奇跡的才能と偶然の機会でアイドルに
月影澪央
第1話
僕はとある大手アイドル事務所に練習生として所属している。小さいころからずっとだ。
練習生の中ではかなり中心にいる方だと弟に言われたことがあるので、僕もそう認識している。
弟の
それから夢空は俳優の部門に移って1年ほど活動し、事務所を辞めた。
この事務所に応募したのは母だった。僕たちは別に興味があったわけじゃない。練習生にはそういう子ばかりだった。だからいじめられていなくても辞めるのは不思議じゃないというか、当然のことだと思った。でも母はそう思っていなかった。
母は夢空のことは一切気にかけないようになり、僕の方ばかり見るようになった。夢空に対する暴力や暴言が日常化し、夢空は病んでいった。
一方で、今まで僕よりテレビなどに出る回数が多かった夢空は、そういう芸能人を気取っているのが気に食わなかったらしく、学校でもいじめられることになった。
結局12歳から16歳の現在まで学校に行くことなく、部屋に引きこもっている。滅多に姿を見ないし、父は優しいので色々と娯楽を用意してあげていた。
父はきっと、母の横暴を知らない。一緒になってやっていないだけマシだとは思うけど、できれば止めてほしい。でも、僕がそれを父に言うことはできなかった。
今まで僕は、夢空が何をされていても、それを見て見ぬふりをしてきた。ずっと一緒にいたのに。
それが今になって、その罪滅ぼしというか、夢空を助けたいと思った。
この話を今の事務所から独立した仲のいい先輩に話した。先輩たちも夢空の才能は認めていて、ちょうど事務所を立ち上げたところだから、よければ二人でアイドルをやらないかという話になった。
夢空を今の引きこもりから解放するためには、まずは何でもいいから外に出ないといけないと思っていた。それが色々あったアイドルでいいのかという気持ちはあるが、他に思いつかなかったのでそうしてみることにした。
先輩たちにも話をしていて、何ができるのか考えてもらっていたところだ。とにかく、事務所がある都会に久しぶりに行ってみるというだけでもいいだろうと思って連れ出すことにした。
「夢空、起きてる?」
学校が休みの日、偶然にも母がいない日だった。
暗い部屋の中で、もぞもぞと動く布団の影が見えた。
「ちょっと話があるんだ。母さんは今いないから、心配しないで」
そう言うと、夢空は布団から顔を出した。
僕たちは母が見ているところで会うと怒られる。特に夢空が。悪い影響を与えるだとかなんとか。夢空としては怒られるのは御免だから、僕がそう言わないと返事すらしてくれない。
「頭痛い……」
「大丈夫?」
「いつものことだから……いい」
「そう……」
話すのは久しぶりだったが、久しぶりに話した夢空は寝起きなのもあってか声がとても低くなっていた。それに少し驚いたが、それは自分も同じかとも思った。
「夢空、外に出よう」
「は……?」
「もう何年も出てないでしょ? 出かけようよ」
「そんなことして……ゲホッゲホッ」
「大丈夫?」
「喋ってないから……とにかく、そんなことして、ああいう目に合うのは、嫌だ」
かすれかけた声で夢空はそう言った。
「じゃあ、家出覚悟で。こんな家、早く出たいでしょ?」
「そうだけど……現実的じゃない」
「でも、このままでいいなんて思ってないよね? あんなことされた親にずっと養ってもらおうなんて、しかもそれは長く続かない。ちゃんと大人にならないと」
僕自身がそうなれているのかと言えば、僕だってまだまだだ。でも、このまま夢空が落ちていくのを見ていたくはない。昔は夢空の方が何でも優れていて、僕の方が母から色々と言われていた側だった。それが今は逆転して、僕は幸せになった。でもやっぱり、夢空に才能を無駄にしてほしくない。
「わかった。どこ行くの?」
「都会。日本の中心」
「久しぶりの外出が都会かよ」
「いいから。行くよ!」
そう言って僕は夢空を連れ出した。
ただ、久しぶりに外に出る夢空にはほとんど体力が無く、到着するまでものすごく時間がかかった。電車の中で行く当てがあるということだけ伝えて、事務所の最寄り駅まで来た。
それから少し歩いて、事務所に到着した。
「ここって……」
「ほら行くよ」
扉を開けて中に入ると、そこにはまるでリビングのようなおしゃれな空間が広がっていた。
そして僕たちが来たことに気づいた先輩たちが姿を現す。
「ようこそ、俺たちの事務所へ」
「
「ボクたちのこと知ってるんだね。よかった」
この二人は僕たちが練習生として入っていたアイドル事務所で少し前まで看板としてやっていた、世間ではほとんどの人が知っているアイドルだ。その二人が引退して、事務所を立ち上げるということで、二人的には新しい所属タレントを探していたところだったようだ。
ちなみにもうすでに1グループ所属の話はついているようで、そこと一緒に売り出すという話になるようだった。
「外に出るってそういうこと……? またアイドルをやれって?」
夢空がそう言うのも無理はない。
「その話はボクたちからしようかな」
そう言って、朔弥さんが僕たちを奥の部屋に案内した。
「じゃあ、さっそく話をすると、ボクたちは夢空と
そこまで黙っていた夢空がやっと喋りだす。もうこの頃には声も普通の状態に戻っていた。
「それは全部そっちのエゴだろ? オレは別にやりたいわけじゃない。というか、やりたくない。今頃戻るわけないだろ? あの時の奴らはみんなもうデビュー寸前で、そういうのを見ないようにしていたのに、何で自分から飛び込んでいかなきゃいけない?」
とても感情的になっていた。こうしてでも避けたいほど、夢空にとっては辛い出来事だったのだろう。それはわかっている。
「君の状況は聞いたよ。君だって、このままでいいなんて思ってないだろ? だから今ここにいる。そのためには、いい機会だと思わないか?」
聡太さんにそう言われて、夢空は何も言い返せなくなった。
それから少し考えて、夢空は答えを出す。
「どうせ家出する覚悟で出てきたんだ。あの家で過ごすより奴らに会う方がマシだ。もうオレに残ってるのは、練習生で一番だったっていうことだけだからな。やるしかない」
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