第79話「鋼メンタルで婚約発表の渦中に投げ込まれ抜く」
「それは手紙を書いていたのが、私だったからですよ」
その声に振り返ると、そこにはウェズ君が息を切らせて立っていた。
よほど全力で走って来たのか、青い顔をしながら廊下の壁にもたれかかっている。
「ウェズ君?」
「はぁ、やっと追いついた……運動不足なのですから、あまり走らせないでくださいよ」
ハンカチで額の汗を拭いながら、ウェズ君はキラリと眼鏡を光らせる。
「ギルマス、あんたどうしてここに?」
「どうしてもこうしても……ギルドの中でデアボリカの屋敷に討ち入りに行く、なんて騒いで人を集めていれば、気づくに決まっているでしょう。制止しても誰も聞きやしない。仕方なく、こうして大急ぎで走って追いかけてきたのですよ」
カルラの言葉にウェズ君はやれやれとばかりにため息を吐き、ヨレたベストを羽織り直した。
いや、それよりも……。
「ウェズ君が手紙を書いていたっていうのは?」
「言葉の通り、ユウジ君の名前でアミィに恋文を書いていたのは私の仕業です」
「ウェズが?」
アミィさんも思ってもみないことだったのか、ウェズ君の言葉に眉を跳ね上げている。
この2人、そういえばイトコ同士なんだね。歳も近いし、結構気安い関係なんだろうか。
「そうです。デアボリカから手紙の代筆を命令されましてね」
「…………」
僕たちは気を失っているデアボリカへと、一斉に視線を集中させた。
こ……こいつ信じられねえ!
よりにもよって悪事の一番人に任せちゃいけない部分を他人に丸投げしてやがる! しかも自分と
「どうしてもユウジ君の真似ができない、あんな頭のおかしい奴の思考回路なんかわかってたまるかなんて言って泣きついてきたんですよ」
「お、おう」
じゃあ仕方あらへんか……。なんせ自分でも時々後から振り返って、こいつ頭おかしいんじゃないの?って思うくらいだからな。
「そこで私がユウジ君がアミィに好意を抱いていたら、どんなことを口にするかを想像しながら手紙を書いたわけです。何しろ、私は毎日ユウジ君から冒険譚を聞かせてもらっていましたからね。その日に起きたことをそのまま書いているから、齟齬も起きなかったというわけですよ」
「なるほど……」
確かに、ウェズ君には冒険中に起きたことを逐一報告していたからね。
僕も日々嘘は吐かないように生きてるし、僕の言動と手紙の内容が一致して当然だ。
「でも、どうしてギルマスはアミィさんに気に入られるようなことを書いたの? デアボリカの計画では、徐々に嫌われるように仕向ける手筈だったんじゃないの?」
アイリーンの疑問に、ウェズ君はポリポリと照れ臭そうに頬を掻く。
「アミィは私の従姉ですよ。幼い頃から見知った親戚の初恋が台無しにされようとしているのを、見過ごせるわけがないじゃないですか。私が介在している以上、偽りであるのはしょうがないとしても……せめて幸せな夢を見てほしいし、できる限りユウジ君の言葉を伝えてあげたかった。それだけです」
ウェズ君……。
僕は君の友達になれてよかったよ。
そう言おうと口を開いた瞬間、
「裏切ったな! 裏切ったなウェズ君ッ! 私は君を信頼して仕事を任せたのに、可愛い従妹を裏切ったんだ! オロロローーーーン!」
がばっとデアボリカが跳ね起きて、恨みがましくウェズ君の脚にすがりついた。
こ、こいつ……邪魔すぎる……。
墓下から甦ったゾンビのような動きでまとわりつく従妹を、ウェズ君は底冷えのする眼で足蹴にする。
「姉を裏切った妹が、どの口でほざくのですか」
「私はホットテイスト家のために泣く泣く姉様を裏切ったんだぞ!? コールドリバー家もウチの分家なんだから、ホットテイスト家の安泰のために尽力して当然だろ!?」
「というか貴方のことを、私は一度として可愛いと思ったことはありませんが? アンゼリカ姉さんやアミィのように、誰もが可愛い可愛いと悪事を許してくれると思わないでもらえますか。私はホットテイスト家の命令だから仕方なく貴方に手を貸していただけですよ。貴方が勝手にホットテイスト家の代表みたいな顔で無法を働くなら、知ったことではありませんね」
そう言いながら、ウェズ君は容赦なくげしげしとデアボリカを踏みつけた。
いいところに入ったのか、うぎっと変な声を上げてデボ子はまた動かなくなる。
弱った美少女を足蹴にするとか、僕の目にはいくら極悪人でも許されない光景に見えるんだけど、事態を見守っている50人の女性は何も口にしないね。うーん。
≪説明しよう!
