第10話 記憶の欠片

 舞い上がる土煙は未だ晴れず視界を奪ったまま不気味な静寂が辺りを包む。


 時間経過と共に視界は広がりを見せるも依然として一メートルほど先までしか視認できない。


「皆さん、大丈夫ですか? 皆さーん・・・・・・」


 サティナ達を心配し安否を確かめるようにウィクスは幾度となく声を張り続けていたが、暫くすると人が変わったかのような粗暴な言葉遣い、野太い声へと変化していく。


「あぁぁっ、クソつまんねぇ。こんなザコの仲間に殺られたのかよ。情けねー奴だな・・・・・・ おい! バクス何やってやがる。返事をしろ!!」


 次の瞬間、先程まで濃霧のように立ち込めていた土煙が瞬く間に消えていき、地面から伸びた淡い光を帯びた鎖により拘束され野太い声で唸り声をあげるカイが姿を現す。


「情けないそうですよお。カイ・・・・・・ えっと、今はバクスさんでしたね」


「体を乗っ取られるとか本当に情けニャい。レジスト出来ると思ってた私がバカだったニャ」


「チッ」


 ウィクスが舌打ちした直後、カイの表情が怯えと焦りの色に染まる。力ずくで拘束を解こうと藻掻くが切断するどころか鎖は少しずつ体に食い込んでいく。


光鎖の枷グレイプニルで拘束してるのに動けるなんて凄いですね。でも困っちゃいましたね。それ以上動かれちゃうとカイが死んじゃうじゃないですかあ・・・・・・」


「死ぬからどうした? 利用価値が無ければ生きてても仕方ないだろ。ほら殺せ!! 殺してみろよ!! そいつはもうお前達が知ってる奴とは別人だぜ。ほら、やってみせろよ!!」


「じゃあ・・・・・・ そうします」


 突然、鎖が弾け切れ消滅、拘束を解かれたカイは後方、ウィクスの傍まで下がりサティナと距離を取る。


「そりゃそうだ。殺せねぇ、殺せるはずがねぇ。何もかも甘いんだよ」


「私、甘くないですよお。これで少しはカイも成長できるんじゃないかなーーって思っただけですし。ですよねミィちゃん?」


「・・・・・・ それでどうするのニャ?」


 想定とは違う余裕ある反応を見せる二人の態度にウィクスは苛立ちを隠せずカイを怒鳴りつける。


「おいっ。役立たず!! そこに丁度いいザコがいるじゃねぇか。お前でも妖精猫(ケットシ―)ぐらいなられるだろ? そっちの女は俺の獲物だ」


「や、やめろ・・・・・・ こ・ろ・・・・・・」


 ウィクスの問い掛けに懇願こんがんするようなカイ本来の声が聞こえたのも束の間、直後沈黙し殺気剥き出しでミィを睨みつける。だがわれに介せずと言わんばかりに大きな溜息をついた後、サティナに話しかけている。


「頃合いニャ。傷は癒せても魂は無理、それにこれはサティナの領分だニャ」


「分かってますよお。すぐに終わらせますから安心してください」


「【身体強化ブースト】【雷瞬歩ライトニング】【蟲毒爪トキシッククロー】クソッ。どいつもこいつもめやがって!! 死にやがれ。クソ猫――ッ」


 魔法効果により身体能力を高める【身体強化ブースト】にカイの固有ユニークスキル【雷瞬歩ライトニング】を重ね掛けし移動速度を極限まで高める。スピードを重視し体術を得意とするカイの戦い方に近い。


 だがそれは高い身体能力と魔法力を有する神狼族カイ本来の戦い方からは程遠く、自身の可能性の一端しか見えていない子供が憧れ目指した戦闘スタイルの模倣もほうでしかない。


 十五センチほどにまで伸びた爪から【蟲毒爪トキシッククロー】の効果により生み出された黒い液体が滴り落ちると大地を焦がし黒に染める。


 圧倒的なスピードを生かしミィとの間合いを一瞬で詰める。感知されたとしても肉眼で追えるはずがないという確信、それ程の移動速度で近づいたにも拘らずミィと目線が合う。


 偶然視界に入ったのではなく動きに合わせ瞳が動いていた。その優しく幼い子供を見つめるような瞳を見た瞬間、バクスの体は硬直し指一本すら動かせなくなる。


「か、体が動かねぇ」


「カイが教えてくれたでしょ。やめろ。殺されるって。でも安心してください。死ぬのはバクスさんだけですよ」


 サティナの話が終わると、全身の力が一気に抜けたかのようにその場で崩れ落ち動かなくなったカイが横たわる。


「何寝てやがる!! さっさと起きろ」


 苛立ちを隠さず何度も怒鳴りつけるが目を覚ます素振りが全くない。


「バクスさんはお亡くなりになりましたよ」


「はぁ? 何を言ってやがる・・・・・・ な、何故だ? 寄生核虫パラサイトの反応が消え・・・・・・ おいおいおいっ。転魂レナゼールまで強制解除されてるじゃねぇか⁉ お前――ッ! 何をした」


