第14話 詰み上がる嫉妬
いくつかの書類を処理し終え、椅子に座ったまま伸びをする。
「お疲れ様です、閣下」
「いつも従僕のような真似をさせて悪いな」
タイミングぴったりに差し出される淹れ立ての茶を、ありがたく手に取る。飲み頃の温度は疲れた体に沁みわたるようだ。
「シュテック伯爵にも困ったものですね」
「娘のエスコートを依頼されてしまった。ファンドルフ蜜の入手と引き換えにされてしまうと頷くしかない」
「中々、強引な手を。ところでロッテの制服の手配はいかがしましょう。着替えを含めても三着程度ですと、他の団員の制服を依頼しているプレステル商会には頼みにくいですね」
「あそこは大量生産を主にしているからな……」
しばし熟考していたが、不意に立ち上がる。
「ノイバウワーに依頼しよう」
「は? ノイバウワーですか!? あの人気店に制服を依頼するんですか」
「俺の制服も仕立ててもらっているし、少数なら一番都合がいいだろう。デザインも任せられるし」
「いやいやいや、そちら閣下の贔屓の店だからと、とんでもない数の注文が連日入っているはずですよ」
「公爵家でも引き立てているし、俺が直接話せば多少の融通を効かせてくれるはずだ。いつまでもあのダブダブの服装では危ない」
どこかに引っ掛けたり、裾を踏んで転ぶ可能性があるのはもちろんだが、別の意味での危うさに、まずフーベルトが、次いでギュンターも気づいてしまっていた。
「団員のおかしな性癖の扉を、開けてしまっているようですしね……」
お互い目を逸らしながら、わざとらしい咳払いをしてしまう。その団員に自分達も含まれる自覚があるからだ。
「なんというか、こんな考えを口にしてはいけないとは思うのだが、あれを可愛いと感じてしまうのは、どうしてなんだろうな」
「なんででしょうね! こうちょっと、今まで感じたことがないグッと胸に来る感じが時々あるのが」
両手をどうしたらいいのかわからないようで、フーベルトが謎の動きをする。
他の団員も話題の悪女を確認しようと彼女を盗み見て、余計な噂を広めなくなったのは良い傾向だが。
長く閉じ込められて日に全く
自分が守ってやらなければ、という気持ちにさせる。
婚約者や妻に、自分のシャツを着せて悦ぶ者がいるという話は酒の席で聞いたことはあり、その場では適当に聞き流したが、実際に目の当たりにするとなかなかの破壊力。
ロッテはそれに付随してフェルスター夫人仕込みの完璧なマナーと洗練された仕草で、頭の回転が速く物覚えが良いからとにかく会話が弾む。本来ならマイナス要因の赤毛も親しみが湧いて話しかけやすい。何よりあの緑の瞳だ。興味を惹くことを言えばキラキラと輝かせ、何の裏も思惑もない素直な視線を向けてくれる。
直接会って話をすれば、彼女が誰彼構わず抱きつくような見境のない娘ではないとわかってもらえるが、男性人気が上がれば女性からは当然疎まれる。女性の嫉妬の怖さは二人ともよく知る所だ。
「あの制服姿は、本当に、良くてよくない」
「ノイバウワーに依頼しましょう、早い方がいいです。今日行きましょう、今すぐ」
「そういえばデビュタントもまだだったか。王女殿下の誕生パーティは丁度いいかもしれない。海外からの賓客も多いし、商会など取引のある平民も参加するから、ロッテの赤毛が悪目立ちしない。ついでに一着依頼しておくのもいいか」
「制服のついでに、ドレスですか?」
「公爵家は昔から、金銭的に厳しい男爵家や子爵家令嬢のデビュタントの面倒を見ているからな。それに予算が決められている制服だけを依頼すると利益が少なく、店にも迷惑だろう」
「ああ……そういう理由で」
フーベルトは安堵の表情を浮かべる。
帰宅ついでに立ち寄って依頼することにしたところフーベルトもついてきて、服飾店の専属デザイナーと制服のデザインを熱く検討していた。
ギュンターは女性店主に直接、デビュタント用のドレスを依頼する。
サイズなどを一通り伝えただけで、最速での制作を了承された。工房を見るかぎり多忙を極めているようだが、最優先で作成してくれるのはありがたい。十分に礼を伝えて二人は服飾店を後にした。
店主は腕をまくる。
「あのギュンター様が直々にドレスを贈るお相手のためだから、店の威信をかけて最高のドレスを仕立てなきゃね!」
