第2話

「その答えを待ってたんだ。家のことは心配しないで。俺たちの方でどうにかしておく」

「どうにかって、何を?」

「君は俺たちの家に住むといい。あの家に帰りたくはないだろ? 部屋も空いてるし、どう?」

「まぁ……そう言って貰えるなら、そうしようかな」


 夢空は案外あっさりと受け入れた。もうどうなってもいいくらいに思っているのかもしれない。


「あと、親御さんには、というかお父さんに全てのことを話すよ」

「全てって?」

「練習生でも学校でもいじめられて、母親から虐待されているってこと。全部星空から聞いた」

「星空が……」


 そう呟いて夢空はこっちを見た。


「わかった。お願いします」

「あ、あとうちで暮らすってこともね。賃料とかは一切貰わない。でもそのかわり、ちゃんとアイドルやってもらうからね」

「わかってる。練習生一番をなめてもらっちゃ困る」

「その意気だ」


 さっきまでとは打って変わって、ものすごくやる気になっていた。


「何でそんなにやる気なの」

「生きるためだからね。アイドルやれば生きていける。やるしかないだろ」


 覚悟が決まっていた。



 そしてその後、事務所に父が来て、聡太さんと朔弥さんと話をしていった。


 会議室から出てきた父の顔はなかなか深刻そうだった。


 やっぱり本当に知らなかったんだ。ここまでこんなに色々あって、夢空があんな風になっていたのに、知らなかった。まあ、仕事で土日も含めてほとんど家にいなかったのだから、それも仕方ないと夢空なら言うだろう。



「夢空」


 事務所を出るときに、例のリビングの隅に疑似的な布団をひいてそこで眠る夢空を見つけて父は声をかけた。


「何?」

「今まで何も気付かなくてすまなかった。母さんがそんな人だとは思わなかった。本当に、すまない」


 父は深く頭を下げた。僕だったら逆に申し訳なくなってくるところだが、夢空は何を今さらと呆れたような様子で聞いていた。そして何も言わずに夢空は毛布に包まって背を向けた。


 それを見て父は何も言わずに事務所を出た。


 僕も父に続いて事務所を出て、家に帰る。


 家に帰ると、夕飯を食べてから帰ったので夜遅かったということもあって母は発狂気味だった。


 そんな母を落ち着けることもなく、父は聞いたことについて問い詰めた。


 当然こんな状態の母がそれを追及されてまともに認めるはずがない。逆に家の壁に穴をあけるほどの勢いで暴れ回った。


 でもこれは僕の証言だ。夢空を蔑んでまで愛した僕の。だからそれをやったという自覚はあるはずだ。認めたくないだけ。認めたらどうなるかわかっているから。


 そして結局父と母は離婚することになった。



 その手続きをしている間にアイドルとしてデビューするための準備が進んでいた。


 僕はずっとレッスンを受けていたから特別なことはしなくてもよかったが、夢空は違う。まず数年間まともに動いていない。夢空が感覚を取り戻すまでは数か月かかった。


 その間にこの事務所のもう1グループはデビューしてしまった。


 引退した伝説のアイドル・Silver Eclipsが売り出すアイドルグループ、Astral Vibeはあっという間に人気になった。元々同じ練習生だったので、羨ましさと気まずさがある。


 だがその数か月で、夢空はここまでレッスンしてきた練習生と変わらないくらいまで戻っていた。それでも以前の夢空には及ばないが、これでデビューのためのレッスンができる。


 そこからまた数か月。ここまで一年弱。


 やっとデビュー曲がリリースされた。


 その伸びは聡太さんと朔弥さんの予想以上、そしてAstral Vibeを超えた。


 あの後Astral Vibeがうまくいっていて、その後輩グループだということ。僕が練習生の中でも上の方の人気を持っていたこと。珍しい双子アイドルだということ。あとは運。色々なものがかみ合って、この結果になった。


 そして、ライブを経験するより先に、国内最大級のアイドルイベントに出場することになった。



 イベント当日、自分たちの一つ前のグループを袖から見ていた。


「頑張ろうな、夢空」

「うん」

「しっかし、初めてのライブがこのイベントだなんてな」

「一応、デビュー1年以内限定のステージだけどね」

「それでもすごいじゃん。前の事務所じゃ出る機会すら無かっただろうし」

「それは人気すぎるだけでしょ」

「事務所のパワーが違うからね。でも、いい機会だよ」

「まあ、そう」


 ちなみにAstral Vibeは去年このステージに出て、投票で一位。今年は別のステージに出ている。時間帯は被っていないから、そこそこファンの人もいるだろうと思っているが、それよりも全く知らない人からも支持されないと一位にはなれない。でも一位にならないと、Astral Vibeに劣っていると思われてしまう。それは僕のプライドが許さない。夢空と僕が新人に負けるなんて考えられない。


「一番盛り上げればいいんでしょ?」

「そうだな」

「楽勝。ここで一位になって、そこから天下無双の勢いでSilver Eclipsみたいな誰もが知るアイドルになって、オレを酷い目に合わせた奴らを見返す」


 聡太さんと朔弥さんの家で何があったのか知らないが、夢空の考えは『どうでもいい。関わりたくない』から『見返してやる。オレを見ておけ』に変わっていた。こっちの方が夢空っぽいような気がする。


「Nocturne Stellaeさん、よろしくお願いします」


 いつの間にか前のグループは終わっていて、僕たちの番になった。


「じゃあ行くよ」

「うん」

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