【書籍化決定】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く

風見ひなた(TS団大首領)

第1話「鋼メンタルで女冒険者のセクハラに耐え抜く」

 クエスト帰りの冒険者たちでごった返すギルドの中を、僕は獲物を載せた荷車を引いてそそくさとカウンターへの待機列に並んだ。

 できるだけ他の冒険者に絡まれたくないので、さっさと清算を済ませてしまいたい。


「おーっとユージィ、狩りの帰りか?」


 ……そう思っていたのに、見つかりたくない奴にバッチリ見つかってしまったようで、僕は心の中で小さく溜息を吐いた。

 彼女はずかずかと遠慮なく僕に近づくと、荷車を覗き込んで来る。


「今日はどんなのが狩れたんだ? 男ごときに狩られる間抜けな獲物のツラを見せてくれよ。……ハハッ、大角オオツノウサギか! まあそうだろうな、ソロの男ごときに狩れる獲物なんてよ!」


 ニヤニヤと嫌味な笑みを浮かべて絡んでくるアイリーンは、僕の入団から一か月後にこの冒険者ギルドに所属した剣士で……いわば同期のような存在だ。年は5歳ほど向こうの方が若いが。健康的なスポーツ少女みたいな顔してんだよな。当時から「男が冒険者なんかやってんじゃねえよ、大人しく家でガキのおむつでも替えてな」とうざったく絡んできていたものだ。


 それから半年が経ち、アイリーンは頼りになる仲間とパーティを組み、冒険者ランクも昇格して出世街道を驀進している。

 一方僕はといえば、ようやく最下級のモンスターとして知られる大角ウサギを日に数匹狩れるようになったばかり。戦いの心得なんて何一つない男性の僕と組んでくれる冒険者などいるわけがなく、弱小冒険者のお手本のようにソロ街道を突き進んでいた。


 日頃薬草集めやらドブさらいやら、最低ランクの冒険者でもできるような仕事に身をやつす僕を尻目にどんどん出世していく同期に、一抹の寂しさを感じなかったわけではない。だが、これで住む世界が変われば、こいつも僕なんかに関わることはなくなるだろうと安堵していたのだが……。


「だから言ってるだろ、ユージィ。お前には才能ってものがねーんだよ。冒険者なんかとっとと廃業しちまって、メイドでもやってるのがお似合いだぜ? なんならあたしが雇ってやろうか?」


 どういうわけか、半年が経ってもこいつはしつこく絡み続けてくる。

 僕は小さく溜息を吐くと、冷たい視線をアイリーンに向けてやった。


「のぼせるんじゃないよ、アイリーン。ブロンズ級に上がりたての新米の分際で、メイドなんて雇える立場かよ。そういうのはもうちょっと出世して、立派な屋敷に住めるようになってから言うんだな」


「……ちっ、口の減らない奴だ。男のくせに生意気だぜ」


 アイリーンはそう吐き捨てて、不機嫌そうに赤毛のポニーテールを揺らす。

 サラサラと髪が擦れ合う音と共に、汗の混じった甘酸っぱい香りが漂ってきて、僕は思わず彼女に表情を読まれないように顔をそむけた。


「あ? なんだよユージィ、そんなにあたしと話すのが嫌ってか?」


「ハハッ、冒険帰りの女のくっせえ体臭なんか嗅ぎたくもないってさ。デリケートなんだよ、男ってのは。淑女レディなら殿方と話す前には香水のひとつもつけておきな」


 彼女の仲間がニヤニヤと笑いながら、アイリーンの脇腹を小突く。

 アイリーンはにわかに顔を赤らめると、「うるせえな!」と喚きながらずかずかと大股で遠ざかっていく。

 ……あ、クンクンと自分の脇の臭い確かめてら。


 肩を竦めている彼女の仲間の魔導士に軽く頭を下げると、アイリーンよりも少し年上らしきお姉さんは小さくウインクを返して、アイリーンの背中を追いかけて行った。



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「お疲れ様です、ユウジさん」


 ギルドの受付を務める眼鏡の男性は、穏やかな口調で勘定を済ませて冒険者手帳に記帳してくれた。この人はウェズといい、華やかな印象の男性が多い受付スタッフの中では地味な風貌の青年だ。女性からの人気はないのだが、僕は彼をとても懇意にしている。

 何がいいって、人種差別しないのがいい。ダークエルフやらドワーフやらがいる世界で、まさか肌が黄色いくらいで露骨に顔をしかめる受付がいるとは思わなかったよ僕は。


「大角ウサギ3体、受領しました。痛みも少ないし、しっかりと血抜きもできているのでC評価とします」


「ありがとね」


 C評価とはギルドが発注した通りの仕事がなされた、という意味合いの評価だ。ギルドの期待以上の成果ならAやB評価になるし、獲物の損傷が激しかったり、討伐をすっぽかして帰れば評価も落ちる。


 ここいらでは非常にポピュラーなモンスターとして知られる大角ウサギは、僕みたいな駆け出しのソロ冒険者でも狩りやすい獲物だ。ウサギの突然変異体のくせにやたら凶暴で追いかける手間もないし、しかも狩った先からぽこぽこ殖えるからいくら狩っても全然減らない。

