第13話 指パッチン

 晩ごはんを食べ終えてテレビのチャンネルを回していると、あるバラエティ番組でマジックショーをしていた。


 スタイリッシュな黒のジャケットを身にまとった若い男性マジシャンがテーブルを囲んでいる芸能人の中から、ある俳優を指名し、彼にカードを選ばせて、サインを書かせる。


『このサイン入りのスペードのエースは世界に一枚だけの特別なカードです。そこでこのカードを真ん中に入れて指を鳴らすと……』


 そのマジシャンが右手の指をはじき、軽快な音を奏でると、


『一番上に現れます』


 サイン入りのスペードのエースが山札の一番上に上がって来た。


 これはアンビシャスカードというマジックの鉄板ネタの一つだ。


『しかし、これをするとね、私よく言われるんですよ。カードを真ん中に入れるときに他のカードと入れ替えたりとか小細工してるんじゃないの、とかね。なので、あなたのこのサイン入りのカード、ご自身で真ん中に入れていただけますか?』


 そう促された俳優は驚いた表情をしながら自身で山札の真ん中にカードを入れる。


『さあ、それでは指を鳴らしてみますね。3、2、1――』


 と、不敵な笑みを浮かべながらマジシャンが再度指を鳴らすと、なんとそのサイン入りのカードが山札の一番上に上がってくるではないか。


 その瞬間、スタジオは驚きと興奮の入り混じった歓声と拍手に包まれ、マジシャンはカメラ目線でポーズを決めた。


「おおー、すごいね」


 テレビを見ていた葵も感心するように声をあげる。


「そうだな。このマジック何回見ても面白いし、すごいんだよな」


「かっこいいね。私もやってみたいなー。3、2、1――」


 葵はマジシャンのものまねを始めて、指パッチンのしぐさをして見せるが、肝心の音が鳴っていない。


「むー。やっぱり鳴らないよー」


 葵は不満そうにくちびるをとがらせて、右手の親指と中指をこすり合わせるが、何度やっても乾いた音しか出ない。


「ダメだー、できないー。おにいちゃんは指パッチンできるの?」


 そう聞いてくる葵だが、俺は首を横に振る。


「実は俺もできないんだよな。何回練習してもあんな綺麗な音出ないし。なんかコツとかあんのかな?」


 そう言いながら、二人で指をこすり合わせてどうにかこうにか試行錯誤していると、姉ちゃんが洗い物を終えてリビングに戻って来た。


「二人ともなにしてるの?」


「指パッチンの練習。おねえちゃんは指パッチンってできる?」


「指パッチンか。昔はできたから、今もできると思うんだけど……」


 そう言って姉ちゃんは滑らかな動作で右手の親指と中指を合わせると、


 パチン。


 右手から小気味いいきれいな音が出た。


「「おおー!」」


 俺たちが感嘆の声を上げると、姉ちゃんはほっとしたように胸をなでおろす。


「よかった。綺麗に鳴ったわ」


「ねえねえ、おねえちゃん。指パッチンのコツ教えてくれない?」


 葵は早速いつものお願いポーズを繰り出しながら姉ちゃんに教えを乞う。


「いいよ。えっとね、こんな感じで親指と中指を合わせたら、中指を親指に強くこすりつけるような感じで……」


 パチン。


 再び綺麗な音がリビングに鳴り響く。


 ふむふむ、なるほどな。


 俺は姉ちゃんのアドバイスを参考に親指と中指を合わせる。


「こうやって親指と中指を合わせて、こすりつけるような感じで……」


 思い切って勢いよく両方の指をこすりつけてみると……。


 パチン。


 と、中指に振動が伝わったかと思うと、次の瞬間にはまるで「おめでとう」と言わんばかりの祝福の音色が右手から奏でられた。


「あ、春斗上手。綺麗に鳴ったね」


「うわっ……人生で初めて鳴らせたけど、上手く鳴るとなんか気持ちいいな」


 指パッチンが成功した喜びにしみじみとしていると、それを見ていた葵がうらやむような視線を向けてきた。


「えー! おにいちゃんもう鳴らせるようになったの? いいないいなー」


「ふっふっふ。葵も練習して早くこっち側に来いよ」


 俺は冗談めかして挑発的な口調をするともう一度パチンと指を鳴らす。


「おお! すごい!」


「むー! おにいちゃん、調子乗ってる!」


「そんなことはないぞ」


 パチン。


「おおおおお!」


 連続で成功したことに感動のあまり声をあげると、葵はむすっとくちびるをとがらせる。


「むー! うるさいよ、おにいちゃん!」


「そんな怒るなって」


 パチン。


「むむむむむ!」


 うわ、なにこれ楽しい。


 指パッチンってこんなに面白いものだったのか。


 調子も上がって来たし、この感覚を忘れないように、あと葵に自慢するためにもう一回鳴らそう、と思っていると姉ちゃんが注意をしてきた。


「春斗、そんなに鳴らしすぎたら指痛めちゃうよ。ほどほどにしておいた方が――」


「平気だって。よし、今度はもっと大きい音を鳴らしてやるぜ!」


 勢いづいた俺はかなり強く親指と中指をこすり合わせると、


 ボキッ。


「「あっ」」


 さすが姉妹というべきか、全く同じトーンと高さで姉ちゃんと葵の声が見事にシンクロする。


「おお……おおぉぉぉ…………」


 俺は痛みのあまり右手を左手で覆い、机に突っ伏して悶絶する。


 すると悶えている最中、葵のこんな声が聞こえてきた。


「……おねえちゃん。私、指パッチンできるようになるのはもうちょっと先でもいいかも……」

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