「たまたま気分が良かっただけだ」
ああ、もう朝か。なんかギルドに顔を出すのも面倒だよな……
朝目覚めるが、なんとなく、だるくてやる気が出ない。無理もない。明け方近くまで、隣でまだ眠る馴染みの娼婦といい汗をかいていたのだから。甘ったるい男女の匂いが、部屋にはまだたっぷりと残っている。昨夜の激しさを思い出させると同時に、それが俺の体のだるさの原因だと教えてくれているようだった。ま、週3日は真面目に働いているしな。うん、金に困ることはないはずだ。つまりこのままもう一眠りしても問題ないってことだな。
「ふふ、なんか悪いこと考えてるでしょ。だめよ、人間真面目に生きるのが一番なんだから」
我ながらろくでもないことを考えていると、俺の胸元で眠っていたはずの彼女が笑いながら声をかけてくる。それに俺ってそんなに分かりやすいのだろうか? そんなことを考えていると、ようやく怠かった頭も回り出してくる。
「おはよう。ってかあんまり眠れてないだろ? もうちょっとゆっくりしててもいいんだぞ」
「ふふ、おはよう。でも大丈夫よ、ケイト様が帰ったらゆっくり眠らせてもらうつもりだし。なんなら今からもう一回する?」
彼女は何とも妖艶な笑みを寝起きというのにもかかわらず浮かべ、素晴らしい提案をしてくる。ギルドに行くとしても急ぐこともないし、なんならもうひと運動した頃くらいが混雑も終わった頃だろう。となれば彼女のお誘いを断る理由もないと、せっかく起き上がった上半身を、再び彼女の胸元にゆっくりと沈めていくのだった――
――結局あの後も、たっぷり楽しんで心身ともにリフレッシュできた。結果ギルドに着いたのはいつもよりも遅い時間。すでに依頼を終えて報告に来た冒険者がちらほらと受付に並んでいるのが見える。とはいえ俺が受けるのはいつもの依頼。早めに切り上げれば1時間もかからずに完了できるのだ。まあその分手取りは減るが、それは仕方がないと諦めるしかないだろう。
「あら、今日はずいぶんゆっくりね。昨夜はお楽しみだったのかしら?」
受付にはいつもの受付嬢のルミナ。そして重役出勤の俺が揶揄われるまでが、お約束というものだろう。
「なんだ、妬いてんのか?」
「えっ、え……、ちょっと何言うのよ! 何で私がケイトなんかと!」
「……お? 今、“ケイト”って呼んだな。珍しいじゃねえか」
「う、うるさい! 忘れなさい! 今のはちょっと間違っただけよ!」
「ふふ、冗談だ」
「ち、違うってば! 別にケイトの事なんて何とも思ってないんだから! 顔を真っ赤にして、ルミナは必死に否定した。」
「ん? ならなんでそんなに顔が赤くなってるんだ? なんだそういうことなら早く言ってくれればいいのに」
「え、えっ? ちっがう! 違うの、そうじゃなくって!」
「ははは、あんまりからかうと後が怖いしこの辺にしておこう。それよりいつもの依頼を頼む」
「なんでそんなに冷静なのよ! 私だけ恥ずかしいじゃない! ……もういいわ、それがケイトさんだしね」
「ん? なんださっきは『ケイト』って呼び捨てだったのに。別に呼び捨てで構わないぞ」
「あー、もう! さっさとこれにサインして森でもどこでも行っちゃいなさいよ!」
まあいつも通りというか、今日は朝から嬢と張り切ったせいというか、からかいが過ぎたかな? そんなことを思いつつ、俺を睨みつけるルミナに笑顔で手を振って森に出かけたのだった――
――薬草採取は、まあいつも通りだ。森の散歩がてら魔力探査にかかった薬草を摘むだけ。ただいつもより少し時間が遅いせいか、森の中で出会う冒険者の数が多い。こいつらは魔物討伐が目的だろうから、依頼がかぶることはないが、魔力探査に当然冒険者もかかってしまうわけで面倒くさいのだ。
ってことで、いつもの道からちょっと外れて人気の少ない方へ向かうことにした。普段は森の中の獣道的なところを進むんだが、今日はそこから外れて森の中をうろついてみるということだ。普段森の中に踏み込まないのは、単純に歩きづらいから。樹々の根がうねり波打つ上を、膝丈はある雑草が覆い隠しているのだ。歩くのには不向きなのは誰もが思うところだろう。ただ冒険者を避けるとなれば、そんなところに踏み込むのも仕方がないというわけだな。
いつもと違い、樹々が生い茂り陽射しもわずかに漏れるだけの薄暗い中、魔力探査にかかった薬草を摘んでいく。やはり人の手がほとんど入っていないこの辺りは、薬草もかなり多い。開始が遅かったんで、今日の収入は少ないかと思っていたが、これならいつもと遜色ない稼ぎになりそうだな――
「うわっ! 誰かっ! 助けてっ、無理! 殺されちゃう!」
そんな時、緊張感があるのかないのか不明な悲鳴が聞こえてきた。
「あー、やっちまったか。“想定外の魔物”に出合い頭ってやつか、最初の頃はありがちなんだよなあ」
冒険者は自己責任。魔物を狩るなら、縄張りの変動なんかは事前に調べて当たり前だ。それをサボったってんなら、それこそ死んでも自己責任だわな。そして当然、助けを求められたからといって、それに応える義務などない。それも含めて自己責任の範疇なのだから。
とはいえだ、助けられる命なら助けてやるかと考えるのも自己責任。普段なら面倒は避けるんだが。今日は昼まで嬢と楽しんで気分が良いからな。
声のする方に駆けると、恐らく十代中ごろと思われる4人パーティーが、
「大丈夫かあ、こっちで討伐しちまってもいいよな!」
これは冒険者同士の暗黙の了解でもある、狩りの途中に乱入するのはタブーとされていることへの確認だ。魔物を倒せば力を得る、これはこの世界では常識。そのため魔物を追い込んでいる状況で横入りするのは、揉め事の種にしかならないというわけだ。それを避けるために、たとえ救援のためとしても声をかけるのが当たり前とされているんだな。
「は、はい! 何でもいいので助けてください! ってか助けて!」
後衛だろうか、魔物から若干距離のある少女が、こちらに向かって涙声で助けを求めてきた。まあこれで確認は採れたし、あとは蹂虪するだけだな。
「……
俺の目の前に親指大の石礫が数十個浮かび上がったかと思うと、それはライフル弾のように高速回転し、
――俺の扱う魔法は、元の世界の知識との融合という一点でこの世界のモノと大きく異なる。さらに馬鹿げた魔力量と組み合わされば、もはや全くの別物といっても良いかもしれない――
まさに一瞬の出来事。風切り音さえ聞こえぬ速さで放たれた石弾は、黒狼の群れを一瞬で屠っていた。襲われていた少年少女は、何が起こったのか理解できていないようだった。
―――――
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