「いつもなら書面で、公爵家名義ですもんね」
「閣下のお隣に並んでこそ映える最高の一着。腕が鳴るわ」
「昨日届いた最上級の絹が」
「秘蔵のレースの使いどころね」
服飾店の工房はこのドレス依頼に大いに盛り上がった。
* * *
「クリスティーネ、何が不満なの」
「お母さま、どいつもこいつもわかってないわ、こんな古臭いデザイン!」
商会に依頼したドレスのデザイン画が手元に届いたのだが、どれも彼女を満足させない。娘がはたき落としたデザイン画の一枚を、伯爵夫人は拾い上げる。
「えー、素敵じゃない。ずっと貴女のドレスを作っているだけあって、似合う物をよく理解しているわ」
「私に、この古臭さが似合うとおっしゃいますの!?」
「王女殿下のパーティですもの、定番の古典的デザインを取り入れるのは仕方のないことだわ。主役はあくまで王女殿下だもの」
王女より目立つドレスはもってのほかだ。だがクリスティーネとしては視線を一身に集めるドレスを纏いたい。でないと、ギュンターの隣でかすんでしまう。
父がせっかく取り付けてくれたエスコートの約束。最大のチャンスをものにしたい。本人でなくとも周囲が「お似合いである」という空気を醸し出してくれれば、なんとなく当事者もそういう気がしてくるものだ。
程よく流行りを取り入れて、ギュンターの隣に立つに相応しい仕立てを行える服飾店は、かなり限られている。伯爵家運営のシュテック商会も悪くはないが、長い付き合いで抱えている職人の年齢は高くなっており、センスがどうしてもクリスティーネに合わないのだ。
「ねえお母さま、他のお店に頼んじゃいけない?」
「商会以外で? それは別に構わないけど、どこも余裕がないのではないかしら。もし頼むとしたら、料金は四倍ほどになるし」
「お金なら大丈夫でしょう?」
「まあ娘のドレス代が少々嵩んでも、お父様は何もおっしゃらないと思うけど」
「私、ノイバウワーで作りたい」
「ノイバウワー? 確か公爵家が
「そうなの! 閣下がそこでパーティ用の衣装を
「揃いの衣装だなんて、まだ婚約も本決まりではないのに」
「少し早くなるだけよ」
娘の我儘は今にはじまったものではなく、父親が際限なく甘やかした結果で、今さら母親の意見など聞く耳を持たない。しかし、婚約が
「あなた、お父様のお仕事の部下を、秘密の商売の屋敷に呼び出したらしいじゃない、いったい何をやるつもりなの。強引な真似をしたら、どこかの子爵令嬢と同じ目に合うわよ」
「安心して、ギュンター様には直接何もしませんわ。お父様の部下には少し手助けをしてもらうだけよ。それも間接的に。もし最悪でも、うちが疑われるようなものじゃないわ」
「まあ彼らは隣国のベフォートの者達ばかりだから、何かあってもうちとは無関係とは言えるけど。でも何をするにも、まずお父様にきちんと相談してからなさいね」
「はぁい」
気のない返事をしながらクリスティーネは屋敷を出て、街に繰り出した。早速ノイバウワーの前に馬車を止め、颯爽と中に入る。
「まあシュテック家のクリスティーネ様ではありませんか。当店にどのような御用でしょう」
店主が駆け寄って来る。
商会から仕入れている物も多いだろうから、常連ではないが最高のもてなしをしてくれるであろう。
「王女殿下の誕生パーティ用のドレスをお願いしたくて。お金はいくらでもかけて、最高の一着を。ギュンター様がエスコートしてくださるので、できれば衣装を合わせたいと思っているの」
不意に視線を動かすと工房の方で仮縫いされているドレスが目に入った。
「素敵! あれがいいわ」
「申し訳ございません。あちらはギュンター様に直接ご依頼いただいたもので」
「え? もしかして私へのサプライズ……? やだぁ、見ちゃったどうしよう」
「いえ、あの。あちらはデビュタントの男爵家のお嬢様用と伺っておりまして。赤毛に合わせてデザインしております」
「……!」
わなわなと震えながら、こみ上げてくる怒り。
店主の呼び止める声を無視して、クリスティーネは踵を返し、馬車に乗り込んだ。
「いつもの場所に行って!」
御者にするどく命令をすると、収まらない怒りを手元の扇子にぶつけた。
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