第99話「鋼メンタルで忘れ物を思い出し抜く」
「うおおおおおおおおおおおン! ユウジィィィィ! 忘れられたかと思ったよおおおお!」
僕たちが宮殿に戻ってくるや否や、記憶の底に封じ込められていた存在が涙と鼻水を全開で垂れ流しながらすっ飛んできた。
ぴょーんと胸元に飛び付いてこようとするデアボリカを、肩を強く掴んでぎりぎりと押しとどめる。
「寄るな、ばっちい」
「ばっちい!? 感動の再開を果たしたこのインテリ美女に掛ける言葉かそれが!?」
顔面涙と鼻水でボドボドになった今のデアボリカは美女でもなければ知性の欠片も感じられない残念な生き物なので、至極妥当な感想だと思う。
こいつもなあ……シャキッとしてれば巨乳眼鏡美人なのに、どうしてこんな水たまりで遊んだあと泥だらけで飼い主の胸元にタックルしてくるアホ犬みたいなきったねえ絵面しかしねえんだろうなあ。
そんな駄犬の元に、アミィさんが歩み寄ってくる。
「無事だったか、デアボリカ」
「アミィ姉様! 私を置いて一体どこに行かれていたんですか! 目が覚めたら誰もいないし、探しに行こうとしたら武装したドラゴンたちによってたかって槍を突き付けられるし! とても心細かったんですよ!」
「そうか。すまなかったな、苦労をかけた。どういうわけかお前を連れて行くのを忘れてしまっていてな」
「まったくです! この可愛い妹の私を忘れるだなんて! 後で誠意を見せてもらいますからね、誠意を! あ、この場合の誠意とはお金になるもののことですよ! 何か商売になるコネでもいいですけど、アミィ姉様にはそういうの期待してないので!」
指で輪っかを作りながら、デアボリカはウッシッシと笑う。
キャ……キャラが濃いなあ、こいつ……。
なんでこんな奴のことをしばらく忘れられていたんだろうか。
「おかしいな……お前の顔を見るとなんだかすごく気が滅入って来た。ほんの数分前まで20年来背負ってきた荷物を捨てたような晴れやかな気分で戦っていたのに」
奇遇だね、僕もまったく同じ気分だよ。
外でジェネリックデボ子ドラゴンが大量発生していたから、世界があまりのうるささに本家のこいつをしばらくミュートしてたんじゃねえの?という疑惑すら浮かび上がってくる。いや、そんなわけはないのだが。
「ちっ、このまま置いて帰った方がよかったのにな」
「だめだよウルスナ、こんなのを置いていったらドラゴンと人間が和解できなくなっちゃう。山に持ち込んだゴミはちゃんと持ち帰らないと」
「貴様ら聞こえているぞ! 偉大な人間を正しく評価できないとは、まったくこれだから下賤な平民は困るんだ!」
さっきまで無様に泣き喚いていたのはどこへやら、デアボリカはキリッとしたインテリ風の眼差しで眼鏡を光らせている。立ち直りが早い。
アイリーンはともかく、ウルスナは上級貴族の出なんだけどな。まあ教えてやる必要もないが。手から火が出るくらい高速で手もみしながら「ぜひ私めをご実家にご挨拶させてください~」とか卑しい笑顔を浮かべるのはわかりきってるし、下手したらウルスナの実家に密告して報奨金をもらおうなんて考えかねないからね。まるで信用できない。
まあこんな奴のことはどうでもいい。
とりあえずドラゴンの里にはようやく平和が訪れたようだ。
先ほど雨も降ってないのに突然空を割って降り注いだ白い雷に、すわ天変地異かと身構えたんだけども、実はそれがクーデターの主犯を誅した族長の必殺技だったらしい。
いや、ドラゴンってブレス吐くだけならまだしも、雷まで自在に落とせるの? もう神の領域じゃん、それ……。
ともあれ族長直々にクーデターの主犯をぶちのめしたことで、クーデターは一瞬で鎮圧された。力の差を思い知ったドラゴンたちが軒並みお腹を見せて転がってたのはとんでもなくシュールな光景だったよ。
大臣はこれから里を追放され、はぐれドラゴンとなることを余儀なくされるとか。
え? 殺さないの? 随分甘いな。いつ寝首を掻かれるかわからないし、地球でも反乱の首謀者なんて一族郎党根切りにして禍根を断つのが当たり前だよね。。
だけどここで反乱者を殺すのはドラゴン的には弱い行動にあたるらしい。敗者がいつリベンジに来てもそのたびにひねり潰すのが本当に強いドラゴンで、理想的なリーダー像なんだってさ。
いや、つくづく現代日本人とは価値観が異なる文化に生きてるね、ドラゴンって……。
もっとも、追放する際にはとりあえずふんじばって火口に突き落とすらしいんだけど。
本当に族長の座にとって代わる価値がある強いドラゴンならそれくらいは当然生き延びられるはず、これで死ぬようならそれは顧みる価値のない弱者なんだってさ。
うん、それは普通に処刑だよね?
