「汚れるのはお断り、ってだけだ」

 冒険者の朝は早い。依頼が張り出されたら、そこからは早い者勝ちだ。割の良い依頼は、張り出された直後になくなってしまう。同じような依頼内容なら、少しでも報酬の良いものを選ぶのは当たり前。つまり朝出遅れれば、割に合わない依頼か常駐依頼しか残らない。そのため、冒険者ギルドの一番込み合う時間帯でもある。


 依頼さえ受ければ、あとは無理のない範囲でこなせばいい。簡単なものならのんびり朝飯を食べてから出かけても、十分に時間に余裕はある。逆に出遅れて割に合わない依頼を受ければ、飯を食う間もなく駆けて行かなければ依頼の期限に間に合わないことすらあるのだ。



 そんな中、俺は朝も遅く昼前といっても良いような、混雑のほとぼりもすっかり醒めた時間にギルドに顔を出す。別にランクを上げようとか、割のいい依頼を先にとも思っていないのだから、わざわざ混み合う時間に行く必要がないのだ。そして張り出された依頼に良さげなものが無くなっているのを確認すると、いつも通り常駐依頼である薬草採取を受ける。


「たまには討伐依頼とか受けないの? ケイトさんなら余裕じゃないの。なんでこんな薬草取りなんて地味なのばっかり受けてるのよ」


 顔なじみの受付嬢、ルミナは相も変わらず俺の顔を見れば、討伐依頼を受けさせようと絡んでくる。肩までの淡茶色のボブが揺れ、緑がかった瞳は悪戯猫のように輝く。ギルド受付の制服はきちんと整えられているが、その表情はおしゃべりに興じる少女のものだ。


 確かに討伐ぐらい大したことではないが、魔物を殺した後、血に濡れた部位を切り取り、その肉片をぶら下げて帰るっていうのに抵抗があるんだよな。汚れた服のままじゃ、酒場で酒を美味く呑めそうにないし。稀にある、森の奥から彷徨いだした魔物討伐なら、まあ報酬も良いし我慢できないこともないんだがな。


「おいおい、ギルドの職員が薬草取りを下に見るような発言をしていいのか? これだって立派な依頼だろうが」

「そんなこと言ってないわよ。ケイトさんならもっと報酬の良い討伐依頼でも大丈夫でしょって言ってるの!」


 ……受付嬢のルミナ。朝から元気なのはいいが、なぜ毎回こっちを討伐モードにしようとしてくるんだか。


「どの依頼を受けるかは俺の自由だろ? それに魔物の討伐は服が汚れるからな、そのまま酒場で呑むわけにもいかないし面倒なんだよな」

「理由! 何その理由は! 他の冒険者は服が汚れるなんて気にもしてないわよ! しかも酒場に直行できないから嫌って……どれだけお酒が呑みたいのよ?」


「酷い言われようだな……、別に薬草採取でもレアなのも取って来てるだろ? 十分ギルドに貢献してると思ってたんだがなあ」

「う、確かにケイトさんの持ってくる薬草には助かってるわよ……。でもせっかくそれだけ強いのよ、魔物討伐の方が儲かるじゃない」


「まあ俺が、汚れたりするのが面倒なだけなんだがな。それに討伐も魔物を探すところからだし、手間を考えれば薬草取りのほうが楽なんだよ」

「はあ、やっぱりケイトさんだね。まあ私も言ってみただけだし、これで『討伐に言ってくる』なんて言われたらびっくりするから」


「なんだそりゃ。まあどうせ上から言われてるんだろ? でもな、やる気が無い依頼を、無理やりやらせる権限はギルドには残念ながら無い。それにそんなことになれば冒険者なんてやめるだけだしな」

「やっぱりバレてるよね。ケイトさんの実力ならもっと上を目指せるって、ことあるごとにギルマスがうるさいんだよね。私としてはそんなやる気のない、呑んだくれのケイトさんを見てるのが好きなんだけど」


「おいおい、こんなおっさんよりもっといい若いのが居るだろ。折角の別嬪なんだ、将来有望な若者に唾でも付けとけよ」

「もお! そんなんじゃないわよ! ただ仕事もろくにしないで呑んだくれてるケイトさんを見てると、なんか安心するってだけよ」


「ああ、自分より下の人間が居れば安心できるってやつか。まあそんなでも役に立ってるなら、今後も安心して呑んだくれられるな」

「はあ、もういいわ。さっさと薬草でも何でも摘んできたら!」


 ってな感じで、いつも通りルミナと気安い会話をしてから出かけるのがルーティンだな。そしてその足で門を抜けて、魔物が跋扈する森に向かうのもいつものことだ。




 薬草採取。本来なら足元に生い茂った雑草の中から薬草を見つけて採取するという、とんでもなく手間のかかる面倒臭い依頼。実際森の入り口付近では四つん這いになって薬草を探すルーキーたちが大勢いるんだ。薬草自体は森の周辺ならわりとどこにでも生えているから、わざわざ森の中に入らずに済む。だからまだ腕に不安の残るルーキー達には、ちょうどいい稼ぎ場所というわけだ。


 ただその辺に普通に生えている薬草じゃ大した稼ぎにはならない。たしかこの薬草は回復ポーションの材料で大量に手に入る部類のものだからだ。しかし俺が採取するのは薬草の上位のもの。上級回復ポーションや、毒消し、稀に魔力回復ポーションの材料になるものなんかを採取することで、ルーキーを大きく上回る報酬を得ている。そもそも薬草採取の依頼自体、何を取ってくるかの指定がないんだ。なら高く売れるものを取ってくるのは当たり前だろ。


 とはいえ、高く売れるということは入手が困難だということ。めったに見つけることが出来ないレアなもの、ほとんどが森の中に行かないと手に入らない希少種ばかりなんだよな。だからルーキー達は、安価でも無理なく手に入るただの薬草を集めているというわけだ。


 しかしチートな俺は魔力を探査することで、そんなレアな薬草を見つけることが容易に出来てしまう。ポーションの材料となるってことは、雑草よりも多く魔力を含むという事。つまり魔力反応の強く、より光って見えるのが薬草という事だ。マナ・サイトチートな眼を使い、魔力探査してピンポイントでそこにある薬草を摘むだけ。はっきりいって森のピクニック程度の感覚でしかないということだ。


 確かに討伐依頼の方が、報酬は基本的に高い。だが俺は、魔物討伐なんて面倒なのはお断りってことにしている。俺のチートならある程度までの魔物なら簡単に狩れると思うが、それでランクが上がれば確実に目立つことになるからな。目立てばどうなるか。単純に称賛される程度なら良い。だが、抜きん出た力は確実に国に目を付けられる。そして、また昔のように――国に利用される魔物を狩る道具として扱われるかもしれない。なので汚れるからとか適当なことを言って、ほとんど討伐は行わないことにしてるってわけだ。


 そもそも毎日それなりに楽しめればいいとしか思っていない俺からすれば、過剰な稼ぎなんて面倒の素でしかない。集られ、絡まれ、擦り寄られなんて、面倒以外の何物でもないからな。


 とはいえだ、ごくたまにだがハグレ魔物を狩る。この業界、舐められればとことん舐められる。時には力を見せておく必要があるし、ストレス解消の意味もある。まあ無理せず、嫌なこともせずに暮らすってのも色々と面倒って事だな。


―――――

最後までお読みいただき、ありがとうございます! 第2話では、主人公ケイトの日常や、意外な一面が少し見えたかなと思います。


少しでも面白いと思っていただけたら、ぜひ★や♥で応援していただけると嬉しいです! 次回も毎日更新で頑張りますので、お楽しみに!

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