「説明した通り、殺したんですよ。虫はミィちゃんが駆除したみたいですけどね」


 獣人が視線を移すとカイの傍で球体状の結界の中で小さな何かが燃えているのを嫌悪感全開の表情をしたミィが眺めていた。


「ゲヘヘヘヘッ。あぁぁぁっ。堪んねぇ。こんな奴らを屈服させ絶望した表情を眺めながら、殺してくれと懇願させる。純潔、誇り、力、何もかも奪い踏みにじる。もう考えただけで興奮が抑えられねぇ。セクメトラ様に頂いた天使族のーーー」


「もう結構です!! 貴方に生きる価値がないことが分かれば十分過ぎます」


 おっとりとした口調は鳴りを潜め憎しみめいた強い口調で話を遮り獣人を睨みつける。感情をこれ程までに揺さぶられ動揺しているサティナを初めて目にしたミィが心配そうに見つめる。


「冷静になるのニャ!! 安い挑発に乗るなんてサティナらしくニャいよ」


 汗ばみ血の気の引いたような表情、呼吸は荒く意識はあるが蹌踉よろめいている。急激な状態悪化は精神干渉など何らかの攻撃を受けたことの可能性を示唆している。


 だがサティナが持つ固有ユニークスキル【ネガティブキャンセラー】の効果により毒や麻痺、精神干渉による洗脳や混乱など状態異常付与効果のある攻撃は無効化される。また守護者が一様に所持する耐性、無効化スキルも常時発動している為、精神干渉を受けたとは考えられない。


 例え冷静さを失ったとしてもサティナとウィクスとでは圧倒的な力の差があり敗北することなどない。何らかの攻撃を受け状態異常など状況が悪化したとしても瞬殺できるだけの力の差がある。


 だがミィはどうしても嫌な予感を払拭することができずにいた。


「はぁはぁ・・・・・・ も、もういいです・・・・・・ 貴方を殺しても他にも守護者が居るのでしょう? ならば生かす必要なんてないですよね」


 時間の経過と共に嫌悪感が増し殺戮さつりく衝動しょうどうを抑えきれないかのような言動、表情はどこか冷淡で高濃度の闇属性魔力がサティナを覆う光属性魔力を侵食し漏れ出し始めている。


「面倒ですし器ごと」


「サティナ!! しっかりしなさい。そんなサティナを見たら颯斗様が悲しむニャ」


 左足にしがみつき涙目で必死に訴えかけるミィをサティナは力ずくで引き離しにかかるがビクともしない。


 そんな中、余裕じみた言動を繰り返していたウィクスにも変化が起きる。突然、怯えた表情を浮かべブツブツと何か呟いたかと思えば、次の瞬間には怒りに満ちた視線を二人へ送ってくる。


「くそくそくそっ!! 何故バレた。このままじゃ殺されちまう・・・・・・そ、そうだ。守護者三人が手土産なら失態を無かった事にしにしてくれるかもしれねえ・・・・・ お前ら喜べ! このエクトル様の役に立てる名誉をくれてやる」


 表情から余裕は消え、焦りや恐怖からか本当の名を口走り、先程までのような余裕を全く感じられない。


 一方、サティナの足にしがみついたままのミィは自ら離れそうな気配はなく、引き離すこともできそうにない状況。


 例え現状のまま戦ったとしても勝利できるという絶対的な自信がサティナにはあった。ただし不測の事態に陥った場合、二人を守り切れる保証はない。


 多少強引な手段を使ってでも引き離し防御結界を張れば二人を護り敵を倒すことができるという強い想いが、指先に闇属性魔力を凝縮しミィへ向けるという思いもよらない行動をとらせることになる。


「ミィちゃん・・・・・・ごめんね」


 それでもミィは離れようとしない。何も言わず涙で白毛が濡れ、くしゃくしゃになりながらも精一杯の笑顔をサティナへと向ける。


「・・・・・・ わ、私は何を。何てことを・・・・・・」


 次の瞬間、漏れ出していた闇属性魔力が浄化され完全に消滅、穏やかで優しい表情へ戻り堪えきれなくなった涙が頬を伝う。張り詰めていた緊張感が解け、気が抜けた一瞬の間をエクトルは見逃さず二人との間合いを一気に詰めサティナへ伸びた鋭い爪を振りかざす。


