忘れてしまう。

そして、その度に何度も妻に恋をする。


それも、案外悪くないかもしれない。

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五貴 塔泉 @itsukitousen

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