彼女の推しのトークが上手すぎてつらい

 会社にて、沈黙の会議室。

 視線が、一斉にこちらに集まっている。


(……やばい)


 さっきまでの議題を頭の中で整理しようとするが、考えがまとまる前に、言葉が詰まる。


「……その、えっと……」


 自分の声が、異様に小さく聞こえる。

 次の言葉が出てこない。


「えっと……その……」

「うん?」


 上司の視線が鋭くなる。

 脳内で、ぐるぐると言葉が回る。


(えっと、資料に書いてある内容を、簡潔に言うと……いや、それを言うと……違うか?でも、こう言うと話が飛ぶし……)


 考えているうちに、どんどん時間が経っていく。

 沈黙が重くなり、周囲が微妙な空気になる。


(やばいやばいやばい!!)


「……す、すみません、もう一回整理してから言います……」


 そう言って、私は顔を伏せた。


(最悪だ……)



 仕事が終わり、私は真希の部屋に転がり込んだ。

 スマホを見ながら、ソファに沈む。


「……喋るの、うまくなりたい」

「また急にどうしたの?」


 冷凍庫からアイスを取ってきた真希が、袋を開けながら私を見下ろす。


「今日の会議で、うまく話せなくて……言いたいことが頭の中でまとまらなくて、言葉が出てこなかった……」

「ふーん。まあ、そういうこともあるよね」

「真希は絶対ないでしょ」

「うん、ないね」


 即答だった。


「でも、喋るのがうまくなりたいなら、ちょうどいいものがあるよ」

「……?」

「ルミナの雑談配信、始まるよ」



「みんな元気ー? 今日はね、最近あった話を適当にするよー!」


 画面の中で、ルミナがにこやかに手を振る。

 コメント欄が一気に流れる。


『待ってました!』

『雑談配信が一番好き!』

『ルミナ、今日も可愛い!』


(……なんでこんなに盛り上がるんだ……?)


 そう思っていたのも束の間、ルミナの話が始まった。


「みんなさ、初めて行ったカフェのメニュー、どこを見ればいいかわからなくなることない?」


 コメント欄が一気に反応する。


『あるある!』

『メニュー表が複雑すぎる』

『結局、一番大きく書いてあるやつを頼む』


「でしょ!? 私もこの前、初めてのカフェに行ったんだけど、メニューのどこを見ればいいかわからなかったのよ!」


「フードのページには『セットにできます!』って書いてあるし、ドリンクのページにも『お好きなセットをどうぞ!』って書いてあって、じゃあ、どれとどれを組み合わせたらいいの!? ってなった」


「結局、優柔不断すぎて店員さんに『どれが人気ですか?』って聞いたら、一番高いセットを勧められたんだけど……あれ、もしかして営業戦略に引っかかった!?」


 コメント欄が笑いであふれる。


『わかるww』

『おすすめ=高いやつ説ある』

『結局、一番最初に見たやつを頼みがち』


(……すごい)


 ルミナの話し方は、「あるある」から入って共感を生み、それを自分の体験につなげる形になっていた。


「……なんでこんなに話がうまいの?」

「ルミナはね、雑談の型をたくさん持ってて、話をどう転がしたいかで使い分けてるんだよ」

「型?」


「そう。たとえばさ、今の話は“共感を生むパターン”。最初に『みんなこういうことあるよね?』って問いかけて、リスナーが『あるある!』って乗ってきたところで、自分の体験談に持っていく。これで親近感を持たせられるわけ」

「へえ……」


「他にも、たとえば“結論パターン”なら、『今日、カフェで店員にしてやられました』って最初に結論を言っちゃう。そしたら、リスナーは『えっ、どういうこと?』ってなるでしょ? そこから話を展開して、最後に『結局、店員さんに「おすすめ」って言われたやつを頼んだ』ってオチをつける」

「……それも聞きやすいね」


「でしょ? それ以外にも、“伏線回収型”っていうのもある。最初に『今日は一日、カフェの呪いにかかっていました』みたいな、謎っぽい導入をするの。で、何の話かよく分からないまま進めて、最後に『結局、カフェで頼んだセットが全部予想外の組み合わせになってた』ってオチにすると、『あー、それが呪いか!』ってスッキリするわけ」

「そんなパターンもあるんだ……」


「うん。でも正直、私も全部は把握できてない。ルミナの雑談って、気づいたら『あ、これ違う型だ!』ってなることがあるから」

「奥が深い……」


 話が流れるように進むし、自然にオチまでたどり着く。

 ……これ、私が会社の会議でやりたかったことでは……!?



 それからの一週間、私はルミナの配信を見て、ひたすら「話し方の型」を研究した。


 特に意識したのは、真希が言っていた「結論パターン」。

 最初に何が起こったのかを簡潔に伝えて、そこから詳しく説明する。


 この型なら、ダラダラ話してしまうこともなく、相手に分かりやすく伝わるはず。


(次の会議こそは……うまくやる……!)



 先週と同様、会議の席に座る私は、緊張で手汗をかいていた。


 でも、大丈夫。

 一週間、ルミナの雑談を見ながら練習したんだから。


(まず、最初に結論……!)


 そして、私の順番が回ってきた。


「今回の分析で分かったのは、売上の低下は新規顧客の減少が主な要因だということです」

 最初に、ズバッと結論を言う。


 すると、周囲の視線がこちらに向いた。

 みんなが興味を持ってくれているのが分かる。


(よし、次に説明……!)


「先月と比べて、リピーターの購入率は変わっていません。でも、新規顧客の獲得数が大きく減っています。つまり、売上の落ち込みは『今まで来ていたお客さんが離れた』のではなく、『新しいお客さんが来ていない』ことが原因です」


 部長が満足そうにうなずく。


 私は心の中でガッツポーズを決めた。


(やった……!ちゃんと伝わった!)



 仕事終わり、私は真希の部屋に直行した。


「今日の会議、うまくいった……!」

「おっ、やったじゃん。ちゃんと喋れた?」


「うん、最初に結論を言って、そこから説明するやつ。ルミナの雑談でやってたやつを真似したら、分かりやすいって言われた」

「ほーん。ルミナ式、普通にビジネスでも通用するね」


 私はソファに座り込み、スマホを取り出した。


「これからも、ルミナの配信見ながら勉強する」

「お、じゃあ今日も一緒に見る?」

「うん!」


 私はワクワクしながら配信を開く。

 画面の中では、ルミナが笑顔で雑談を始めていた。


「今日のテーマはね……『結局、カフェで何頼むか迷う話』」


(またカフェの話してる……!)


 真希が吹き出す。


「一生メニューに迷ってるタイプだな」

「それでも面白いのすごいよね」


 私はしみじみとスマホを見つめた。

 人を惹きつける話し方って、奥が深いんだな。

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