彼女の推しのトークが上手すぎてつらい
会社にて、沈黙の会議室。
視線が、一斉にこちらに集まっている。
(……やばい)
さっきまでの議題を頭の中で整理しようとするが、考えがまとまる前に、言葉が詰まる。
「……その、えっと……」
自分の声が、異様に小さく聞こえる。
次の言葉が出てこない。
「えっと……その……」
「うん?」
上司の視線が鋭くなる。
脳内で、ぐるぐると言葉が回る。
(えっと、資料に書いてある内容を、簡潔に言うと……いや、それを言うと……違うか?でも、こう言うと話が飛ぶし……)
考えているうちに、どんどん時間が経っていく。
沈黙が重くなり、周囲が微妙な空気になる。
(やばいやばいやばい!!)
「……す、すみません、もう一回整理してから言います……」
そう言って、私は顔を伏せた。
(最悪だ……)
◇
仕事が終わり、私は真希の部屋に転がり込んだ。
スマホを見ながら、ソファに沈む。
「……喋るの、うまくなりたい」
「また急にどうしたの?」
冷凍庫からアイスを取ってきた真希が、袋を開けながら私を見下ろす。
「今日の会議で、うまく話せなくて……言いたいことが頭の中でまとまらなくて、言葉が出てこなかった……」
「ふーん。まあ、そういうこともあるよね」
「真希は絶対ないでしょ」
「うん、ないね」
即答だった。
「でも、喋るのがうまくなりたいなら、ちょうどいいものがあるよ」
「……?」
「ルミナの雑談配信、始まるよ」
◇
「みんな元気ー? 今日はね、最近あった話を適当にするよー!」
画面の中で、ルミナがにこやかに手を振る。
コメント欄が一気に流れる。
『待ってました!』
『雑談配信が一番好き!』
『ルミナ、今日も可愛い!』
(……なんでこんなに盛り上がるんだ……?)
そう思っていたのも束の間、ルミナの話が始まった。
「みんなさ、初めて行ったカフェのメニュー、どこを見ればいいかわからなくなることない?」
コメント欄が一気に反応する。
『あるある!』
『メニュー表が複雑すぎる』
『結局、一番大きく書いてあるやつを頼む』
「でしょ!? 私もこの前、初めてのカフェに行ったんだけど、メニューのどこを見ればいいかわからなかったのよ!」
「フードのページには『セットにできます!』って書いてあるし、ドリンクのページにも『お好きなセットをどうぞ!』って書いてあって、じゃあ、どれとどれを組み合わせたらいいの!? ってなった」
「結局、優柔不断すぎて店員さんに『どれが人気ですか?』って聞いたら、一番高いセットを勧められたんだけど……あれ、もしかして営業戦略に引っかかった!?」
コメント欄が笑いであふれる。
『わかるww』
『おすすめ=高いやつ説ある』
『結局、一番最初に見たやつを頼みがち』
(……すごい)
ルミナの話し方は、「あるある」から入って共感を生み、それを自分の体験につなげる形になっていた。
「……なんでこんなに話がうまいの?」
「ルミナはね、雑談の型をたくさん持ってて、話をどう転がしたいかで使い分けてるんだよ」
「型?」
「そう。たとえばさ、今の話は“共感を生むパターン”。最初に『みんなこういうことあるよね?』って問いかけて、リスナーが『あるある!』って乗ってきたところで、自分の体験談に持っていく。これで親近感を持たせられるわけ」
「へえ……」
「他にも、たとえば“結論パターン”なら、『今日、カフェで店員にしてやられました』って最初に結論を言っちゃう。そしたら、リスナーは『えっ、どういうこと?』ってなるでしょ? そこから話を展開して、最後に『結局、店員さんに「おすすめ」って言われたやつを頼んだ』ってオチをつける」
「……それも聞きやすいね」
「でしょ? それ以外にも、“伏線回収型”っていうのもある。最初に『今日は一日、カフェの呪いにかかっていました』みたいな、謎っぽい導入をするの。で、何の話かよく分からないまま進めて、最後に『結局、カフェで頼んだセットが全部予想外の組み合わせになってた』ってオチにすると、『あー、それが呪いか!』ってスッキリするわけ」
「そんなパターンもあるんだ……」
「うん。でも正直、私も全部は把握できてない。ルミナの雑談って、気づいたら『あ、これ違う型だ!』ってなることがあるから」
「奥が深い……」
話が流れるように進むし、自然にオチまでたどり着く。
……これ、私が会社の会議でやりたかったことでは……!?
◇
それからの一週間、私はルミナの配信を見て、ひたすら「話し方の型」を研究した。
特に意識したのは、真希が言っていた「結論パターン」。
最初に何が起こったのかを簡潔に伝えて、そこから詳しく説明する。
この型なら、ダラダラ話してしまうこともなく、相手に分かりやすく伝わるはず。
(次の会議こそは……うまくやる……!)
◇
先週と同様、会議の席に座る私は、緊張で手汗をかいていた。
でも、大丈夫。
一週間、ルミナの雑談を見ながら練習したんだから。
(まず、最初に結論……!)
そして、私の順番が回ってきた。
「今回の分析で分かったのは、売上の低下は新規顧客の減少が主な要因だということです」
最初に、ズバッと結論を言う。
すると、周囲の視線がこちらに向いた。
みんなが興味を持ってくれているのが分かる。
(よし、次に説明……!)
「先月と比べて、リピーターの購入率は変わっていません。でも、新規顧客の獲得数が大きく減っています。つまり、売上の落ち込みは『今まで来ていたお客さんが離れた』のではなく、『新しいお客さんが来ていない』ことが原因です」
部長が満足そうにうなずく。
私は心の中でガッツポーズを決めた。
(やった……!ちゃんと伝わった!)
◇
仕事終わり、私は真希の部屋に直行した。
「今日の会議、うまくいった……!」
「おっ、やったじゃん。ちゃんと喋れた?」
「うん、最初に結論を言って、そこから説明するやつ。ルミナの雑談でやってたやつを真似したら、分かりやすいって言われた」
「ほーん。ルミナ式、普通にビジネスでも通用するね」
私はソファに座り込み、スマホを取り出した。
「これからも、ルミナの配信見ながら勉強する」
「お、じゃあ今日も一緒に見る?」
「うん!」
私はワクワクしながら配信を開く。
画面の中では、ルミナが笑顔で雑談を始めていた。
「今日のテーマはね……『結局、カフェで何頼むか迷う話』」
(またカフェの話してる……!)
真希が吹き出す。
「一生メニューに迷ってるタイプだな」
「それでも面白いのすごいよね」
私はしみじみとスマホを見つめた。
人を惹きつける話し方って、奥が深いんだな。
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