第77話「鋼メンタルで修羅場を切り抜ける」

 どうも、愛され体質の果報者ユージィです。

 なんか昼寝してたら屋敷に侵入してきた全裸忍者に起こされました。


 目を開けたら爆乳パツキン女が乳放り出してこっち見下ろしてたからね。どういうご褒美なんだよそれは。

 こいつ白昼堂々夜這いしに……いや、昼這いに来たのかと警戒してたんだけど。


「いやこのままヤッちゃいたいのはやまやまでござるが、そういう場合ではござらん。討ち入りでござるよ! 目を覚ますでござる!」


「お前こそ正気に戻れ。なんで全裸で人の家にいるんだお前は」


「だって外で服を脱いだら犯罪でござろう? 家の中なら服を脱いでも捕まらないのだから、そりゃ脱ぐでござるよ! 脱ぎ放題でござる! 自然に帰った心持ちでござるな! 人は服を脱いだときこそ真の自分を取り戻す……そうは思わないでござるか?」


「会話する気あるのかお前?」


 僕は頭痛をこらえながら、辛抱強くジライヤの話を聞いた。

 【精神耐性】を貫通してダメージを与えてくるんだから大したものですよこいつは。


 そしてデアボリカをしばこうと冒険者たちが押しかけて来たということを知り、取る物も取り敢えず元デアボリカの部屋まで駆けつけてきたというわけだ。

 つい数日前にデアボリカは別の部屋に移ってるけど、多分冒険者たちはこっちの方に来る可能性が高いと思ったしね。


 予想はドンピシャで冒険者たちとは無事に遭遇できたけど、まさかここにアミィさんがいるとは思わなかった。いや、この人衛兵なのになんで討ち入りしてきた冒険者の先頭に立ってんの?

 しかも僕の婚約者を名乗る爆弾発言をするわ、壁からはデアボリカが転がり出てくるわ、まるでわけがわからないよ。


 とりあえずデアボリカはショックで気絶しているうちに、縄でぐるぐるに縛られて廊下に転がされている。

 アミィさんが手際よくデアボリカを拘束するのを横目に、カルラ率いる女冒険者たちはデアボリカがまろび出てきた壁の穴を呆れ返った目で見ているね。


「こんな隠し通路を作って逃げようとしていたとは……」


「でもお貴族様の屋敷には逃走経路を作るのが当然って言いません?」


 冒険者の言葉に、アミィさんはふうとため息を吐いた。


「それは伯爵とかもっと上の身分の貴族の話だな。たかだかジェントリの、しかも当主でもない三女が屋敷にこんな凝った隠し通路を用意してるなんて聞いたこともない。一体何から逃げる想定でこんなものを用意していたんだ……」


 実際こうして襲撃されることにはなったので、役には立っているんだろうけど。

 襲撃者から逃げる想定をしてこんな隠し通路作るより、そもそも襲撃なんてされないように清く正しく生きる方がよほどローコストのような気がするが……。そういう生き方をできないからデアボリカなんだろうなあ。

 まあ、それはそれとして隠し通路とか憧れる気持ちはわかるよ。僕も自分で屋敷の設計できるなら、隠し部屋とか秘密の地下室とか作りたいもん。


 そんなロマンに共感している僕をよそに、この場に集まった女性たちは剣呑な雰囲気を醸し出しながら互いを見やっている。

 主にウルスナとアイリーン、アミィさん、カルラ率いる冒険者たちの3派閥でけん制し合っている感じかな。狭い廊下で大渋滞を起こしながら視線を交わし合っている様は結構シュールだね。まあ当事者たちからしたらそれどころじゃないんだろうけど。


「……で? アンタがユージーンの婚約者ってのはどういう意味なんだ?」


 ピリピリと肌を刺すような敵意を込めた視線を送るウルスナに、アミィは泰然とした態度で返す。


「どうもこうもない。私はユウジと結婚の約束をした彼氏彼女の関係にある。君こそ一体私の婚約者とどういう関係なのだ?」


「ユージーンの婚約者は俺とアイリーンだぞ! アンタの出る幕はねえよ!」


 ウルスナが視線を送ると、アイリーンもコクコクと首を縦に振る。


「そうだよ! ユージィはあたしとウルスナのなの! そうだよね、ユージィ!」


「どうなんだユージーン! まさか俺たちの他にも声を掛けてた女がいたってのか!?」


「……ユウジ、どういうことだ?」


「えーと」


 いや、なんか他人事っぽく傍観してたけど、よく考えたら僕も当事者だったわ。

 というか嵐の中心だわ。


 え、なんで? 僕なんかした?

 いや「また僕なんかやっちゃいました?」とかじゃなくて、本当に身に覚えがないんだけど。

 女性たちからギンギンの視線を送られ、僕は困惑しながらも事実を整理することにした。

 持っててよかった【精神耐性】。鋼メンタルのおかげで僕は爆弾処理も余裕です。


「いや、僕の婚約者はアイリーンとウルスナだけだよ。この屋敷に住んでいるのは、アンゼリカさんにいい家に住みたいとおねだりしたら元デアボリカの屋敷を斡旋されただけで。デアボリカも出ていくのを拒否したから、仕方なくシェアハウスしてるだけだよ。アミィさんはいいお友達だけど、恋愛関係にはない。……というのが僕の認識だけど、異論はある?」


 よし! 理路整然と説明できたな!

