舞踏会へ行かないで、シンデレラ

行茂妙々

第1話

あの夢を見たのは、これで9回目だった。

君を愛おしそうに見つめる男が手を差し伸べて、幸せそうに笑う君がその手を取る。

俺が、ずっと前から目指している未来の夢。


俺が生まれたのは魔法使いの一族だった。

長らく子宝に恵まれなかった両親の期待は大きく、幼い頃から厳しい教育を受けた。

本来であれば十代半ばから十数年かけて取り組む一人前になるための最終試験を受けさせようと家を追い出されたのだって、記憶が正しければ七歳になった年だ。


最終試験――不幸な女の子が幸せな一生を送れるように、魔法を駆使して支えること。

理想を押し付けてくる両親に鬱屈とした感情を抱えて捻くれていた俺は、「誰でもいいや」と近所に住んでいる同い年の女の子を選んだ。


彼女はつい最近母親が流行り病で死んだ挙句、継母や義姉と上手くいっておらず、頼りの綱である父親は病気がちで床に臥せているという身の上だった。

”不幸な女の子”の条件にピッタリ当てはまっている。「手ごろな場所に丁度いい子がいたな」なんてことを考えた。


試験をクリアするために色んなことをした。

父親が死んだときは一晩中一緒にいてやったし、意地悪な継母や義姉に虐げられていれば魔法でこっそり助けてやった。

膨大な仕事を押し付けられていたら手助けをして、誕生日のたびに祝ってやった。

全ては試験のため。打算でしかない。それなのに……


「どうしてそんなに優しくしてくれるの」


「あなたの誕生日はいつ? お祝いしたい」


「別に、辛いくないよ。あなたがいるから大丈夫」


「ずっと一緒にいて」


君が、そんなことを言うから。


君のために優しい人でありたいと思った。両親には一度も祝われたことがない誕生日を祝われるたびに心が温かくなった。

君を幸せな未来に導く魔法使いでしかないくせに、ずっと一緒にいたいと欲が出た。


最悪な気分だ。

さっさと試験をクリアして口うるさい両親を黙らせてやろうと思っていたのに、俺はおかしくなってしまった。





王子様が婚約者を決めるために国中の娘を集める舞踏会を開く日。

いつものように仕事を押し付けられて一人置いて行かれた君は、窓辺に座ってため息を吐いていた。


「舞踏会に行きたい?」


行きたくないと言って。


「……うん、行きたい。お城なんて、もう二度と行けないだろうし……」


「……そうか。俺に任せて」


顔が引きつりそうになるのをなんとか堪えて、笑顔を張り付け杖を振る。

キラキラした光が君を包んだ。


「わぁ、すごい!」


ドレスを身に纏った君に「綺麗だ」と言いそうになって、やめた。

着飾った姿を褒め称えるなんて、初めて会った王子だってできる。


君はただのワンピースを着ていたってかわいいし、寝ぐせがついていたって愛おしい。

君のそんな姿も知らない王子が歯の浮くような台詞を囁く姿が頭に浮かんで、どうしようもなく腹が立った。


俺の方が、なんて。

魔法使いが考えても仕方がないことばかりが頭の中を埋め尽くす。

そのせいで、魔法で用意した馬車に乗ろうとしている君の手を掴んでしまった。


「なに?」


「……あ、いや」


「あなたはその恰好で行くの?」


「は?」


普通の顔でそう言った君に驚いた。

一瞬冗談かとすら思ったくらいだ。

城で開かれる舞踏会は王子の婚約者探しのためだし、そうでなくてもただの魔法使いである俺が城に行くことはない。


「俺は行かない。君だけで行くんだ」


「え……」


「でも、もし何か困ったことがあったら、心の中で俺を呼んで。すぐに駆け付ける」


どうしようもない。

思わず自嘲の色が滲んだ笑みが漏れた。


本当は「行かないで」とみっともなく縋りつきたいのに、不安そうな顔をした君の前では心にもないことがすらすらと出てくる。

行かないでほしい。

行ったとしても、王子の目に留まらないでほしい。

何事もなく帰ってきて、「あまり楽しくなかった」と言ってほしい。

そんな願いを押し殺して「楽しんで」と伝えたら、なぜか君は馬車から手を離して俯いた。


ああ、行くなら早く行ってくれ。

目の前でヘラヘラと笑っている男がどれほどの我慢をしているのか知らない君は、俺のローブを掴んだ。


「……一緒に行けないなら、行かない」


俺は、魔法使いだ。

何度も夢に見たような、君が他の男に差し伸べられた手を取る幸せな未来のために存在している。

心にもない言葉を重ねて君の背中を押して、舞踏会へ送り出すのが正しい行動だ。


わかっているはずなのに、身体は勝手に動いていた。

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舞踏会へ行かないで、シンデレラ 行茂妙々 @Ikisige_Myoumyou

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