 もっとも相応に報奨金も少ないのだが、それでも日に1匹狩れればその日のパンにもありつけるし、ちょっとした中型犬程度にはデカいのでお肉としても腹を満たしてくれる。

 ただ、油断すると鋭いツノを振りかざして突っ込んでくるのが難点だ。革鎧に穴でも開けられたら赤字になってしまう。

 こいつを安定して狩れるようになるまで、とても苦労したものだ。


 僕は受付から受け取った銀貨を大事に大事に懐にしまい込むと、借りていた荷車の返却処理を済ませる。

 そして槍と革鎧、ブーツといった自前の装備品をギルドの倉庫に預けると、普段着に着替えてギルドを後にした。

 なんで装備を手元に置いておかないのかって? 宿屋に置いてるとパチられるからだよ。

 民度がめちゃくちゃに悪いのだ、この世界は。



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「かぁ~!」


 串焼き肉を頬張り、熱いエールを喉に流し込んで僕はようやく人心地ついた。この一杯のために生きてるって感じあるわぁ。


 冒険者が集まる酒場での話だ。

 ギルドを後にした僕は、その足で営業時間も終わりかけの屋台で晩飯を買い込んでから、懇意にしている酒場へと向かった。


 酒場とは言っても日本でいう居酒屋とかバーではなく、西欧のバルのような場所で、言ってしまえば酒も出てくる飯屋のようなものだ。よその店で買った飯を持ち込んでも特に怒られるわけでもなく、とにかく酒さえ頼んでればお目こぼししてくれる。たまに今日の煮込みはうまくできたから頼めって言われることもあるけど。


 ちなみに僕は日本では大学生だったし、バッチリ成人してるのでエールを頼んでも大丈夫だ。別にこの異世界で咎める人もいないけど。子供でも酒飲んでるしな。なんせ生水がヤバい世界なので、子供でも酒飲んだ方が安全なのだ。

 ああ、水道水そのまま飲んでも平気だった日本が恋しい。世界的に見れば日本がおかしいだけなのだが。西欧とか東アジアの大体の国は水道水を生で飲んだらヤバいっていうもんな。


 なお、今日も今日とてぼっち飯である。

 酒場では酔っぱらった女冒険者たちがガハハハハ!と下品な笑い声や飲め飲めコールを上げながら盛り上がっており、Fラン大学生サークルもかくやという乱痴気騒ぎを繰り広げていた。

 現代日本との違いといえば、やはり男性が少ないことだろうか。ところどころのテーブルでは男性がちびちびと酒を飲んでいるのも見られるが、その横には必ずふてぶてしい態度の女冒険者がこいつはあたしのだから!と言わんばかりに睨みをきかせている。


 いや、コワモテの冒険者ってすごいよね。顔の半分に刺青入れてる奴とか、目の上にざっくり刀傷ある奴とかいるし、剣士なら筋肉モリモリで僕の3倍くらいぶっとい腕してるもんね。それが全部生物学的には女なんだから、何喰って生きたらそうなるのって感じがある。

 これもこの世界の人間なら誰もが持ってる魔力っていう得体のしれないパワーのおかげか。ああいうエリートパーティに迎えられる男ってのも、やっぱりどいつも只者じゃないオーラを漂わせているのがわかる。最近ようやく僕も他人の魔力というのを感じられるようになったけども、生き物として存在の格が明らかに違う感じあるもんね。魔導士ともなれば、男とかいうクッソ脆弱な生き物に生まれ落ちたとしても女と対等以上に渡り合えるんだろうな。


 そんなことを考えながらちびちび一人酒をやってると……。


「おいユージーン! こっちに来て酌をしろよ!」


 空になったジョッキを頭上で振り回す酔っ払いが、こっちにドラ声を上げてきた。

 こいつはウルスナ。長い金髪をおさげにしたスカウト盗賊職で、20代前半。ほぼ僕と変わらない年の女だ。

 現代日本の大学に留学生としていたら男がほっとかないだろう端正な顔立ちで、キラキラおめかししてインスタ映えしそうな女子力高い写真撮ってそうだなーって感じなのだが、この世界では男にモテねえええ!と喚きながら毎晩酒をあおって寝ゲロを吐く残念な女だった。