 これはパーフェクトコミュニケーションでしょう。

 そう思いながら周囲を見渡すと、アイリーンとウルスナはほっと安堵の息を吐いていた。カルラはふーんと腕組みしている。そして……アミィさんは何やらショックを受けた顔で、呆然と立ち竦んでいた。


「恋愛関係にない……? そんな……だってこの半年間も、私にアプローチしてくれたじゃないか!」


「えっ……したっけ?」


 マジで記憶にないんだけど……。

 そんな僕に、ウルスナは冷静な口調で声を掛けてくる。


「ユージーン、この半年間この衛兵にしたことをちょっと話してみろ。大丈夫だ、俺は怒ってない。本当に怒ってないから、落ちついて冷静に話してくれ」


 なんかものすごく言いたいことがあるけど、必死に押し殺してそうな口調だね。



≪説明しよう!

 新婚ほやほやの嫁に、実は結婚前から付き合っていた別の男がいた疑惑が持ち上がった状況である!

 感情的にがなり立てないだけ、ウルスナはとても我慢のできる女なのであった!≫



 といっても、僕は本当にやましいことないからなあ。

 ありのまま口にすればわかってくれるでしょ。


「この半年間、お弁当を作って詰め所に差し入れに持って行っただけだよ? 大体一週間に一度くらいのペースかな。お弁当をつつきながら雑談とかしたけど、まあ友人同士の気軽なトーク程度だし。なんでそんな勘違いされているのかわからないよ」


『何でそんなことを!?』


 僕の言葉に、50人ほどの女性たちが一斉に白目を剥いた。

 え。どうしたの?


「お前……お前、それは勘違いされるだろ!」


「ユージィ、それはないよ……。あたしだってそんなことされたら舞い上がっちゃうよ」


「火を使ったちゃんとした料理をってことだろ……? それ、どんだけコストかかるんだよ。宿暮らしの冒険者が料理するってだけで大変だろうに。そんな手間かけられたらそりゃ好意を向けられてるって思うだろうが」


 ウルスナ、アイリーン、カルラが寄ってたかって僕に詰め寄ってくる。

 え、そんなに言われるようなことなの? 僕が悪いの?



 よくよく話を聞いてみたら、どうやらこの国では下流層が料理をするだけで一苦労すぎて、手間暇をかけて男性が料理をふるまうということ自体が愛の告白という扱いを受けるらしい。それも一度や二度ならお礼という意味合いにもなるが、一週間に一度の定期的なペースともなるともう恋人へのアピールとなるようだ。

 つまり「自分はこんなに料理上手で、愛情を込めた料理を毎日作ってあげられるから結婚して♥」という求愛行動をする文化ということだね。異世界の文化って意味不明だわ。

 さっきまで「何勘違いしてんだこいつ」って感じでアミィさんに敵意バリバリの視線を送ってたウルスナは、アミィさんに同情的な視線を向けている。

 アイリーンなんてアミィさんに寄り添いながらそっと肩を抱いてるからね。


 なんか僕が悪者みたいな空気じゃないか、居づらいわぁ。

 だって僕は半年前に都市に入れてもらったお礼としてお弁当を作って差し入れただけだよ? アミィさんがすごく喜んで周囲に見せびらかしていたから、そんなに喜んでくれるならもっと持っていくかっていうサービス精神もあったし、こっちも料理の腕を錆び付かせたくないから定期的に料理をしようっていう打算もあったし。

 でも基本的には善意なわけだよ。

 それを非難されて、思わず憮然とした顔にもなるってもんだ。


 そんな僕に、ウルスナは小さくため息を吐いてこう言った。


「なあユージーン。お前の故郷で同じようなことをする女がいたら、どう思うんだ?」


「僕の故郷で……?」


 それはつまり現代日本でってことか。ふうむ、ちょっと想像してみよう。

 まあ飽食の国だから食材や調理器具が手に入らないってことはないけど、まあそこはアレンジするとして。

 そうだな……つまり【好意を持ってない男性に一週間に一度、桜でんぶでハートマークを描いた弁当を差し入れてくる女性】ってところか。


「何でそんなことを!?」


 僕は驚愕のあまりに思わず声を上げた。

 好意を持ってない男性にわざわざ手作りの弁当を差し入れる奴なんかいるの!? しかもハートマーク描いて愛情をアピール!? それでいざ男性からプロポーズしたら、きょとんとした顔で「え、私そういうつもりじゃなかったんだけど?」って言われるんでしょ!?

 意味がわからないよ! 何を企んでいるんだよ!

 不気味すぎるだろ! ラブコメ通り越してサイコスリラー味すら感じられるわ!