悪事の限りを尽くしたクソ野郎を、クールな眼鏡美人が罵倒と共にハイヒールでげしげしと踏みつけにしている絵面である! 羨ましくはあっても誰も同情しないし、非難も上がらないのだ!≫
デボ子が動かなくなったところで、ウェズ君はふうっとため息を吐いて眼鏡を外し、汗で曇った眼鏡をハンカチで拭った。
何やら非常にスッキリした顔をしてるね。相当鬱憤が溜まってたんだろうなあ……。
やがて眼鏡を掛け直したウェズ君は、アミィさんに向かって深々と頭を下げる。
「しかし、私が半年に渡って悪行に加担していたのも事実です。本意ではなかったとはいえ、貴方の恋心を弄んだことは深くお詫びします」
「いや……ウェズは私を傷つけまいとしてくれたんだろう? それなら私は許すよ。ありがとう、ウェズ」
そう言って、アミィさんはにこりと微笑む。
「アミィ……そう言っていただけると」
ウェズ君はほっと安堵の息を吐く。
だけど、僕にはアミィさんの笑みがなんだか儚く見えて、ふと不安な気分になった。
明日には世を儚んで身を投げてしまうのではないか……そんな胸騒ぎを感じさせる。
この世の何もかもがどうでもよくなったから、全てを許しているような。
このまま終わらせちゃだめだ。何か言わないと。
アミィさんをこの世に引き戻せるのなら、何でもいい。それが僕でなくても。
そんな気分に急かされて、僕は口を開いた。
「ええと……それじゃあアミィさんに向けた恋文は、ウェズ君の言葉だったということだね。愛の言葉とか詩とか凝ってたみたいだけど、実は意外と本気だったり、とか?」
「えっ……」
僕の言葉にアミィさんは目を丸くする。どうだ!?
その横で、ウェズ君はプッと噴き出す。
「ははは、ユウジ君。変な気を遣わないでください、そりゃまったく見当違いですよ。確かに私はアミィが喜ぶような言葉は書きましたが、私にはアミィへの恋愛感情なんてまったくありませんから」
ウェズ君の言葉に、アミィさんの顔がスンッと暗くなる。
君のことは大親友だと思ってるけど、今だけはちょっと黙ってくれるぅ!?
そんな僕の内心の叫びをよそに、ウェズ君は口元に手をあて、ふふっと笑い声をあげる。
「私はユウジ君に完全になりきったつもりで手紙を書きました。ユウジ君が私に語ってくれた将来の夢や、この国の自然を見て感じた素直な思いを詩にしてね。ですから、あの手紙を読んでアミィに恋心が芽生えたのならば、それはユウジ君の人となりに好感を抱いたのと同じことなのですよ。何しろ私は世界で一番ユウジ君に詳しい人間といって過言じゃありません、ユウジ君のエミュレートは完璧ですとも!」
「ウェズ……?」
ウェズ君は怜悧な顔立ちに、常には見せない柔らかい笑みを浮かべて僕とアミィさんを見つめていた。
「アミィ、案ずることはありません。貴方が見ていたユウジ君は虚像であっても、彼が語った言葉は本物と同じです。ですから貴方の恋心もまた、本物だということなのですよ。残念ながら、貴方が手紙で彼に伝えた愛の言葉は届いてはいませんが……。今からもう一度伝えていけばいいじゃないですか。何なら、恋する気持ちをもう一度楽しめるのでお得までありますよ? 諦めてはいけません、アミィ。貴方の恋はまだ始まったばかりです」
ウェズ君、さっき内心で罵倒してごめん。
やっぱり君は最高の友達だよ。
ウェズ君に背中を押されたアミィさんは、それでも何やら戸惑うような顔をしている。
ちらちらとアイリーンとウルスナを見てるね。
「しかし……ユウジにはもう婚約者がいるのだろう」
「……」
アイリーンは口元に指をあてると、ためらいを振り切るようにふんすっと頷く。
「あたしは婚約者もうひとり増えてもいいよ。アミィさんの方が先にユウジと出会ってたのに、抜け駆けしちゃったみたいで何だかすっきりしないし……」
婚約者が増えてもいい!?