ドラゴンと人間が完全に相互理解できる日は遠そうだな。
まあよしんば生き延びたところで、あのプライドが高そうなドラゴンにとって地位も配下もすべて失って放浪生活することは死ぬより辛いだろうけども。
反乱軍に与したメスドラゴンたちは、しばらく反省房に入れられた後で出所となるそうだ。こっちはそれ以外御咎めなし。それでいいのか?と思うくらい甘い処置だけど、そもそも総人口2000人しかいないのに反乱者全員私刑なんてしたら、それこそ絶滅するわな。
というか、多分この里の住民って裏切りや下剋上が慣れっこなんだと思う。みんな力がある奴に簡単に靡くから、寝返りを誰も気にしない。
ジェネリックデボ子ばかりの世界だとこういう価値観になるんだね。地獄かよ。
とりあえず今後はショタコンは犯罪ということだけは胸に刻んでほしい。代わりにイケメンチンポよりどりみどり食べ放題きのこフェスタ連日開催なんだ、ショタは諦めてもらうぞ。
とにもかくにも、本当に疲れた。
僕がしたことはドラゴンたちへのプレゼンくらいだけど、気疲れがすごい。
派手に魔術を使ったお嫁さんたちなんかはヘトヘトで、客間に戻るなりベッドに倒れ込んで寝息を立て始めてしまった。
僕も寝るか……。
ベッドに潜り込むと、暖かな毛布が敷かれていた。この里では羊や山羊を飼っているらしいから、その毛を使っているのかな。羊飼いをするドラゴンってすごくシュールだ。
それでも10月も終わりの高原の夜はかなり冷え込む。寝床に僕の体温が伝わって温まるまではしばらく震えることになりそうだ。
そう思っていると、何やらとてもあったかいものが僕の寝床に入り込んできた。
「ペロ?」
僕は地球にいた頃、夜になると決まって寝床に入り込んできた愛犬の名を呼んだ。
だけどそんなはずはない。彼は僕が高校生に上がってすぐ老衰で死んでしまった。
じゃあ……アイリーンかな。エッチ禁止でも一緒に抱き合って寝るくらいはいいでしょと主張して、あの子はしょっちゅう僕のベッドに入り込んでくる。もちろんエッチなことはしないんだけど、若い女の子と抱き合って寝たらそりゃもう股間バッキバキで寝苦しくてたまらんですよ。抜け駆けだってウルスナが拗ねるから、最近は自重してるようだけど。
今日はアミィさんやデアボリカも同じ部屋にいるのになー、困るなー。でもアイリーンが寂しいなら仕方ないかデヘヘ。
なんて思いながら腕の中に入り込んできたのを見ると、ドラコだった。
……どうしてだよ。
たとえどれだけ可愛い顔してようと、僕は男と抱き合って寝るつもりなんてないぞ。
トイレに行った後で寝ぼけて部屋間違えたのか? とっととこいつを叩き起こして自分の部屋に追い返そうと
「ぐすっ……」
閉じた瞳の端に涙を浮かべたドラコが、わずかに鼻を鳴らした。
……はあ。
まあ、こいつもショックだっただろう。文字通り赤ん坊の頃から世話してくれたお姉さんたちにレイプされかけたわけだし。
そのお姉さんたちも軒並み反省房に入れられているから、今は広い離宮に一人ぼっちか。
寂しいよなあ、そりゃ。
しゃーない、今日くらいは大目に見よう。離宮まで一人で歩かせるのもなんだしな。