 想像上の女性の行動に震撼する僕を見て、カルラさんは何か気味悪そうなものを見る目をした。


「え。何こいつ、自分の行動を振り返って驚愕してるの……?」


「まあいろいろあってな……」


 ウルスナはコホンと咳払いして、鋭い視線をアミィさんに向けた。


「ユージーンが思わせぶりな行動をしたことは、妻として俺が謝罪する。だがな、言わせてもらうがアンタだってこいつの本心を確かめようとはしなかったんだろう? 俺は自分から行動を起こさない奴が嫌いだ。アンタ、自分からユージーンに何かアプローチをしたか? ただ弁当をもらうだけだったんじゃないか? そんな奴を俺は認めるわけには」


「いや、したが」


「そうだろう。……え、したんですの?」


 釈然としない顔のアミィさんの反論に、ウルスナは虚を突かれて一瞬素に戻った。


「恋文を何度も送ったぞ。ちゃんと愛の言葉も込めてな。……まあ私はこういう武骨な女だし、面と向かって愛を囁くようなことは恥ずかしくてできないのだが……。不思議と文章でなら自分の気持ちをしっかりと伝えられるのでな」


 そう言って、アミィさんは頬を赤らめながらもじもじと肩を縮こまらせた。

 ウルスナやアイリーンほか数十名の女性の視線が一斉に僕に突き刺さる。


「ユウジもちゃんと返事をくれた。ときに美しい詩も添えられていてな……。その知的さと心の美しさに、私も感心したものだ」


「……ユージーン、何か申し開きはあるか?」


 じっと僕を無機質な瞳で見つめてくるウルスナ。

 いや……なんか拷問官みたいな瞳で見るじゃんね。


「それは身に覚えがないよ」


「そんな……!」


 僕はきっぱりと断言したのだが、アミィさんは涙に潤んだ瞳で僕にすがりついてくる。


「そんな悲しいことを言わないでくれ! あの言葉は嘘だったのか!? 約束したじゃないか、いつか白くて大きな家に住んで、大家族を築こうと! 庭には大きな犬を飼い、子供たちをのびのびと育てたいと……!」


 そんなアミィさんの言葉に、推移を見守っていた女性たちが白い眼を向けてくる。


「ひどい……!」


「女心を弄ぶ悪男……!」


「喪女の敵!」


 おっなんか現代日本のネット掲示板を思い出すじゃん。

 いや、なんと言われても。


「それを書いたのは僕じゃないよ。だって僕、読み書きできないもん」


『…………』


 しばし沈黙が広がって。


「嘘でしょう!? 貴方ほどの知識人が読み書きできない!?」


 いや、ウルスナが僕を買ってくれているのは嬉しいけど、僕ってそんな知識人ってわけじゃないと思うんだけどな。

 アイリーンは顔を引き攣らせながら、何やら納得したように頷いている。


「で、でも確かに……クエストボードを読んでるところを一度も見なかったし、いつも直接ウェズさんにお仕事をもらってたような……」


「本当なのか、ユウジ!?」


 詰め寄ってくるアミィさんに、僕は頷きを返した。


「本当だよ。アルシェさんに図面渡して解説するところ、見てたよね。図面に何も注釈入れてなかったでしょ? ブリシャブ語が書けたら、そりゃ書き込むよね。それをしてないのが、僕が読み書きできない証拠だよ」


「た、確かに……。自分だけわかっていればそれでいいのだろうと見当をつけて納得していたが」


 僕の弁明に、アミィさんは愕然とした表情をしている。

 そんな修羅場のただ中で、アイリーンが小首を傾げた。


「でも、それじゃ……ユージィあてのラブレターはどこにいったの? ユージィは一度も読んだことないんだよね?」


「ああ、そんなものが存在するなんて知らなかったよ」


「つまり誰かが衛兵とユージーンの間にいたということだな。手紙を差し止められるほどの権力があり、詩を吟じるだけの教養がある誰かが……」


 ウルスナの言葉に、全員の視線が一点に集中する。

 誰かもクソも、そんなことができる人間は、この場に一人しかいなかった。


「ぐ……ぐうぐう!」


 わざとらしい寝言で狸寝入りを決めこむデアボリカ。

 なんて人を舐め腐った態度だ……。


 そう思った矢先に、その胸倉が腕一本で持ち上げられ、ズドン!と音を立てて壁に叩きつけられた。

 あっ、壁が人の形に窪んでる……。

 裏に隠し通路があって脆い壁とはいえ、凄まじい怪力だ。


 デアボリカを壁にめりこませて動きを封じたアミィさんは、これまで見たことがないような感情のない目つきでデアボリカに顔を近づけている。


「デアボリカ、お前何をした? 吐け」


「お、お待ちをアミィ姉様! これはホットテイスト家のため! 私はどうにか事態を軟着陸させようとしてですね!」


「それが最期の言葉でいいのか? 我が妹ながら、つまらない遺言だな」


「ひぃぃぃぃぃ!? は、話せばわかります! アミィ姉様だって常々言っておられたではないですか、『暴力は最後の手段』だと! まずは話し合いましょう、ね!?」


「そうだな」


 アミィさんは口元だけで微笑むと、互いに額がくっつくほどに顔を近づけ、まったく笑ってない視線を突き付けた。


「つまり最後には殺すということだ」


「ぴぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」


 ブリシャブ人の鑑のような金言であった。

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