夢の対決!公太の騎士と灰色の騎士!

モンブラン博士

第1話

鳥かごの中に囚われの身となった公太を救出すべく滝川はジャドウ=グレイとの一騎打ちを承諾した。

白のブラウスに黒のパンツルックという着慣れた服装でリングイン。リングの上空で囚われながら心配そうな表情を見せる公太に滝川は穏やかに微笑んだ。

大丈夫。何があっても君は私が助けるからね。

最愛の人に誓いを立てて敵であるジャドウを見据える。

豊かな白髪を後ろに撫で付けて立派な髭を生やし、眼光鋭い黒い両眼からは底知れぬ殺気が放たれている。皺の刻まれた顔。骨と皮と表現しても過言ではない痩せた長身の体躯を白い肋骨式軍服に包み、純白のマントを風に靡かせている。小学生の時に彼女の誕生日パーティーで出会って以来だがこの男は一ミリも変化がない。外見だけではなく思想もそうで、両想いになったというだけで滝川を粛清しに訪れたのである。ジャドウは大仰に手を広げてこの場にはいない主に宣言した。


「偉大なるスター様のために裏切り者を葬り去ることを誓いますぞ」

「私はスター流になった覚えはないし、入るつもりもないよ」

「超人キャンディーを舐めた時点で貴様はスター流の一員なのだ。スター様の加護があってこそ想い人を守れるまでに成長できたという事実を忘れてはいけませんぞ」

「飴玉には感謝しているけど、私は公太君の騎士であり二君に仕える気はないよ」

「大した覚悟だが、それは吾輩とて同じ。忠誠を誓ったスター様のため、流派のため両想い禁止の掟を破った貴様を今宵葬り去る」

「掟は美琴によって撤廃されたんじゃなかったのかな」

「吾輩の中では違う」

「……私たちは本当によく似ているね」

「同感だ。だからこそ吾輩は貴様を葬り去りたいのだ。跡形もなくな」

「君の気持ちはわかったけど、公太君は返してもらうよ」

「吾輩に勝てるのなら願いも叶うであろう」


丁々発止のやり取りを重ねてから試合開始の鐘が鳴った。

序盤は王道とも言える力比べからスタート。

身長と体重で勝るはずのジャドウを相手にしても滝川は手四つで組んだまま少しも力負けしていない。剛力は日々の鍛錬によるものと確信したジャドウは口角を上げる。滝川は手四つを切って素早く彼の胴に手を回し軽々と後方に投げ捨てる。常人ならば一撃でKOされるがジャドウは軽快に立ってくる。

再び捉え軽々と抱え上げての片膝立ちのバックブリーカー。

膝が背骨に当たるがジャドウの表情は変化ない。腕をとって受け身が難しい角度で何度もマットへ叩きつけても彼は悠然と起き上がる。服を埃を払うかのような仕草さえ見せる余裕だ。距離を置いてロープの背を預け反動を活かして突進してきた滝川を捉えようと待ち構えるジャドウだが、直前で滝川の姿が消えた。上を見ると滝川が踵落としで迫ってくるところだった。

容易いと腕を交差させて防御の姿勢に入るが滝川はそこからサマーソルトキックに切り替えガードをこじ開けて彼の顎先を蹴り上げた。

思わず顔が跳ね上がった隙を突いて喉を掴まれ喉輪落としでマットに叩きつけられ、更に高い跳躍からの踏みつけを腹に浴びる。素早く彼の両足を取って両脇に挟みこんでジャイアントスィングで振り回す。

観客にリング内に竜巻が発生しているのかと錯覚させるほど勢いよく回転させてコーナーの鉄柱に脇腹を叩きつけてから逆エビに極める。渾身の力でジャドウの背骨を反らすが彼は含み笑いをして両腕の力だけで倒立し技を外すと腰に手を当てた。滝川の技など全く効果はないとアピールしているのだ。

滝川は一瞬で彼の背後を取って得意技のチョークスリーパーに持ち込んだ。強盗さえも絞め落とすほどの威力があるが首が太いジャドウには完璧には極まらず簡単に脱出を許して逆に投げを食らってしまった。

先ほどのお返しとばかりに滝川の首を片手で掴んで上体を軽々と持ち上げる。

ジャドウの腹を蹴って首絞めからは逃れたが滝川は首を抑えて顔を苦痛に歪めた。

ジャドウは冷静に分析をしていた。この女子は素人にしてはなかなかやるが、未熟の域を抜け出せてはおらぬ。スター流の戦士として並び立つ器ではない。彼女を首相撲に捉え激しい膝蹴りで攻め立てる。硬いジャドウの膝の連打に滝川の顔面から血が噴き出し、マットを赤く染めていく。あまりに凄惨な光景に目を背ける観客もいる中、公太はまっすぐ滝川を見ていた。彼は最愛の人を信じていた。

