彼女の愛が重すぎてつらい(ちょっと嬉しい)

 休日の昼下がり。私は真希の部屋のソファでくつろぎながら、タブレットに映るルミナのアーカイブをぼんやりと眺めていた。


(VTuberって、奥が深い……)


 気づけば、私はルミナの配信を日常的に見るようになっていた。仕事の話し方の参考にしたり、ただの雑談を楽しんだり。だけど、未だに一つの疑問があった。


(真希って、なんでこんなにルミナを推してるんだろう?)


 もちろん、トーク力がすごいのはわかる。でも、それだけでここまで入れ込むものだろうか。

 気になった私は、隣でくつろいでいる真希に声をかけた。


「ねえ、真希」

「ん?」

「具体的に、ルミナのどこが好きなの?」


 すると、真希の手がピタリと止まった。ソファに転がっていたスマホを握りしめ、まばたきを数回。


「……今、なんて?」

「だから、ルミナのどういうところがそんなに好きなの?」


 質問を繰り返した途端――。


「いや、それ、説明できると思ってる!?」


 真希が勢いよく起き上がった。


「えっ」

「そんなの、言葉にできるわけなくない!? 推しってそういうものでしょ!?」

「ええ……」


 急に沸騰したかのようなリアクションに、思わずたじろぐ。


「だってさ!? たとえば、なんで君は私のこと好きなのって聞かれても、即答できないでしょ!!」

「……それとこれとは違うでしょ」

「違わないよ! 好きなものに理由なんていらないんだよ!!」


 あ、めんどくさいオタクスイッチが入った。

 どうやら、ルミナに関しては完全に「感覚で好き」らしい。


「……とはいえ、好きなポイントくらいあるでしょ?」

「うぐ……」


 真希が唸る。


「……トークが上手い、声が可愛い、頭が良い、コメントの拾い方が神……」

「うんうん」

「リスナーの扱いが絶妙、どんなネタも料理できる、ファンサが手厚い……」

「なるほど」

「あと、安心する」


 ん?

 ……安心する?


 真希は、珍しく少し照れたように視線をそらした。


「ルミナの声、なんか落ち着くんだよね。聞いてると気持ちが安定するっていうか……」

「へえ」

「……っていうか、君の声に似てるし」

「…………え?」


 私は一瞬、理解が追いつかなかった。


「今、なんて?」

「いや、だから、君とルミナ、声の系統がちょっと似てるんだよ」


 唐突な爆弾発言。


「いやいやいや、待って待って。私とルミナ!?」

「うん。なんか似てるなーって前から思ってた」

「いや、そんな……」


 私は混乱したまま、真希の顔をじっと見る。


「……それで?」

「それでって?」

「つまり、真希は、私とルミナの声が似てるから推してるの?」


 この質問に、真希が「うっ」と言葉を詰まらせた。


「……いや、それは違う」

「本当に?」

「違うったら違う!! 推しと恋人は別物!!」


 食い気味に否定された。


「じゃあさ、付き合い始めの頃、真希ってどんな感じだった?」

「……え?」

「ほら、今みたいにルミナを推してた?」

「……えーっと……」


 なぜか、真希の視線が泳いだ。


(怪しい。めちゃくちゃ怪しい)


「本当のこと、言ってくれてもいいんだよ?」

「え、な、なんのこと?」

「ほら、真希ってさ、私にベタベタしないじゃん?」

「うん」

「でもさ、付き合いたての頃はそうじゃなかったよね?」


 私がじっと見つめると、真希はバツが悪そうに口をへの字に曲げた。



「最初の頃は……めっちゃベタベタしてた。でも、それが重いんじゃないかって、不安になって……」


 真希が自分からぽつりと打ち明け始める。


「で、気を紛らわせるために……ルミナちゃんの配信を見始めた」


 真希は、少し視線を落としながらそう言った。


「え、それってつまり……?」


 思わず聞き返すと、真希は枕を抱え、しばし沈黙した。

 じっと待っていると、真希はもぞもぞと枕の端をいじりながら、ぽつりと続けた。


「……君に依存しすぎるのが怖くて、ルミナちゃんを推してた」

「……は?」


 一瞬、思考が止まった。


「ちょ、ちょっと待って、それどういうこと?」

「いや、そのまんまだよ……」


 真希はバツが悪そうに顔を背ける。


「だってさ、君と付き合うって決まったとき、めちゃくちゃ嬉しくて!!」

「う、うん」

「毎日連絡したいし、会いたいし、ずっと一緒にいたくて!! でも、それって相手にとって重いんじゃないかって考えたら、急に怖くなって……!!」


 早口でまくしたてた後、真希は大きく息を吐いた。


「それで、どうにか気を紛らわせようと思った結果、ルミナちゃんを推し始めた……ってわけ」

「…………」


 いやいやいや。


「え、そんな理由でルミナ推しになったの?」

「うん」

「つまり、ルミナは精神安定剤だったってこと?」

「うん……」


 私は頭を抱えた。


「オタクってすごいな……」

「なんでそういう感想になるの!?」


 真希が抗議するけど、いやいや、これ以外にどうリアクションすればいいの?


「いや、普通そういうときって、友達と遊ぶとか、そっちの方向に行かない?」

「うるさいな!! 私はそうなったの!!」

「ええ……」


 どうやら、真希にとっての「依存しすぎないための趣味=VTuber推し活」だったらしい。


「でも、今はもう大丈夫だよ」

「なにが?」

「ルミナちゃんを君の代わりにはしてないから」


 さらっとそう言いながら、真希は私の手をそっと握る。


「今はもう、君がいるだけで安定してる」


 ――待って、なんか急に本気モードになったんだけど!?


「え、ちょっ、急にそういうのやめて!?」

「いいじゃん、たまには」

「いや、たまにじゃなくて!!」


 私は慌てて真希の手を振り払おうとするが、しっかり握られていて離れない。


「ほらほら、推しよりも大事なものがここにあるんだから」

「やめろ、そういう言い方やめろ!!」

「なんか、付き合いたての頃の気持ち、思い出してきた」

「いや、私は思い出さなくていいです!!」


 なぜかちょっと甘ったるい空気になりかけたところで、私は力いっぱいソファにダイブした。


「もういい!! ルミナを推す理由が思ったよりヘビーすぎたから、今日はこの話は終わり!!」

「え~」

「え~、じゃない!!」


 私は枕を抱えて全力で転がる。

 でも、ふと気づいてしまった。


(……こういうところ、可愛いんだよな、真希)


 結局、私は真希のそういうところが好きなのかもしれない。


「ま、そういうわけで」


 真希が私の背中を軽くつつく。


「結論、私のルミナ愛は、元はと言えば君のせいでしたってことで」

「認めた!?」

「うん」


 開き直った真希に、私はただただ頭を抱えるしかなかった。

(彼女の愛が、思ったよりも重すぎる……!!)

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