マジかよ、女の子の方からハーレムメンバー増やしてもいいよなんて許可してくれることなんてあるんだ。
そりゃもう願ってもないよ、アミィさんは美人だし可愛いところもあるし、長身巨乳だし。アミィさんとも結婚できたら、男として最高だよ。なんせオッパイが大中小揃うからね。ぐふふ。
マジでいいこと言うじゃないか、アイリーン。
何度かウルスナに抜け駆けして迫ってきたことはこの際黙っておくよ。
「それに、アミィさん優しそうだし、デアボリカが悪さしても叱ってくれそうだし。仲良くやっていけたらいいなーって」
「アイリーンだったか……。そう言ってくれるのはありがたいが……」
そうだね。アミィさんがいてくれたら、今後の生活できっと役に立つよね。
デアボリカの命が明日以降もあればだけどね。
そうしてアイリーンが快諾してくれた一方で、ウルスナは腕組みして何だか難しい顔をしている。
感情だけで動きがちなアイリーンと違って、やっぱりウルスナは頭がいいし、いろいろ考えることもあるのかなあ。
そう思って見守っていると、ウルスナは腕組みしながら、ぴっと人差し指を立てた。
「ひとつ訊きたい。アンタはどうして、今日ここにこいつらを連れてきた?」
ウルスナはぐるりと首を巡らせ、屋敷に押しかけて来た48人の女冒険者を示した。
あたしたちなんでここにいるんだっけみたいな顔して話の展開をぼーっと眺めていた冒険者たちは、突然自分たちにスポットライトを浴びせられてぽかんとしている。
「こいつらを無理矢理追い払って、自分だけでデアボリカを問い詰めることもできたはずだ。むしろその方が話はスムーズに運んだし、元ギルマスの醜聞を衆目に晒さずに済んだ。それでもこいつらをここに連れてきたのは何故だ?」
「ああ、何かと思えば」
アミィさんは何でもないように首を振ると、こう言った。
「直接その目で真相を確かめないと、納得できないからな。人間が怒りを収めるためには、納得が必要なんだ。そうでなければ、またいつかふとしたことで怒りが爆発するかもしれない。そのときは、またこうして屋敷に押しかけてしまうかもしれない。そうしたら、彼女たちの命が危ないじゃないか」
「えっ」
思ってもみないことを言われて、冒険者たちが目を丸くする。
そんな彼女たちの反応をよそに、アミィさんは言葉を続けた。
「私が先導して屋敷に入れたのなら、彼女たちは私の協力者だ。貴族への反乱者として罰せられることはない。この後、彼女たちは五体満足で帰って、酒でも飲み、明日からも無事に仕事ができる。だからこうして一緒に来てもらった、それだけのことだよ」
「つまり、こいつらの命を救うために……というわけか?」
ウルスナの問いに、アミィさんはくすりと笑う。
「大仰な言い方をすればそういうことになるが。大したことではないよ、人死になんて出ない方がいいに決まっている。私が怒りに任せて冒険者に便乗して殴り込んだと噂されるだけで済むのなら、喜んでそうするさ」
「姐さん……どうしてアタシらの命なんてそこまで大事にするんです」
カルラはにわかには信じがたい、という顔つきでじっとアミィさんを見た。その表情から嘘を見抜こうとしているのか、鋭い視線を送っている。
まあ、無理もないよ。冒険者の命なんて、使い捨てみたいなものだからね。モンスターと生身で戦ってこいなんて、考えてみれば常軌を逸した人命軽視だ。デアボリカだってちゃんと報酬は与えて厚遇しただろうけど、その根幹は変わらないはず。
