その49 重大な秘め事
評議会の廊下を歩く中、一人の衛兵が私を見つけ、敬礼をする。
「ハッ!」
「……ご苦労」
「……」
「オタニア」
「あ、お疲れ様です!」
やはり早朝だからか、すれ違う人物は紺色の隊服を着た衛兵ばかりで、すれ違うたびに敬礼をする物だから鬱陶しい。
この鬱陶しさの原因の一つである後ろの男も、先ほどから自身の身につける外套の内側を覗き、どこか上の空だ。
道中、何をしているのか聞いてみた所「何もないよ」の一点張り。
ここがノフィンの権力者集う評議会でもなければ……いや、考えるのはよそう。実行に移してしまいそうだ。
脳天に昇りかけた血をどうにか治めながら、私はある一つの扉の前へとたどり着き、オタニアに声をかけた。
「貴様はここで待っていろ」
「見張りって事?」
「好きに捉えろ」
埃一つ見当たらない花瓶と小さな絵画、整えられたその二つが目に入る、廊下の一角。
質素にしては厳かで、
「執政官殿、失礼致します」
ギィと扉が軽く軋む音と共に、古びた埃の匂い鼻腔をくすぐる。
……ったく、こんな固まった埃が舞う場所で密談を行うなど、考えただけで喉の奥が痒くなる。
舌打ちしたい気持ちを抑えながら、私は埃の上に、これから秘匿される歴史の足跡を刻んだ。
窓一つない倉庫の中、中心に吊り下げられたランタンの下には、似つかわしくない上等な円卓が鎮座しており。その周りをノフィンの首脳陣達が囲んでいた。
「──カチカ執政官殿。ただいま戻りました」
「ギブル、長旅ご苦労……と、労いの言葉を続けたい所ですが、まず私から伝える事があります」
「御意」
そう言って私は円卓の側に立ち、同じ様にしている首脳陣に目を配らせる。
「ヴァッド、2分遅刻──「黙れ」
旅の大部分を支援している
「皆、揃いましたね」
この国の実質的な長である執政官『カチカ・ロドブネ』
「……」
──そして何より、今回の一件で痛手を喰らうだろう、救済教会アトメントの教祖『ルクバク・オルフェス』
執政官を除いた全員が、神妙な面持ちで言葉を待っていた。
「まず、今回アトメントの教祖ルクバク・オルフェスへの──」
──そこから先の会議は、良い意味で予想の範疇を越えることは無かった。
アトメントの教祖、ルクバク・オルフェスはこの旅に同行していた部下達と共に、秘密裏に監視下に置かれ、オーディエから外に出る事を禁止された。
また、次の『ある魔法使いの根』が見つかるまでの数日間は、評議会内に潜むフローシフの内通者探しとなる。
その鼠探しの殿を務めるのは、自ずと私になりそうだが。
「──これにて、今回の会議を終了いたします。オルフェス、貴方は迎えが来るまでの間、この場で待機を」
執政官がそう言うと、オルフェスを除いた皆が早々にこの場を後にした。会議というよりは、事実の確認。皆話す事など無かったのだろう。何も言わずにその場を後にした。
もっとも、内通者を抱えた奴と同じ空間にいるべきではない。という考えもあるのだろうが。
私は部屋を出る直前、項垂れたままのオルフェスを見て、そう思った。
扉を閉めると、壁に持たれているオタニアと目があった。
相変わらず、目の前の蛇野郎は外套の内側を覗いていた。
「……なぁ、貴様が何をしようと勝手だが、今はやめろ。ただでさえフマンツ村の一件で張り詰めているんだ」
「あー……うん、その事なんだけどさ」
後にしろ。そう言うつもりだったが、どうにもオタニアの様子がおかしい。
いつもの主体性が無さそうな間抜けヅラとは違い、まるで重大な秘め事を打ち明ける様な真剣さが、そこにはあった。
「……貴様、まさかッ」
「え?あっ!違う違う!別にフローシフと繋がってるとかじゃなくて!」
「なら一言で説明しろ。場合によってはこの場で斬り伏せる」
私は右手に鉄片の供物を握り込み、オタニアを問い詰める。
コイツがフローシフの内通者だとは微塵も思わないが、評議会に着いてから怪し過ぎる。
もし、コイツに別の目的があるのならば、多少手荒な手段で吐かせるつもりだ。
そんな殺意を向けられ、両手をあげて降伏の意を示すオタニアは、ゆっくりと深い溜息を吐くと、諦めた様子で口を開いた。
「あー……その前に約束、できる?」
「……何を言っている」
「今からいうことは、カチカ執政官殿以外は知らない事だから、口外は──
私はオタニアの言葉を遮り、憤怒の魔法で刃を形作る。形作られたその刃は、殺意に混じった怒りによって赤熱していた。
「執政官の名を出せば動揺するとでも思ったか」
「えっ……ちょっと!?」
「貴様、言った筈だぞ……場合によっては斬り伏せると……ッ!!」
オタニアはその刃を見てか、恐怖に顔を歪ませながら「言う!言うから!」と必死に声を上げる。
「ならさっさと言え」と刃を握りしめ、オタニアに詰め寄ると、この蛇野郎はようやく口を開いた。
「──僕は、ラナちゃんと同じなんだ!」
「……チッ」
この馬鹿者を斬るなら、どうすれば血で汚れずに済むか。そんな事が頭をよぎると、オタニアは外套の内側に手を伸ばし──
──見覚えのある。しかしコイツが持っている筈の無いものが目に映った。
「……あの、これで信じて貰えるかな」
「……何故、貴様がそれを持っている」
──オタニアの手には、四角く、黒い魔導書『スマートフォン』が握られていた。
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