第3話 好き嫌いとダイエット その1
「ごはんできたよー」
ダラダラとマンガを読みながら自分の部屋のベットに寝っ転がっていると、一階から姉ちゃんの声が聞こえた。
疲れた体をむくりと起こして部屋から出ると、ちょうど同じタイミングで隣の部屋のドアが開いた。
「あ、おにいちゃん」
視線を向けると、にまーっといかにも上機嫌そうな笑顔を浮かべている葵の姿が目に映った。
「なんだ、なにか嬉しいことでもあったのか?」
「ふふ、そうなんだよ。多分、今日の晩ごはんは私の好きなものが出ると思うからねー。こんな顔にもなっちゃうよ」
「今日のメニュー、姉ちゃんに聞いたのか?」
「聞いたわけじゃないけどさ。さっきキッチンに行ったら、合いびき肉が置いてあったからねー、今日はハンバーグじゃないかな」
ハンバーグ。
それは葵の好きな食べ物ランキングで常に上位に位置している一品だ。
しかも仮にその予想が合っているなら、こいつが全ハンバーグの中で最上位に格付けしている、姉ちゃんお手製のハンバーグということになる。
葵は大好物への期待から喜色を隠しきれておらず、隠す気もないらしい。
「楽しみだなー、おねえちゃんのハンバーグ。肉汁たっぷりで、お肉の美味しさが詰まってて、ほっぺが落ちちゃうくらいおいしいんだもん」
ルンルンという効果音と八分音符が出ていると錯覚してしまうくらい軽妙な足取りで葵は階段を下りていき、俺もその後に続く。
一足先に葵が一階に降り立ち、リビングへ続くドアを開けると、ふわっと、肉の香ばしい香りが俺のところまで漂ってきた。
お、これはこいつの予想的中か? と思ったのも束の間、葵が突然入り口付近で立ち止まったため俺は急停止を余儀なくされる。
「おい、いきなり止まるなよ。危ないだろ」
声を強めて注意するものの葵は返事を返してこない。
? 一体どうしたのだろうか?
心配になって葵の顔を覗き込むと、殺人事件の第一発見者のようにその顔からは血の気がサーッと引いている。
「そ、そんな……まさか、こんな巧妙な罠だったなんて……」
ふるふると指を震わせながら葵は机の上の皿を指さす。
何ごとかと思い、震える指先の指し示す方向に視線を向けると、葵にとっては宿敵ともいえる緑の悪魔が合いびき肉を拘束しているのが視界に飛び込んできた。
つまり今日の晩ごはんは……。
「ほら、二人とも早く座って。せっかくのピーマンの肉詰め冷めちゃうよ」
そう、ピーマンの肉詰めなのである。
姉ちゃんは晩ごはんの配膳を完了させるとエプロンを脱いで、四人掛けテーブルの定位置である椅子に座る。
「ほら、葵……葵! いつまでも突っ立てないで行くぞ」
葵がピクリとも動こうとはしないので、多少強引ではあるが背中を押してリビングのテーブルに誘導。
まあ、嫌いなものが出た時の気持ちは分からんでもないし、期待を裏切られた喪失感には同情するけど今更メニューの変更なんてできないのでこればっかりは仕方がない。
脱力した葵を俺の隣の席に座らせると、俺も姉ちゃんの正面の椅子に座る。
姉ちゃんは俺たちが座り終えるのを確認してから、「いただきます」と言って合掌するので俺もそれに倣うが、葵はセミの抜け殻のように気が抜けたまま合掌すらしようとしない。
その様子に気づいた姉ちゃんが葵を不思議そうに眺める。
「おいちゃん、どうしたの? 食べないの?」
「……いよ」
「え? なに、おいちゃん?」
「ひどいよ、おねえちゃん! どうしてこんな、恐ろしいグリーンモンスターを召喚しちゃうの! 絶対今日ハンバーグだと思ってたのに!」
葵は母親に反抗する小学生のように声を荒げるが、姉ちゃんは何事もないような涼し気な顔で受け流す。
「だってピーマン安かったし、栄養満点でヘルシーだから。それにおいちゃん、ピーマン嫌いだけどお肉は好きでしょ? それならこれ作って少しでも苦手意識なくしてもらえたらなーって」
「むむむ! ピーマン食べれなくても別にいいでしょ! 好きなものの一つや二つ誰にだってあるって」
「でもお前、基本的に野菜ならなんでも嫌いだよな?」
と指摘すると、「余計なこと言わないで!」とばかりに葵がじろりと睨んできたので、俺はすぐに目を逸らし、味噌汁をすする。
「春斗の言う通りね。おいちゃん、お肉とか自分の好きなものばっかり食べててもダメ。成長期なんだし、バランスよく食べなきゃ。それに今日はデザートにプリンあるから頑張って食べてみて。ね?」
「プリン……」
好きな食べ物ランキング堂々の一位を張り続けるプリンを餌にされたことによって葵は甚だしく不満げな顔をしながらも箸を取り、しぶしぶといった風にピーマンの肉詰めを食べ始めた。
「うぐっ……苦いけど……な、なんとか飲み込めた……」
「おー、おいちゃんえらいねー。その調子だよ、ファイト!」
葵が宿敵と対峙した兵士のように奮闘する様子を見て、姉ちゃんもパチパチと小さく拍手をしながら満足そうな顔を浮かべる。
姉ちゃんって本当に葵の扱い慣れてるよなー、俺にもコツ教えてほしいな、と感心しながら肉詰めを食べようと箸を伸ばしていると、ふとあることに気づいた。
「あれ、姉ちゃんの肉詰めは?」
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