だから冒険者は貴族や都市政府を信頼していないし、自分の命なんて明日はどうなるかわからないと思っている。
こうして軽々とその場のノリで貴族の屋敷に乗り込んでくるくらいには、命が軽い。
カルラの後ろでは、他の冒険者たちもじっとアミィさんに視線を送っていた。
そんな彼女たちに、アミィさんは告げる。
「君たちは市民だ。そして衛兵とは市民の命を守るために存在するものだ。市民の命を脅かすものがあれば、衛兵は喜んでその身を盾にするとも。たとえ命を脅かすものが法であろうともね。君たち冒険者は、サウザンドリーブズの平穏のために必要だ。ちょっとばかりの汚名でその命を守れるのであれば、私は喜んで泥を被るさ」
「……姐御。いえ、アミーティア様。不躾な質問、申し訳ありません。貴女の御心、感じ入りました」
居住まいを糺して畏まるカルラに続き、冒険者たちは深々と頭を下げた。
ま……マトモすぎないか!?
この人、本当にデアボリカの姉なの!? デアボリカはどうしてこの人の爪の垢を煎じて飲まなかったんだ!? 今からでもいいから毎日飲めや!
「かっけー……」
「衛兵隊ってあたしたちでも応募できるのかな」
「え、お前転職するの? それもアリだな……」
よほど冒険者たちの胸に響いたのか、ひそひそと囁き合う声が聞こえてくる。
確かにカッコいいよ。この時代の貴族でこれを言える人ってそうそういないんじゃないの。
こんな人が僕とお付き合いしたいって言ってくれてるのかぁ。
……え、マジで? そんなうまい話があっていいの?
今更ドキドキしてきたんだけど。
僕の動揺をよそに、ウルスナはふむと頷いて腕組みを解いた。
「よし、お前とはうまくやっていけそうだ。これからよろしくな」
「ウルスナだったな。そう言ってもらえるとは……こちらこそよろしく頼む」
満面の笑顔で手を差し出すウルスナに、アミィさんははにかんだ笑顔を浮かべながら握手を返している。
これはウルスナ、アミィさんのことを相当気に入ったんだろうな。
「あたしも!」
おや、アイリーンも手を伸ばして、3人で仲良く手を重ねてるね。微笑ましいなあ。
うんうん、いい兆候だ。やっぱりハーレムはみんな仲良しじゃないとね。
ギスギスハーレムラブコメがいいって意見もよく聞くけど、そういうのは他人事だから楽しめるんだよ。自分がその渦中にいるなら、絶対胃がもたないって。
僕はみんな仲良し大家族路線で生きていきます。よろしくお願いします。
いやあ、幸せの予感でほわほわしてきたぞ~!
「……はぁ。自分で焚き付けたことですが……度し難い」
「本当に男の意思は関係ないんだな。これだから人間は」
あれ、ウェズ君がいつの間にか扉から出てきたドラコと並んで何やらため息吐いてるけど。なんか気に入らないことでもあったのかな。
≪説明しよう!
我々の価値観では、女性の意思を無視して「この女は俺たち3人の共通の嫁ってことで!」と男性たちが盛り上がっているシーンである! 蛮族かな!?
ウェズは仕事一筋で生きてきた従兄の初恋を応援するためとはいえ、親友が3人ものセクシーバーバリアンに囲われてしまう事実に若干心を痛めていたが、この聖女はイケメンオールオッケーなド淫乱なので、何の問題もなかった!≫
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