 生物的に男の出生率が低めの世界なので、女余りの社会なのだ。冒険者なんて明日も知れぬヤクザな仕事やってりゃ、余計に男も寄り付くまいて。


「嫌なこった。僕はこの酒場から金もらってる酌夫しゃくふじゃねえよ。一人で晩飯を楽しんでるだけなんだ、ほっといてくれないか」


「なんだとー! 先輩の言うことが聞けねえってのかぁ! 俺が半年前、どれだけお前の面倒を見てやったと思ってんだ!」


「あんまり世話された覚えもないし、このギルドで世話になった人全員に恩を返して回らないといけないなら僕は今頃肉奴隷だろうよ」


 反射的にへらず口を返してしまってから、しまったなと僕は眉間にしわを寄せた。

 ウルスナはにたーっとしまりのないスケベ顔をして、こっちへ熱っぽい視線を送っている。


「なんだユージーン、お前誘ってんのか? ぐへへ」


「誘ってねえよ。そもそも僕は雄士ゆうじだと言ってるだろ。相手の名前くらいしっかり覚えてから粉をかけるんだな」



 男島雄士おじまゆうじ、この極めて男らしい字面が僕の日本語名だ。世界一雄々しき存在となれと願って名付けられた名前なのである。

 残念なことにこの世界では男とはかよわい生き物を指す言葉なので、極めて女々しい字面になってしまうのだが。

 そもそもこの国の人間はユウジという響きに慣れないらしく、ユージィやらユージーンやら果てはUGやら、好き勝手に呼ぶのだった。UGってなんだよ、せめて人間らしい名前で呼べや。


「ウルスナ、やめとけやめとけ。ユージーンは高嶺の花ってやつを気取ってんだ。下品な酔っ払いはお断りだとよ」


「あぁん?」


 見かねた仲間が半笑いで声を掛けると、ウルスナは不機嫌そうな唸り声を上げる。


「高嶺の花だぁ? 俺ぁこう見えてもお隣の国の王室の落し胤様だぞぉ! 世が世ながら俺ぁお姫様だってんだ、不足はねーだろうがよぉ!」


「はいはい、まーたその話かよ。お前みてえなガラの悪い姫がいるかってんだ」


「あー? じゃあ見せてやるよぉ! おらっ! お姫様のパイオツの御開帳だぁ!」


 そう叫びながらウルスナは自分のシャツをたくし上げると、ブラを無造作に脱ぎ放った。ぷりんっ♪と暴れるように豊満な双丘が弾み、真っ白な肌と小ぶりな桃色の乳頭が顔を出す。


 ごくり……。


 僕は唾を飲み下しながら、その光景を網膜に焼き付ける。

 そして慌てて顔を背け、もじもじと居心地悪そうに声を絞り出した。


「ば、馬鹿野郎! なんてもの見せてやがんだ、恥知らずめ!」


「ガハハハハ! お姫様のロイヤルおっぱいだぞ、ひれ伏せ~!!」


 僕のいかにも生男どうていらしい反応に満足したのか、ウルスナは上機嫌な馬鹿笑いをあげて、乳を放り出したままぐびぐびとジョッキをあおった。



≪突然だが説明しよう! この状況は我々の知る世界において【ウブな新人美少女冒険者に対して、ガラの悪いチンピラ冒険者が男性器を丸出しにしてからかった】シーンに該当する!≫



「おい、ウルスナァ! てめえオレの店できったねえもん放り出してんじゃねえぞ! とっととしまえ、出禁にされてぇのか!」


「うぇっ……わ、悪かったよ女将さん」


 酒場の店主に怒鳴りつけられ、ウルスナは慌てて服を整えて椅子に座り直す。

 僕ははぁ……と深い深い溜め息を吐き、ジョッキを勢いよくテーブルに叩き付けた。


「ボケがよおっ!!」


 シン……と酒場が一瞬で静まり返り、居心地の悪い空気が流れる。

 普段僕は口汚く応酬することはあっても、大声を出すことはめったにない。


「……おい、ユージーンがめちゃめちゃ怒ってんぞ。どうすんだよウルスナ」


「いや……こんなにキレるとは思わなくて……」


 ぼそぼそと小声で相談しているウルスナにギロリと一瞥をくべ、僕は内心でもう一度ボケがよぉ!と繰り返した。


 お前何酒場で下品に乳放り出してるわけ?


 そういうのは、もっと2人きりになったときに恥ずかしそうに顔を赤らめてやれや! そうしたら僕もほいほいついてくのによぉ~~!! これじゃただの痴女じゃねえか! こちとらナイーブな草食系男子なんだよ! 男を食いたきゃもっと可愛げを盛れや!

 こんなセクハラされても高嶺の花ムーブしてるこっちとしては困るんだよ! これでスケベ顔して揉みに行ったらヤリチンって評判になって即日ギルドの肉便器扱いで食い荒らされるだろうが! 制御できないハーレムはただの肉食系女子ハイエナの餌場なんだよ! もっとこっちの事情考えろや!

 でもおっぱいはありがとう! 記憶の宝箱にしまっておきます! 

 詐称姫君生乳放出感謝感激偽ロイヤルおっぱいありがとうございます~~~~!!


「な、なあ……俺が悪かったよ、ユージーン」


 怒りにぷるぷると震える僕に、酔いの抜けた顔で声を掛けてくるウルスナ。

 僕はわざとらしく小さく溜息を吐き、立ち上がって踵を返した。


「……もういいよ」


 そして僕は【男の局部を見せつけられて混乱する生娘】のような顔をして酒場の2階の宿へと引っ込むのだった。



 いやあ得したわ!


 女尊男卑で階級社会で格差社会で不衛生でモンスターまでいるクソみたいなハードモード貞操逆転異世界だけど、たまにご褒美みたいにラッキースケベあるからやめられねえな!

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