その証拠に彼女の闘志は消えていない。

何度目かの膝蹴りを受け止めてジャドウの巨体を上空に放り投げて自らも追って追いかけ変形式のパイルドライバーに極めて落下していく。


「エッフェルドライバー!」

「下らぬ……」


ジャドウはマットの激突寸前に両手で受け身を取ってダメージを軽減させた。

技自体は食らって服には数多の汚れは付着したものの戦闘は続行できる。

対する滝川の呼吸は荒く、先ほどの大技で全精力を使い果たしたのは明らかだった。

ジャドウはニヤッと笑って強襲を仕掛け彼女の腹に胃袋破りを見舞う。唾と血を吐き悶絶する滝川の背を意趣返しで踏みつけ反転にするとひと飛びでコーナーの最上段へと昇り両腕を掲げた。


「裏切り者は吾輩が始末する。冥府……ニードロップ!」


滝川の右胸にジャドウの膝が炸裂し滝川は青い目を見開いて首を垂れる。誰が見ても勝負が決まったという現実と滝川の生気を失った顔を前にして公太の心も折れ、タオルをリングに投入することを決意した。


「ごめんね、滝川」


呟いて赤いタオルを鳥かごから落とすとタオルはヒラヒラと舞いながらゆっくりとリングへと落ちていく。マットに落ちれば試合は終了する。が滝川は腕を突き出しタオルをキャッチするとリング外へと放り投げたのだ。

それから、ゆっくりと立ち上がる。


「公太君、諦めないで。私は必ず勝つよ」

「滝川……」


見つめあうふたり。滝川はボロボロながら穏やかな笑みは変わっていない。

自分を安心させようとする彼女の気づかいに公太は涙を流した。ふたりの様を見たジャドウは鼻で笑った。


「この状況で勝てると思うとはお前の脳はよほどおめでたいと見えますな。このまま試合が続いても惨めな敗北が待っているだけであろう」

「戦ってみないとわからないよ」

「戦わずしてわかることもあろう」


飛び散る火花。両者は同時に飛び出した。滝川は両手を広げてジャドウに言った。


「君の想いを私にぶつけてみてよ」

「ノーガードだと? 貴様、吾輩を愚弄するつもりか⁉」

「違うよ。ただ大好きな人と同じことがしてみたいと思ってね」


公太は滝川の構えに既視感があった。それは小学生時に自分が滝川をクラスメイトの暴行から守った時と同じものだったからだ。

ジャドウは不敵に笑うと機関銃の如き拳を打ち出した。殴られた箇所が凹むほどの凄まじい打撃の雨に打たれるも滝川は一歩も後退するどころか怯みもしない。

幾度も吐血するも体勢は維持する。連打するジャドウの額に汗が流れる。


「何が貴様をそこまで支える⁉」

「小さい時に守られたから、今度は自分が愛する人を守ろうと思ったんだよ。その誓いを果たそうとしているだけかな」

「下らぬ。下らぬ! 下らぬう!」


目を血走らせ歯を食いしばった憤怒の形相で吠え滝川を粉砕せんと拳で穿つも逆にジャドウの拳が流血する始末で滝川の牙城は崩れない。

滝川の足元には大きな血だまりができているが天使のような美しい笑顔は変わらない。

なぜ奴は笑っている。苦痛に耐えられず涙を流し許しをこうのが定石のはず。なのに奴は自らサンドバックになる道を選んだ。理解できぬ。どうして倒れぬ。この女子は素人だと思っていたが化け物だ。吾輩は不死身の化け物を相手に戦っているのだ。

あまりの異常事態に数多の修羅場を潜り抜けてきたはずのジャドウは畏怖し、疲労の蓄積も祟って、遂に攻撃の手が止まった。


「耐久合戦は私の勝ちだね」


滝川は再度ジャドウを放り投げると十字架に似た体勢で彼の身体を固め、鉄柱めがけてて落下していく。


「血染めの十字架落とし!」


滝川の最高技を食らったジャドウは脳天から鮮血を噴き出すとゆっくりと身体を傾かせ、リングの外に倒れ、カウント20になっても起き上がることはなく滝川の勝利が決まった。拘束が解かれ落下してくる公太を滝川が受け止める。


「君を助けられて本当によかった。愛してるよ」

「ありがとう。僕も君を愛してる」


互いに見つめあい、唇を重ねた――ところで小鳥のさえずりと滝川の囁き声が聞こえ公太は目を覚ました。


「おはよう。公太君。嬉しそうな顔をしていたけど、どんな夢を見ていたのかな」

「僕の騎士がかっこよく活躍する夢、かな」


滝川は公太の枕元にあった本を一瞥した。人気のライトノベル『灰色の騎士ジャドウと仲間たち』だ。超人キャンディーと呼ばれる飴玉を食べて異能を得た騎士ジャドウが仲間と共に主人であるスターに仕える異能バトル物だ。

おそらくそれに関する内容の夢を見たのだろうと滝川は推測した。


「それじゃあ夢に負けないように私も活躍しないといけないね」


公太をお姫様抱っこで食卓へと運ぶ。

いつもと変わらない素敵な朝がそこにはあった。


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