元勇者の俺は、酒と葉巻さえあれば、後はチートで楽して暮らしたい
乙三
プロローグ
「ま、楽して稼げりゃそれでいいよな」
「やっぱ、明るいうちから呑む酒は美味いな」
木杯を片手に煙草をふかしつつ、俺はぽつりと呟いた。
椅子の背もたれに深く身を沈め、煙草をゆっくりと燻らせる。吐き出された紫煙は、ゆらゆらと天井へ昇っていく。寝癖で跳ねた黒茶の髪。煤けた灰色の目は、ただその煙をぼんやりと眺めているだけだ。使い古されているが手入れの行き届いた装備からは、それが安物ではないことが見て取れた。使い込まれた革の匂いと、沁みついた煙草の香りが、酒をいっそう引き立ててくれる。
ここは冒険者ギルドに併設された酒場の隅、俺の定位置だ。昼過ぎから陽が落ちるまで、大体ここで酒を呑んでいる。そんな時間から呑んでいる酔狂は俺ぐらいのものだが。まあ、依頼をさっさと片づけ、報酬の一部をそのまま酒代に変える生活を続けていると、自然とこうなる。
……いつからこんな暮らしだったか? さあな。思い出したところで、特に意味はない。ただ、国に利用され、命懸けで戦うだけの道具と化していたあの頃とは違う。自分の意思で、気ままに生きられていられるだけで十分すぎるよな。
そして数時間が経ち、ギルドの受付には、ぼちぼち依頼帰りの連中が並び始めた。
ランクの低い奴は袋いっぱいに薬草を抱え、ランクが上がるほどに討伐部位である血まみれの肉片をぶら下げるようになる。床にぽたぽたと滴る血が、赤黒く染みを作っていたが――それでも誰もが満足げだった。命懸けの仕事を終え、その報酬で呑む酒は格別だからな。
俺もまあ、一応そんな冒険者のひとりだ。
ただし――ちょっとしたチート持ちでな。
無駄に多い魔力と、素材・薬草・魔物の痕跡を見つけ出す
ついでに、肴になりそうな魔物も狩っておけば、舌も財布も満足する――。
「――あっ、ケイトさん! こないだは助かりました。おかげでランク上がったんですよ!」
ぼんやり呑んでいた俺に声をかけてきたのは、見覚えのあるようなないような若い冒険者。
「……誰だっけ?」
「えっ……エリックです。先週、森で影狼の群れに囲まれたとき、助けてくれたじゃないですか!」
ああ、そういえばそんなこともあったか。高額報酬だったハグレの黒猿狩りに向かってる途中で、獣道の真ん中に屯していた影狼どもを、邪魔だったからついでにまとめて魔法で吹き飛ばしたやつだな。通行の邪魔、実に迷惑。
「あの時……名乗ったっけか?」
「いいえ。でも、ギルドに所属しててケイトさんのこと知らない人なんていませんよ!」
へぇ、そんなに有名だったっけ、俺?
「ふふ、毎日昼から呑んでる煙草臭い冒険者って意味じゃ、皆知ってるわね」
つまみを持ってきた酒場のおばちゃんが、笑いながら言った。
……ちょっとその評価、不本意なんだが?
エリックまで苦笑しながら頷いてるし。まったく、味方がいない。
「働いてないわけじゃないんだからな! ちゃんと依頼片づけて呑んでるんだぞ?」
「そりゃそうだろうさ。でもまだ働いてる連中の横で昼から堂々と酒あおってりゃ、そりゃ目立つってもんだ」
「そ、それにケイトさん、強いですから。いいと思いますよ、俺は!」
鋭い正論で切り込むおばちゃんに、エリックの微妙なフォロー。……なんだろうなこの敗北感。
「ま、別に悪いことしてるわけじゃないし。依頼こなして稼いだ金で呑んでるんだ、何も問題ないはずだろ?」
「誰も責めちゃいないさ。その自由さこそ理想の冒険者さね。あんたはちゃんと稼いで、ちゃんと呑んで、ちゃんと金をここに落としていくんだから。良いお客だよ」
「はは、それに……俺たち、体が資本ですからね。怪我しないケイトさん、やっぱすごいっすよ……たぶん」
「『たぶん』って何だよ、『たぶん』って」
「いや、なんか流れで……改めて、本当にありがとうございました!」
そんなエリックも礼を言って去っていった。俺は再び独りになり、火の消えかけた煙草に静かに火を点ける。
……まあ、所詮は酒の席での戯言。けど、嫌われてないってだけで、案外気分は悪くないもんだ。
―――――
新作です。何となく書きたいと思ったことをノリと勢いで書き切ってますので、これから毎日更新の予定です。★や♥に、レビューなんか頂けたら、大喜びです!
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