悪夢の始まり
上津英
第1話 夢の中で
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
「またあの夢……人を殺す夢……」
6畳の自室にあるすのこベッドの上で目を覚ました俺は、呆然としながら呟いた。
俺は偶に――いや、良く人を殺す夢を見る。
相手は女子中学生ばかり、みな一様に撲殺してる。厨二病時代に購入したメリケンサックなんぞ着けて、押し倒した標的の顔が歪む位ぼっこぼこに……。
「はああああ……」
俺はぐったりしながら深く深く溜息をついた。もう既に疲れてる。
この夢を見ると何時もこう。最悪な気分だ。
「これ通院の時話した方が良いのかな……? あー、でもあいつムカつくんだよな……」
人を殺す――こんな悪夢を繰り返し見ている事を、かかりつけの精神科医に話すのは抵抗があった。
淡々としてて、いつも値踏みするような目をこちらに向けて。ただ事務的に薬の量を調節していて、どうも好きになれない。
こんな事話したら、また薬の量が増えてオーバードーズ待ったなしだ。
「はああああ……死ねばいいのに……」
俺はもう一度深く深く溜息をつき、のろのろとベッドから起き上がる。
(このゴミ箱みたいな部屋、何時から掃除してないんだっけな……あのテレビも最後に点けたの何時だっけな……あのメリケンサックも何処かにあるんだろうな……)
窓の外はあんなに晴れていると言うのに、俺の頭はどんよりとしてる。この先この悪夢を何度見るのだろうか、と気が重い。
どうにもやる気の出ない体に喝を入れながら、俺は出社の支度を始めた。
まあ、良くない思い出の多いギャルを殴るのって、スッキリするけどな?
***
「遂に犯人が捕まったんですか!?」
仮眠から目を覚ました交番勤めの巡査は、同僚からの報せにガバッと体を起こした。
すぐ近くのマンションに住んでいる女子中学生――良く挨拶してくれた、幼稚園の時から知ってる子――が市内を脅かす女子中学生連続殺人事件の7番目の犠牲者になったのだ、
「ああ、近所のアパートに住むサラリーマンが犯人だったそうだ。詳しくは、ほら」
そう言って渡された報告書を食い入るように読み始めた。
曰く。
精神科に通院している犯人は、学生時代女子生徒に虐められていたそうだ。
鬱屈した青春時代を過ごした彼は、やがて女子生徒を憎むようになり――遂に女子中学生相手に凶行に及ぶようになった。それも撲殺と言う、惨い方法で。
犯人の脳はその惨さを処理出来なかった。
故に犯人の脳は自分のした事を夢と思い込み「自分は人を殺す夢を見ているだけ」と二重人格のように生きていたらしい。ある種の防衛反応だ。
しかしそんな脳が9人もの連続殺人に耐えられるわけもなく、とうとう尻尾を掴まれ逮捕に至ったという。
「良かったな、これであの子も浮かばれるよ」
「…………良くないよ」
同僚の言葉に唇を尖らせる。
犯人が捕まったのは確かに良かったが、こんなの情状酌量だなんだと正当な罰が言い渡されないに決まってる。それが遺族にとって、どんなに辛い悪夢であるか。
彼女の両親も、自分ですら、これからこんな思いを抱えながら生きていかねばならないのだ。
「…………良くないよ」
巡査はもう一度呟き、窓の外でいっそ憎らしいくらい晴れている空を睨み付け、はああああと深く深く溜息をついた。
悪夢の始まり 上津英 @kodukodu
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