「【聖紋スティグマ】解放。【蟲毒爪トキシッククロー】」


 攻撃に気がついていないのか防御態勢どころか回避行動すらとらないサティナを見て勝利を確信しニヤニヤと口元を緩ませる。幾度となく守護者を葬ってきたことで得た自信、かすり傷程度でも傷さえ負わすことが出来れば勝利できると確信しているからこそ生まれた過信が絶対に見落としてはならいものを見落とさせる。


「煩いニャ」


 鋭い爪先が絹のような肌に届くまで残された時間は瞬きするほども残されていなかったからこそ勝利を確信した。だが今、エクトルの眼前に広がるのは暗闇、土と潰された植物の臭いに血の香りが混ざり鼻を突き、体の自由は全く効かず指一本動かすことが出来ない。


 視界が開けると朱に染まった世界、そして首や手足が有らぬ方向へ曲がったハイエナのような斑模様の体毛をもつ獣人とエクトルは視線が重なり言葉を失う。


「け、計算通りニャ」


 サティナは涙を拭いながらエクトルの傍に居るミィの元へ歩み寄り話しかける。


「ミィちゃん。ごめんなさい。私・・・・・・」


「元に戻ったのならそれで良いのニャ」


「ありがとう。ミィちゃん・・・・・・ でもこれはやり過ぎです。本体がその状態では戻るに戻れないでしょうし、話ができるように思えないんですけどお。聞きたいことあったんですよ。その聖紋スティグマのこととか」


 エクトルを見下ろし右肩に浮き出た翼のように見える痣を見つめ話を続ける。


聖紋スティグマは天使族特有のもので、同一のものは存在しないんです・・・・・・ でも私、その聖紋スティグマ知ってるんですよねえ・・・・・・」


 問い掛けに返答せず横たわったまま動くような素振りは全くない、一見すれば覚悟を決め静かに死を待っていると思えなくも無いが、エクトルの表情に恐怖や焦りといった感情は見受けられず不自然なほど落ち着いている。


「もしかして逃げきれると思ってるんですかあ? 私達の方が強いから言ってるんじゃなくて私達、相性が最悪なんですよねえ。例えばこれ」


 無限収納インベントリから自身の倍ほどもある大鎌を取り出すと頬を紅潮させ柄に頬擦りする。その光景を若干引き気味のミィが眺め、エクトルは恐怖に顔を歪める。


「ああっ。その表情、ウラノガイヤの力が分かるんですね。嬉しいので特別に命乞い聞いて差し上げようかと思ったんですが、話すことできないでしょうし早く帰りたいので聞きません」


 サティナはウラノガイヤを躊躇ちゅうちょなく振り下ろすと、すぐに無限収納インベントリへと収納し満面の笑みを浮かる。


「治癒はサポート役のミィちゃんのお仕事ですよ。早く終わらせて帰りましょう」


「はいはい。分かってるのニャ。【範囲治癒エリアヒール】」


 意識を失い倒れている獣人達を光の衣が包み込んだ次の瞬間、十メートルほど上空の空間に亀裂が入り徐々に広がっていく。巨大で禍々しい力が亀裂の向こう側から溢れ出しているような感覚に本能的に退却を決断、ミィは防御魔法を展開させ時間を稼ぐことにした。


「【多重多属性魔法防壁リジェクト】【自動防衛マルチリフレクション】サティナ!! 急いで颯斗様への連絡と転移の準備をお願い。時間は私が稼ぐから」


 多重多属性魔法防壁リジェクトにより全属性魔法攻撃、物理攻撃を防御する結界を幾重にも張り、敵の攻撃を威力を上乗せし反射反撃する自動防衛マルチリフレクションの魔法陣が無数に結界を取り囲む。


「【魔法通話コール】・・・・・・ うーん、困りましたあ。連絡できないみたいです」


「だとしたら転移も無理そうだニャ・・・・・・ やるしかニャイか。【聖印マーキング】」


 サティナやカイだけではなく倒れている獣人達にタトゥーのような薔薇の印が浮かび上がる。


「この聖印マーキングって凄いですね。能力値だけじゃなくて耐性なんかも強化してくれるんですか?」


「強化に治癒、使える支援系魔法の全てを使い自動サポートする超優秀スキルニャ。だけど私の魔力が切れたら効果は消滅、反動で私は暫く魔法が使えなくなるから短期決戦でお願いしたいのが本音だニャ」


「・・・・・・」


「どうしたのニャ?」


 目を見開き亀裂を見上げたまま石化したかのように動きを止め言葉に反応を示さない。先程より遥かに動揺し怒りを滲ませたサティナの表情を見てミィの不安が倍増されていく。


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