それにしても運がないやっちゃ。どうせならウルスナとかアミィさんとかおっぱい大きなお姉さんのベッドに潜り込めばいいものを、よりにもよって僕のベッドを引くとか大外れもいいとこだぞ。まあそれはそれで僕が嫉妬するけど。
お? こいつ、すっごい温かいな。
子供は体温が高いとかいうけど、そういうのとは別次元の温かさだ。触れているところからぽかぽかと温まってくる。
もしやこいつ、自分の周囲の気温を暖めるバリアーをはる魔法とか常時展開してる? こりゃいいや、生きる湯たんぽだぞ。
もうちょい強く抱きしめたら僕の周囲にもバリアー出ないかな。……おっ、いけそう!
暖かくなって眠くなってきたぞ……ぐう。
≪説明しよう!
我々の価値観では、信じてきた側近たちに裏切られ、唯一信じられる聖女のベッドに潜り込んで静かに泣く王女と、そんな幼い王女を大切に抱きしめて眠りにつく聖女の母性愛溢れる構図にあたる!≫
翌朝、僕の胸板に顔を埋めて固く抱きしめ合っているドラコがお嫁さんたちによって発見され、大騒ぎになった。
「えー!? どうしてドラコがそこにいるの!? そこはあたしの指定席なのにー!」
「ユージーン。俺たちは妊娠してるけど、まだ腹も膨れてねえし全然相手できるんだが? なんでそこで男なんだよ、なあ? ……いや、何があったかわかるけどさ」
「ふうむ、豊満な胸筋を持つ聖者に抱きついて甘える王子か。なかなか絵になるな……」
君たちは一体何を言ってるんだ。
三者三様の感想を口にする僕のお嫁さんを横目に見ながら、ドラコはふわぁと欠伸ひとつして大きく伸びをした。
そしてなんかロリ少女のようなちょっと艶っぽい目つきを3人を送る。
「ふふ……お前たちの夫の体温、ゆうべはボクだけのものだったよ」
「むきーーー!!」
お前も一体何を言っているんだ。
アイリーンはがばっとドラコに抱き着くと、すんすんと髪や顔に鼻を押し付け始めた。
「ドラコからユージィの匂いがする! 許せない、全部吸い取ってやる!」
「ちょっ、やめてよお姉ちゃん! それはボクのだぞ!」
そのままきゃーきゃーと揉み合う2人。
おいおい、何をやってるんだ。ドラコといえども僕のアイリーンに抱き着かれて匂いを嗅がれるとか許せないんだが? というか体臭が嗅ぎたいなら大本がここにいるんだが?
さりげなく胸元をはだけてため息を吐くと、ウルスナとアミィさんが僕を見てごくりと喉を鳴らした。ウルスナはじゅるりと舌なめずりしてるし、アミィさんなんか腰に手を置いてもじもじしてる。
……え、今の仕草がツボだったの?
「ケッ、淫乱男が」
デアボリカが自分の髪を梳かしながら、ジト目を送って来た。
これ、淫乱って呼ばれるような仕草なの?
わからない。僕にはこの世界の女の子のことがわからない……。
≪説明しよう!
もう100話近くもついてきた読者にはわざわざ説明するまでもないことだが、これは朝っぱらから自分を取り合って揉み合うショタっ子とロリっ子を見つめながら巨乳をはだけ、小指の先を噛みながら悩まし気なため息を吐くセクシーな金髪若妻にあたる!
