第二章 第二話
大学の図書館の一角で、奏太はパソコンの画面に向かっていた。水上のことがどうしても気になって、検索してみることにしたのだ。
「水上響……ピアノ……コンクール」
検索結果が表示されると、奏太は息を呑んだ。画面に若い水上の姿が映し出されたのだ。記事のタイトルには《天才少年ピアニスト、水上響 全国ジュニアコンクールで優勝》とあった。日付は五年前。水上が十五歳の時の記事だった。
奏太は更に検索を進めると、次々と水上についての記事や動画が見つかった。十代前半から数々のコンクールで優勝し、「次世代を担う天才ピアニスト」と称されていた水上の姿。国内だけでなく、海外のコンクールでも入賞していたらしい。
特に目を引いたのは、水上が十七歳の時の演奏動画だった。ショパンのピアノ協奏曲第一番を、オーケストラとともに弾いている。その演奏は、技術的な完璧さはもちろん、豊かな感情表現に満ち溢れていた。今の水上からは想像できないほどの情熱が、その演奏には込められていた。
「これが、水上先輩……?」
奏太は画面に見入った。そこに映る水上は、今とは明らかに違っていた。演奏に没入し、表情は生き生きと輝いていた。指先から紡ぎ出される音楽は、聴く者の心を揺さぶるものだった。
スポットライトを浴びて演奏する水上の姿は、まさに天才の輝きを放っていた。伸びやかな表現、情熱的な音色、そして何より自信に満ちた佇まい。練習室で見る彼の姿とは、まるで別人のようだった。
しかし、十八歳以降の記録は、ぴたりと途絶えていた。国際コンクールへの出場が予定されていたにもかかわらず、突然の辞退が報じられた記事が最後だった。理由は「健康上の理由」とだけ記されていた。
奏太は画面から目を離し、考え込んだ。何があったのだろう? あの日、練習室で聴いたショパンの演奏は、この動画の水上の演奏と同じ輝きを持っていた。だが、アンサンブル授業での水上は、まるで別人のように機械的で感情を閉ざしている。
「何があったんだろう……」
奏太はその謎に、どうしようもなく惹きつけられていた。
図書館を出た奏太は、大学の帰り道にある小さな公園に立ち寄った。夕暮れが近づき、空は淡いオレンジ色に染まり始めていた。ベンチに座り、水上のことを考えながら空を見上げる。
かつて天才と呼ばれた少年が、なぜあんなに機械的な演奏をするようになったのか。何が彼から情熱を奪ったのか。それを知りたいという思いが、奏太の胸の内で大きくなっていた。
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