爽やかな朝にはふさわしからぬ、存在そのものが途方もなく猥褻な妖女であった!≫
まあともかくドラコのさっきのジョークは、教育者の端くれとしてちょっといただけないかな。一応注意しておくか。
「なあドラコ、そういう冗談は大人になってから口にするもんだぞ。いや、大人でもあんまり口にしちゃいけない系のネタだが。そういうのはお嫁さんになるドラゴンにだけ言うんだ」
するとドラコは何か苦いものでも口にしたかのように唇を歪め、へっと鼻で笑った。
「ドラゴンがお嫁さん? あんな穢らわしい奴らと誰が結婚するもんか」
……あれ?
なんか言ってることが180度変わってません?
「ドライグのメスなんて裏切り者ばかりで始終盛ってる淫乱ばかりだよ。とても同じ種族とは思えない低俗な生き物どもだ、あんなのと子作りするなんて考えただけで寒気がする。ましてや結婚して四六時中生活を共にするなんてまっぴらだね」
困ったな……その通りだぞ。
いや、そうではなくて。
「いや……ドラコさん? でもあなた次期族長だし、子作りするのが務めなんですよね?」
「ボクじゃなくても勃起する大人がいっぱい増えたじゃないか。そう、先生のおかげでボクは自由になったんだ! 別に族長なんて先代の実子である必要もないし! ボクはもう一生子作りなんてしなくてもいいんだ! やったー!」
わーいと諸手を挙げ、キラキラとした瞳を浮かべるドラコ。
もしかして……昨日のことがトラウマになってしまったのか……?
いや、信じていた侍女から集団レイプされそうになったらそうなってもおかしくはないが。
まずいぞ。これは大変にまずい。
ドラゴンの王子様が同族との子作りを拒否とか、世継ぎ的に大問題でしょ。
「いやいやいや……それはまずいだろ。なんとかそこは我慢して……」
なんとかとりなそうとする僕の言葉に、ドラコはプイっと顔を背ける。
「やだよ! 先生の言葉でもそれはきけない! ボクは絶対メスドラゴンとなんて結婚しない! それならまだ気心の知れた人間と結婚した方がましだね!」
「気心の知れた人間といってもなあ」
アイリーン、ウルスナ、アミィさんは言わずもがな僕のお嫁さんだし、たとえドラコにだって絶対に指一本触れさせたくない。
そうなるとサウザンドリーブズにいるドラコの遊び友達の女の子たちか?
もしくは……。
「いやあ……参ったなあ。まさか私が求婚されるとは」
キラリと眼鏡を知的に光らせながら、アホが爽やかな笑みを浮かべた。
「ですが私も女です、ドラゴンの王子様の求婚とあらば喜んで承りましょう。私の知性と高潔な心は、ドラゴンの末席という名誉ある立場に連なるにふさわしいものと自負していますとも! あっ、持参金はスパイス3年分で手を打ちます」
「…………」
ドラコはしばらく無言で無駄乳のアホの顔を見つめていたが、やがて親指を力いっぱい下に向けてぺっと唾を吐いた。
「やだああああああ!!!! こんな精神がメスドラゴンの女、絶対いらない!!」
「おっ、よかったなデボ子。ドラゴンの末席どころか、王子様じきじきにドラゴンの魂を持つ女って称号まで授かったぞ。大変な名誉だな?」
「うるせーバーカ! デボ子って言うな!! ギイイイイこのクソガキャアアアアアア!!」
……ま、この問題はゆっくり解決しよう。
PTSD問題なんてそうそう簡単に解決するもんでもない。
ドラコもまだ10歳、これから人生は長いんだ。
そのうち絶対結婚したくて仕方ないような素敵な子が現れることもあるだろう。
僕は肩を竦めると、みんなの朝食を作るために厨房へと向かうのだった。
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